意見交換「『アジア太平洋の安全保障について』他

(平成9年2月24日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(林田悠紀夫君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
  本日は、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」のうち、アジア太平洋地域における安全保障の在り方及びアジア太平洋地域における経済と経済協力の在り方の二項目について自由討議を行います。
  本日の運営につきましては、理事会で協議いたしました結果、まず、アジア太平洋地域における安全保障の在り方について午後三時十分を目途に、次に、アジア太平洋地域における経済と経済協力の在り方について午後五時二十分を目途に、それぞれ意見表明及び意見交換を行うことといたします。
  両項目とも、まず、希望する会派から一名ずつそれぞれ十分以内で御意見をお述べいただくことにいたします。意見表明が一巡した後、委員相互間で意見交換を一時間三十分程度ずつ行うことといたしますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。
  なお、御発言はすべて着席のままで結構でございます。
  それでは初めに、アジア太平洋地域における安全保障の在り方について自由討議を行います。まず、順次御意見をお述べいただきたいと存じます。
  なお、意見はおのおの十分以内でお述べ願うことになっておりますので、時間をお守りくださるようお願い申し上げます。
  それでは、山本一太君からお願いいたします。山本君。
○山本一太君 十分以内という大変きついお達しですので、問題を絞って少し早口でお話を申し上げたいと思います。
  アジア太平洋地域の安全保障のあり方、このことを考える上で最も重要なキーファクターは、まず第一に日米安全保障体制、日米安保システムの堅持であり、第二に、これは二十一世紀に向けて文字どおり超大国としての道を歩もうとしている中国の動向、それに対する周辺諸国、とりわけ日本と米国の対応である、このように思います。二点目は、別の言い方をすれば、日米中トライアングルというものをこの地域でどのように安定化させていくか、こういうことであろうと思っているわけでございます。順次、意見を述べてまいりたいと思います。
  まず、日米安保体制についてでございますが、ARF等の多角的安保対話の試みであるとか、あるいはAPECのような経済協力システムが地域全体をカバーする安全保障のコア、このシステムのコアになることはもちろん理想ではありますけれども、現在の同地域の現状を考えますと、これらのものは日米安保体制の代替になるとは考えられません。当分の間、日米安保体制というものがこの地域における安定装置として、そして岡崎元大使がよくおっしゃっているんですけれども、この地域において日本外交が機動性そしてオプションを確保するためのよりどころとして、今後とも極めて重要不可欠な役割を果たしていくということは異論のないところではないか、このように思っております。
  そして第二点目の、アジア太平洋地域の今後の最大のファクターとなる中国の動向でございますけれども、御存じのとおり先般、最後のカリスマ的リーダー、政治的巨人であったケ小平氏が死去をいたしました。既に江沢民総書記を中心とする第三世代への権力移行が進んでいることや、あるいは大変異例のことですけれども、軍が改めて江体制に対して忠誠を表明したこと等から考えまして、ポストケ小平の中国の政治状況に大きな変化はないというのが大勢の見方でございまして、私もそう思います。
  しかしながら、私が一つ懸念をしておりますのは、中国はカリスマなきリーダーの時代を迎えるわけですけれども、成長のひずみから生じるさまざまな国内問題を抱える基盤の弱いこの江沢民体制というものが、こうした難局を乗り切るためにナショナリズムをあおるんではないかということであります。すなわち、ポストケ小平の時代には恐らくさまざまな考え方が出てくる。今までのイデオロギーみたいなものではなくて、こうした考え方を束ねるために共産党があえてナショナリズムを鼓舞するのではないか、それが今後の中国外交、政策にどのような影響を与えるんだろうか、このことを私は心配しております。
  先般、二月二十日付のニューヨーク・タイムズの記事の中にも、この江沢民体制の脆弱な基盤というものが結局江氏を軍備増強というオプションに追い込むのではないか、こういう記事もございました。
  特に私が注目しているのは、今の中国の若い世代に見られる新しいコンフィデンス、自信とナショナリズムについてでございます。台湾海峡のあの事件のとき、もし米国の空母が先に中国側に手を出したら軍事的な犠牲は考えずに突っ込め、こういう意見が中国の若手外交官の中でかなり多く見られた、こういう話を先般お目にかかったやはり外交エリートの中国の官僚から聞きまして、私は少なからずショックを受けました。
  そして、二、三日前、二月十八日だったと思いますけれども、中国の外務省の広報官が、初めて中国と米国のことを公式に太平洋を挟む二人の巨人というリマークで紹介をした。この中国の新しい世代における自信とナショナリズムの高揚という点につきましては、やはり今後とも注視していかなければいけないのではないか、このように思っております。
  そして、日米中トライアングルの関係についてですけれども、日中の関係は、最近歴史認識の問題とかあるいは領土問題とかでかなりぎくしゃくしております。これ以上はなかなか悪くならないんではないかというふうには考えておりますけれども、これに対して最近の米中再接近、米中の接近という動きがとまる気配はないように思われます。御存じのとおり、秋から来年にかけては国家元首の相互訪問が予定をされておりますし、正味一日半日本に滞在したオルブライト国務長官もきょう中国に向けて立ったと。今のところ好ましい流れがあると言えると思います。
  しかしながら、もちろんそこには不安定要因もあると思われます。二月二十日付のファー・イースタン・エコノミック・レビューをきのうぱらぱらと見ておりましたら、二月初めの上院軍事委員会でDIAの長官が初めて中国に対してスレートニング、脅威という言葉を使ったと。すなわち中国脅威論というものが改めて米国の社会に出てきているという記事がありました。
  そして、その新しい米外交のかなめである国務長官に最近就任したあのオルブライト女史は、共産主義というものに対して極めて厳しい姿勢を持っております。また、このオルブライト外交というものが台湾問題あるいは中国の人権問題に対してどのような姿勢をとるか、こういうことを考えますと、こうした問題で米中の対立というものが再燃する可能性もあるのではないか、このように思います。
  実はオルブライト国務長官は、正味一日という大変多忙なスケジュールで今回訪日をされたわけでございますけれども、彼女は私の米国留学時代の先生でございます。私がスクール・オブ・フォーリンサービス、ジョージタウンの大学院にいたときにコアセミナーを教えてくださった先生でございまして、今回は超多忙で非公式日程はこれだけよと言いながらも、実は昨日秘密で国務長官に会ってまいりました。
  オルブラィト先生は相変わらず大変エネルギッシュで、チャーミングで、そして外交に対する昔からの毅然とした姿勢というものは少しも衰えていない。やはり武闘派だなあという感触を強く持ったわけでございます。
  全体としては、両国は経済中心主義をこれからもとっていくでしょうから、米中関係に対する楽観的な見方には私もある程度理解を示しているところでございます。
  そして次に、中国を文字どおりソフトランディングさせていくために、日米がどのような対中政策をこれからとっていくかという点についてお話ししたいと思います。結論としては、今はやりのいわゆるコンストラクティブェンゲージメント、建設的関与政策ということが言えると思います。
  しかし、ここで誤解してはいけないのは、いわゆるコンテーンメント、封じ込め政策というのは理論としてはあっても現実に中国には適用できないということです。ケナンが戦後あのX論文で、フォーリン・アフェアーズに初めてコンテーンメントという言葉を使った、あのときの状況と今の政治状況は全然違うということを考えなければいけないと思います。
  林議員と一緒に参加したシンガポールの国際会議で、若手政治家のリーダーの一人と目されている方が、名前は申し上げませんが、私にノーバディー・キャン・コンテーンメント・エレファント、こういうふうにおっしゃった。すなわち、巨象である中国を封じ込めるということは理屈としては不可能だよと。この言葉がやはり現実をしっかりととらえているんではないかと思います。
  再三言いますが、私は対中強硬派ではございません。中国を国際社会の責任ある一員として招き入れるということは、これはもうアジア太平洋のみならず世界の安定に必要だという認識を持っております。
  しかし、現実として認識していなければいけないことは、中国という国家の意図でございます。それは軍事力、経済力の増強により他国、この場合はアメリカと言いかえてもいいかと思いますけれども、アメリカから干渉されない地位、すなわち富強の中国をつくる、そして自分たちに好ましい国際秩序をつくるという目的を持っている、こういうことだと思います。
  これは、これまでの領土問題や台湾問題あるいは中国の政策等に如実に私は示されているんではないかと思います。この現実をしっかりと踏まえた上で、日米の政策というものは、田中明彦助教授のおっしゃるような安定化政策、リアシュアランス、これを基本とするエンゲージメントであるべきだろうと私は思っております。
  一方では、日米安保の強化により地域のきちんとしたバランスを維持し、そしてアジア太平洋地域の安定化を図りつつも中国の日米に対する不信を取り除く対話を推進する、このツートラックアプローチがやはり不可欠ではないか、このように思っております。そして、その対話は指導者レベルでのさまざまな交流であるべきでありますし、この中で我々議員が議員外交によって日中関係に大きな貢献を果たせるということは言うまでもないことでございます。
  時間になりましたけれども、一分だけいただいて最後に一言だけ申し上げたいと思います。
  現在の政治的無関心、政治不信の広がりというものは、もう来年参院選を控えた我々参議院にとっても深刻な問題であると思います。特に、政治離れが顕著な若い世代の政治的関心を呼び起こす目的で、同僚の林議員と一緒に音楽と歌を通してメッセージを送るというプロジェクトを最近スタートさせました。
  最初につくったオリジナルソングはブレークスルー、突破口を開くという世代交代の極めて過激なハードロックでございますので、二曲目はアジアというタイトルのアジア重視のソウルバラードを今私はつくっております。その二番目の歌詞をきのう寝る前に書きました。その中で、五百旗頭先生のことを思い出しながら、ハムレットのような原理原則の西欧もわかりやすいけれども、やはりチェーホフ的ないいかげんなアジアがいいねと、こういう歌詞になったわけでございます。
  アジアは歴史、文化、そして政治システム、経済システムに至るまで独自の発展を遂げてきた、西欧とは違う社会であり、しかも多様な要素を含んでいる。このことはアジア全体を考える上でも、またアジア太平洋の安全保障を考える上でも常に忘れてはいけないポイントであるということを強調いたしまして、一分オーバーしましたけれども、私の意見陳述にかえます。
  ありがとうございました。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、山崎力君にお願いいたします。山崎君。
○山崎力君 山崎でございます。山本先生から中国に関することが大分話されましたので、なるべく重ならないような感じでいきたいと思っております。
  基本的には、我が国がこのアジアに対してどのような貢献ができるか、対処すべきかという点からで、まず現状認識からしっかり整えることが大切だろうと思っております。その意味で、アジアに対して短期的、長期的と二つの見方をした方がいいのではないかと思っております。
  まず目前の短期的なことですが、今アジアにとって、我々周辺にとって一番クリティカルな問題は、言うまでもなく北朝鮮の問題でございます。続いて、いわゆる台湾海峡を含めた、今、山本先生からもおっしゃられた中国の問題が出てこようと思っております。
  まず、北朝鮮について将来どうなるか、これは予想不可能でございますが、幾つかのオプションが既に提示されております、最悪のものから最善のものまで。しかし、これはどう考えてみてもあと両三年の間にある程度の方向性が出るだろうと思っております。悪いときに、そのときに我が国がどうすべきなのか、ソフトランディングしたときに我が国はどうすべきなのか、その二つの視点を踏まえて、どちらにでも対応できる体制、心構えをつくっておくということが現在の我々にとって一番の問題であろうと思っております。
  続いて中国の問題は、香港がことし御承知のとおり返ります。その香港がどのようになるのか。
  これはすなわちまさにあと二、三年の間にある程度の方向性が出てくるであろう。うまくいけば非常に今までどおりの香港が保たれるし、まずくいけばアジアの経済全体あるいは中国内部の問題も出てくる。特に、何と表現すればいいか、指導者であるケ小平氏が亡くなられた後、まさにそのXデーが来たわけですから、Xデー以後が始まっているわけで、そのときに香港と絡んでどのようになってくるかということが一番の問題です。それに絡んで、先ほどもおっしゃられた中国のナショナリズムの高揚による台湾への影響がどうなるのか。
  一言で言えば、中国は一つの政治の国でございます。我々がともすれば忘れがちなのは、こんなことをすれば我々の生活が大変なことになるということで、現実的な生活、経済を重視する部分がありますが、彼らの心情を私が想像するに、生き方、政治、そういったものが優先いたします。
  ですから、先ほども言われたように、彼らにとってみれば、正義、国家、民族という、中華人民共和国という中華、漢民族が一つの自立を脅かされた、あるいは名誉を傷つけられたというようなことを明白に判断すれば、経済を無視した政治行動に出る可能性は十分残されている。現実に彼らはそれを否定していない。そういうことに我々はどうやってつき合っていくかということが、ここ両三年の間注意深く見なければならないことだろうと思っております。
  続いて、ちょっと範囲を広げて長期的な方になりますと、いわゆる我々が東南アジアと呼んでいる諸国の経済発展がこれからどうなるのかということに関する問題が出てこようかと思っております。問題は、今の経済発展がスムーズにいくかいかないかということでございます。もちろん、その東南アジアの各国において格差が非常に出ております。ある意味では、それがあることが一つ一つの産業の移転ということを考えればよりスムーズに発展する可能性も含んでおります。
  もう一つ、例えば各国が自動車をつくり出して、それが競合した場合どういうことになるのかということを考えますと、そこのところに、今世界じゅうで一番軍事力を強化している国は東南アジアの各国であると。タイは航空母艦を買った、インドネシアは潜水艦を買ったと、こういう時代に対してスムーズにいくかどうか、そういったことが一抹の懸念として残されるわけでございます。
  そして最後にといいますか、そういった中で我が国はどうすべきなのかという問題が出てまいります。そこのところでアメリカとの、先ほど山本先生もおっしゃられた日米安保を基軸とした安全保障の問題ですから、これは堅持していかなければならない。
  何より一番問題なのは、我が国がどのような理念のもとに彼らとつき合うのかという問題でございます。彼らは何よりもまず我々日本に対する警戒心を解いておりません。彼ら自身が解決できない問題になったときに、日本に仲裁を求めてくるということを期待するのは無理だろうと思います。我々よりもむしろアメリカに仲裁を頼むであろう。
  そういったときに、安全保障の中で我々がどのようなスタンスで彼らとつき合っていくのか。もちろん経済を中心としたつき合い方は当然でございますが、安全保障という観点から見た場合、軍事力とかそういったものを背景としたつき合いがない以上、ある意味では信頼されないということがございます。ただ単に軍事力を持っているわけではなくて、その軍事力をもし仮に行使しなければならない、我が国の日本国憲法の禁じるようなことを期待するという仲裁を求めることもあり得るわけでございます。
  そういったときに、我々がもし仮に軍事力にかわる経済力を彼らの仲裁、地域の安定に果たすとしたら、そのときには一つの理念、日本なりの正当立った理屈の構成というものが不可欠だろうと思っております。
  例えば、ODAの問題一つにしても、それぞれの国にとってはまだまだ日本の経済力、そういった行使というのは必要ですが、そのときに日本はどういう考え方でもってこれをやるのかということが非常に彼らにとっては大きな注目を、我が国を見ることになろうと思っております。
  そういったときに、アメリカ的な自由であるとか、あるいは人権であるとかということを振りかざして我が国がいけるのかいけないのか。もしそれにかわるものが何かあるのかどうか、そういったことをこれから真剣に考えていかなければならない、このように思っております。
  いずれにしろ、最後の問題になってきますが、そういった場合、もし安全保障で一番長期的に問題になってくることがあるとすれば、やはり一番の将来的な問題であるエネルギーをどう確保するかという問題があろうかと思っております。そのときに、南シナ海のいわゆるベトナム沖といいますか南沙諸島の油田開発が長期的には極めて大きな問題になってくる。そのときに中国がどのような権利を主張するか。
  言葉をかえれば、コーストネービーといいますかブラウン・ウオーター・ネービーといいますか、沿岸での海軍力からオーシャンネービーあるいはブルー・ウオーター・ネービーと言われる大洋艦隊的なものを中国が持つのか持たないのか。
  そういったことが安全保障の軍事力面から見れば、あと十年前後のときにこの地域に対する大きな問題になる。もちろんすぐ海軍力というのは整備できませんから、そのときに中国海軍の動向を見るということが東南アジアの安定に対して大きな影響力を持ってあろうと私は認識しております。
  そういった点で、我々がアメリカと協力しながらどのようにこれから持っていくか、そのときに我が日本としてどのように関与するかという理念を明確に諸外国に打ち出せるかどうか、これが私が考える日本のいわゆるアジア太平洋地域における安全保障に果たす役割であろうと思っております。
  以上でございます。

○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、武田邦太郎君にお願いいたします。武田君。
○武田邦太郎君 今までお話しになったお二人の先生の発言とかなり重複するところがあると思います。
  今の日本で私が一番心配しておるのは、アジア太平洋の平和、各国の相互扶助的な発展と、ひいては世界の平和と各国の相互扶助的な発展、それに対する明確な展望なり具体的な政策なりがどうも日本にはできていないのじゃないか、日本は何を考えているかわからないと。政治家の各先生方はそれぞれお考えがありますけれども、国として外国に、日本はかく見通し、かく信じ、かく行動するということがちっともわからない。これは非常に心配であります。
  例えば、北朝鮮の問題で北朝鮮と話すのに、韓国、中国、米国は参加しますけれども、日本は参加していない。これは日本がおれは入ったくないんだと思っているのか、それともこの四カ国からつまはじきされているのか無視されているのか、この辺は重大な問題だと思うんです。例えば食糧援助の問題にしても、日本はちょっとやりかけたけれども、韓国が余計なことをするなと言わんばかりのことを言うと引っ込んでしまう。こういう姿勢では北朝鮮から好意を持たれあるいは信頼を持たれることはまずちょっとあり得ないですね。
  だから、韓国がどうあろうと、ちょっと違うところもありますけれども、まず同一民族、歴史は共通であったじゃないか、日本は、おまえさんたち南北が心から提携して、その提携の中から統一の可能性を発見することを熱願していると。そういう意味では、今の時点で韓国が日本は簡単に言うなと言っても、言わざるを得ないんだ、その真心なり愛情なり展望なりは韓国も北朝鮮も理解してもらいたいと。それぐらいのことは言わないと、日本は何を考えているかわからぬでは、この北朝鮮問題で仲間外れにされているという状況はなくならぬと思うんです。
  同じことは中国に対しても言えるわけであります。我々は、中国に対してどういう姿勢を明確にするのが共存共栄の道にかなうのかといえば、これも簡単明瞭な話です。我々の姿勢は親米であると同時に親中でなければならない。双方に対して同じような提携なり誠意なり共通の政策なりを持つ努力をしないと、これは日本の安全も発展もあり得ないです。
  中国は新しい政治の段階に入ったということでありますけれども、かつてのように最高指導者間で血で血を洗うような闘争はまず考えられないですね。最大の目標はアメリカでしょう。その中で、中国の政治的安定の一つの大きな要因は経済成長がまずまず安定的にいくかいかないか。これは中国の、先ほど御発言もありましたが、ナショナリズムによって外に国民の関心を向けることで国内の政治的不安定を緩和するか回避するか、そういうことがあっては困るわけです。一つの大きな問題は、レスター・ブラウン氏も言っているように食糧問題、農業問題です。私は中国の農政部の、日本でいえば部課長クラスの第一線級の五、六人の人と懇談した機会がありますけれども、どうも国民経済の高度成長下に農業をどうしたらいいかということについては必ずしも明確な政策はないようですね。
  それで、私はその点では日本は中国の先輩だ、高度成長下に完全な農政の失敗をやった。でも、やり方によってはあと十年か十五年ぐらいの間には、バランスのとれた国民経済の形成の方策がないわけじゃないということをお話ししたのであります。どうも中国はそういうことは、案外日本の歩みを参考にしようという気持ちもはっきりしていないようです、これから一層一緒に勉強しようということにはなりましたけれども。
  こういうことを考えましても、私は日本が中国に経済成長についてアドバイスをし、あるいは有効な協力をし得る分野は少なからずあると思いますけれども、それについても日本の政府は具体的な政策を持っておるようには見えない。そういうことがこれから先、問題点はつかむけれども具体的な対策はつかんでいないというのが日本の現状ではないか、こういうふうに思うんです。
  それで、長い目で見てせいぜい二十年から三十年のスパンでありますけれども、平和問題、安全問題を考える場合に見逃してはならないのは、現代が人類の歴史で初めて迎えた核兵器時代であるということであります。核兵器でやり合えばそれは共倒れとか核の冬でつぶれちゃうということは常識でありますけれども、しかしそれを心得て行動している国があるとは思えない。
  早い話が、アメリカを筆頭にした核兵器を現に持っている国は、自分らが持っているのはこれでいくんだ、ほかの国は持ってはいかぬと。そういうことが長い文明の進歩の中で通用するはずはありません。まず、持っている国が何年計画でどういうふうに核廃絶に向かってやるかと。
  結局、それが帰着するところは戦争放棄しかないんです。戦争放棄は日本の専売特許みたいに言われますけれども、現在、本当の平和、安全を各国が得ようと思えば、もう核兵器時代には戦争放棄以外にあるとは思えません。ところが、各国はそれを確認し実践しようとはしていない。日本一国でいいからこのことを機会あるごとに力説し強調すべきだと思います。
  ロシアは、ああいうふうになっても核ミサイルの進歩に膨大な予算をつぎ込むという方針を明らかにしております。それじゃアメリカはどう考えるのか、中国はどう考えるのか。核実験をしなくても核兵器が進歩するノウハウをアメリカは持っておる、ロシアも持っておる、フランスも持ったと。こういう中で、中国は格段のおくれをとっているわけでありますけれども、この格段のおくれをとっておる核兵器の状況を中国は甘んじてじっとしているか、これは常識的にそんなことは考えられないですね。
  でありますから、そういうことに対して日本としてはどう発言するのか。これは戦争放棄以外にないじゃないかと。少なくとも二十年、三十年のスパンの中でお互いに戦争はしないという約束ぐらいはできないのか。この国際的世論を形成して、その上に立って一番武力の進んだ国々に対して面を冒して忠言するというぐらいの展望と勇気がなければ、日本が北鮮問題で仲間はじきされたように、アメリカがちょっと方針を変えて親中政策に転ずるにしても全く日本に相談した形跡はないわけです。
  こういうことは我々は声を大にして、なぜ我々をないがしろにするのかということをアメリカに言うべきですし、日本はアメリカと中国が本当に仲よくする方途を知っていると、堂々とその所信を述べるぐらいのことをしませんと、かつては東南アジアでも日本を希望の星のように言っておったのが、今は円の投資なんか要らないなんというようなことになりつつあるわけです。
  そういう日本が国際的に無視されるのを情けないとか怒るとかというのじゃなくて、東アジアの安定と共存共栄のために、ひいては世界の平和に貢献するために、日本にはなし得る問題を持っておるしなし得る能力も持っておる、こういうことを明確にして前進することが必要欠くべからざる問題だと思います。
  大体時間ですから。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、笠井亮君にお願いいたします。笠井君。
○笠井亮君 このテーマをめぐって三点述べたいと思います。
  まず、今日のアジア太平洋地域の情勢をどう見るかという問題ですけれども、既に海外派遣議員からも共通して報告されましたように、各国の認識が総じて安定に向かっているという意味で極めて楽観的だというのが私は非常に重要な点だと思います。
  ASEAN五カ国は中国を脅威と見ておらず、北朝鮮についても大体安定している方向と見ていると。それからミャンマーの民主化、西沙・南沙、中国・台湾の問題等についても平和的な解決がなされるとの見方がされているとのことでした
けれども、これこそ冷静でリアルなとらえ方ではないでしょうか。
  我が国では、ソ連崩壊後のアジア太平洋情勢が不安定、不確実というふうにしきりに言い立てられて、参考人の中にもそういう御意見もありましたけれども、そういう状況とアジア各国の認識とは大分違いがあるわけであります。
  最近の北朝鮮の黄書記亡命事件などを取り上げて、朝鮮情勢の厳しさを言い立てる向きもありますけれども、米朝合意以来アメリカと北朝鮮が相互の友好関係改善を望んでおり、そういう方向で事態が進んでいるのが現実であります。以前に本調査会に参考人で出席した防衛庁防衛研究所の武貞室長も、今回の事件について読売新聞の座談会で、「米朝の駆け引きとなった場合でも、亡命程度で、北朝鮮が米朝合意という「宝物」を台なしにする可能性は少ないのではないか。」と述べております。
  ケ小平氏死後の中国についても、もちろん注意深く見なければなりませんが、そのことによって情勢が不安定化することはないというのが今支配的な認識だと思います。
  全体としてアジア太平洋地域の情勢を見るとき、殊さらに脅威や不安定、不確実要因を描き出すのではなく、平和と安定を志向する大きな流れを冷静に見据える必要があるということを強調したいと思います。
  次に、大きな論点になったこの地域のアメリカ軍のプレゼンスヘの評価の問題ですが、我が党以外の何人かの委員からも、冷静に考え、アジア諸国の意見も冷静に受けとめるべきで、一定の前提を持って対応すると失敗するとか、アメリカ軍のプレゼンスなしにアジアを平和にするための条件の検討が必要ではないかという意見が出されました。また、海外派遣議員の報告でもこの問題へのアジアの見方はさまざまだったと思いますが、アジアの平和と安定を大国のイニシアチブではなくて自主的なイニシアチブでつくりたいという方向を大まかに私は見ることができると受けとめたわけであります。
  参考人の中には、また先ほども若干ありましたが、ソ連崩壊後のアメリカは安定保障装置であって過剰介入の危険の減退したアメリカの圧倒的な力を、アジア太平洋の秩序構造として活用するという御意見がありました。しかし、私は鷲見友好参考人が指摘したような、今日のアメリカのならず者国家戦略に込められた意図を事実に基づいて見極めれば、決してそういう評価にはならないと考えます。
  アメリカは、一九九三年のいわゆるボトムアップ・レビュー以来、イラク、北朝鮮という二つの主要な地域紛争への同時対処のための強力な軍事力の保持を掲げて、自分の気に入らないものは武力で制裁するという戦略をとってきましたけれども、そうしたあり得ない前提に立ったアジア十万、日本四万七千人の前方展開、常時即応体制は、昨日の日米外相会談でオルブライト国務長官が言明したように、ことし五月の戦力見直しでも変えないとされております。
  実際、第二期クリントン政権は、我が国の死活的利益を守り、アメリカの安全を維持するためには、武力及びそれを行使する確かな可能性が不可欠という立場で、今度のアメリカの国防予算を見ましても、いろいろありますけれども、ファイト・アンド・ウィン、戦って勝利するに足る近代化を図るために国防予算としては増加に転じているというわけでありまして、言われているような覇権の衰退どころではないのが明らかではないかと思うわけであります。
  そのような意図を見ないでアメリカ軍のプレゼンスを活用するというのは、アジア太平洋を危険な道に引きずり込むことになる。そうではなくて、国際法とか国連憲章に基づくアジアの平和と安定を探究する必要があるということを強く主張するものであります。
  こういう中で鋭く問われているのが日本の役割であり、とるべき選択であります。参考人の中からも、日本は米国の言うことに従っていればよいとする考え方から脱却することが必要だという指摘がございましたけれども、これは非常に重要なことではないかと思います。
  今、アメリカはまさに覇権主義という横暴勝手なねらいのもとに、ナイ元国防次官補が明確に述べたように、ヨーロッパにおけるNATO拡大とともに、アジアではNATOのように強固な日米安保関係、つまり日米安保条約をNATOのように集団的自衛権を持った本格的な軍事同盟にして、それを中心にしながらOSCEのような幅広い多国間協議体をつくることを目指しております。ARFだとかAPECの問題もさまざま議論がありましたけれども、アメリカの側から見れば、そういう中での補完物としての位置づけがされていると思うわけであります。
  ところが、NATOではソ連崩壊後の軍事同盟としての根本的な存在意義が、あの直後もそうですし引き続き今でも問われ続けて、そしてアメリカと同盟国との間でもさまざまなあつれきが生まれている、そごがあるということで報道もされておりまして、そういう事実があるということであります。そういうことがあるのに、一方日本では、ひたすらアメリカに連帯をしながら自国の運命をゆだねて、日米安保共同宣言やガイドライン見直しで日米軍事一体化を推し進めて、憲法が許していない集団的自衛権の行使に踏み込んで、そういう中で聖域化された思いやり予算で米軍を支え続けようとしている、こういう現実があると思うわけでございます。
  昨年の二月だったと思いますが、本調査会で浅井基文参考人が強調されていたことでありますが、この日米安保再定義は決して地域の安定、平和を守るための受け身の体制ではなくて極めて攻撃的な性格が強く、戦争につながる仕組みにほかならないと、まさにそのとおりだと思うわけでございます。
  こうした方向がいかに危険かということでありますが、昨年、アメリカが国連の決議もなく勝手にイラクを軍事攻撃して、日本がいち早くこれを支持して在日米軍基地をそのために自由使用させたことを見れば明らかであります。
  国連憲章の五十一条は、国連加盟国が武力攻撃を受けた場合に限って、国連による安全保障措置がとられるまでの間の個別的自衛権並びに集団的自衛権の行使を妨げないというものでありまして、武力攻撃を受けたわけでもないのに勝手に他国を武力攻撃することを許しておりません。こんなことが許されれば国際秩序の崩壊であります。そういうアメリカに手放しで協力したら、どんなに危険かということであります。
  こうして、日本が全く武力攻撃を受けていないのにアメリカの行う軍事行動に巻き込まれて、アジア太平洋地域の最も危険な緊張の震源地になろうとしていることを、圧倒的な多数の日本国民はもとよりこの地域の各国は決して望んでいないと、私は海外派遣議員の報告を伺いながら改めて痛感しているところでございます。
  そういう中で日本がとるべき道ですけれども、アメリカの立場からアジアに臨むというのではなくて、まさにアジアの一員として行動していく、そして安保条約から抜け出して、非核・非同盟の道を進み、アジアでいえば二十三カ国中二十カ国という圧倒的な国々と同様の非同盟の仲間入りをして、その立場からこの地域の平和と安定に貢献することであると思うわけであります。これこそアジア諸国の日本への期待でもあるということ、このことへの確信を述べて私の発言といたします。ありがとうございました。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  以上で意見の表明は終わりました。
  これより委員の皆様相互間で自由に意見交換を行っていただきます。発言を希望される方は挙手を願い、私の指名を待ってお述べいただきたいと存じます。
  なお、発言は簡潔にお願いいたします。
  それでは、挙手をお願いいたします。
○板垣正君 各先生とも大変内容のある御報告を賜りましたが、私から御質問させていただきたいと思うんです。
  山本先生、山崎先生にお伺いしたいと思うんですが、一つは、日本のこれからのあり方における普通の国論です。私は、どちからというとそれを支持する立場であります。そういう立場から私は、やはり戦後体制、その頂点である現在の憲法体制、これは普通の国であるべき日本のある面の制約になっている。これは日本の安全保障の面でもあるいは国際的な平和維持活動に象徴される動きにおきましても、むしろ我が国に対する制約になっている。
  そうであれば、この転換期に今後の我が国の基本方向を決する上においてそうした制約を脱する、あるいは集団自衛権の問題も見直していく、私は認めるべきであるという立場でありますが、そういう方向を目指すことに、その辺についての両先生の率直な御見解を承りたい。
  もう一点は、中国・台湾関係です。
  これは中国は一つである、一つの中国を建前としては日本も認める、こういうわけであります。
  ただ、その一つの中国というのは、いわゆる中共政権から主張される場合は台湾は一つの州にすぎないんだと、台湾州、台湾地方にすぎない。したがって、そういう立場からこれをいずれ統一すると言う。また台湾は台湾で、中国は一つであると、これも言っているわけです。しかしその台湾の立場は、そもそも台湾は昔から独立国なんだと、台湾というより中華民国政権は一九一一年の辛亥革命以来。それからいろいろな転変を経ているけれども、つまり中国という一つの国があって、現時点では中共政権と中華民国政権と対等の政権が分裂した姿である、それはいずれ一つになるべきだと、そういう立場における見解ですね。
  したがって、我が国の立場からするならば、中国の平和的統一を将来当然期待しながら、その姿というものは今の中華民国といいますか、言論の自由が認められる、政治結社が認められる、民主主義が認められる、人権がある程度認められる、そういう姿における中国の統一なりあるいはアジアの安定につながっていく台湾問題、そうしたスタンスを我が国としてももう少し明確にしていっていいのではないのか、こういう考え方を私は持っております。以上の二点についての率直なる御見解、御批判をいただければと思います。
  以上です。
○山本一太君 板垣先生からの御質問に、私なりの意見を簡単に述べさせていただきたいと思うんです。先生のまずおっしゃった普通の国論ということについては、私も先生の御意見に同意できるところがあります。集団的自衛権の問題を含め、日本がある程度普通の国へ脱皮していかなければいけないという感じは私も持っております。
  しかしながら問題は、いわゆる普通の国というものの定義だと思うんです。先ほどもちょっと申し上げたんですけれども、これから日本はいろいろ内外ともに大きな変革の波にさらされる中で、経済システムを含めて世界のやり方に合わせていかなけれ、はいけないというのはあります。そこに、私はニューナショナリストではありませんけれども、アジア的な英知といいますか、日本の文化や伝統あるいはそういうものを生かしたシステムもあるのではないか、そういう考え方があります。その普通の国というものが欧米型の経済システムであり、欧米型の社会システムという定義であるならば、日本が求めていく姿はいわゆる西欧型の普通の国ではないのではないかという感じがしております。
  また林先生というと何でも林先生と一緒にやっているみたいなんですけれども、林先生と四十ぐらいいろいろなことをやっているものですからあれなんですが、通産省の若手官僚を巻き込んで新しい資本主義を考える会という勉強会を今やっております。その目的は、日本の経済システムというものは規制緩和や経済構造改革というものが必要だけれども、必ずしも欧米型の、林先生も私もアメリカに住んだ経験があるわけですけれども、弱肉強食のシステムになってはいけない。
  そこに、例えば時間であるとかさまざまなコンセプトを加えて、大きい政府、小さい政府にするか、それともスマートな政府を目指すのかという話をよくしているわけですけれども、そこに日本的な感覚というかアジア的英知を加えた体制を模索していくのではないかという気持ちがあってこの会をやっているわけなんです。
  普通の国というのは必ずしも欧米型の社会のことではないと私はとっていますけれども、やはり日本の定義としての普通の国という意味では、板垣先生のおっしゃることに大変共感を覚えております。ちょっとなかなかうまい答えになったかどうかわからないんですが。
  中台関係につきましては、先ほども先生の方からお話があったんですけれども、香港の問題をやはりじっくり見ていきたいなというふうに考えます。
  香港返還が近づいているわけですが、香港の経済システムが実はより巨大な中国をのみ込むんじゃないかという考え方もあるかと思うんですけれども、今までのところは、そうするとまた私は対中強硬派と言われるかもしれませんが、やはり中国政府が既に香港をある程度一つの制約の中に押し込めようという動きの兆候があらわれてきているんではないかなと思います。私の考え方では、香港はむしろ中国の一部になっていくのではないかなという感じがしております。
  やはり中国の台湾に対する姿勢というものは、中国がいかに香港の問題を扱っていくか、そういう観点から判断していくべきものではないかなという感じがしております。
  余りはっきりした答えにならなくて申しわけありません。
○山崎力君 じゃ、私の方からお話しさせていただきます。
  普通の国論というのが言われておりまして、それも今、山本先生のおっしゃったように定義次第でございますけれども、私も基本的に普通でどこが悪いのかという素朴な感じで言って、そういう意味で普通の国論というのは賛成でございます。
  その他いろいろおっしゃられましたけれども、憲法体制、普通の国であれば、占領下、実質的に主権が制限された中でできたものを完全に独立といいますか、その辺は難しいところかもしれませんが、もう一回何で再吟味することができなかったのかと。そういった意味では非常に問題があると私は思っております。そういった意味で普通の国論を、もう一回これからのあり方を考えるということは必要だろうと思っております。基本的にはそういう意味で賛成でございます。
  それから、中台関係の問題ですが、これは両国と言っていいのか微妙ですけれども、それぞれが中国は一つであると主張している間は、我々とすれば現状でやっていかざるを得ないということがあろうかと思います。
  ただし、それでは国家とは何ぞや民族とは何ぞやということになってきますと、一民族一国家ということはこれは例外的なことでもございますし、同じ民族で国が分かれていることも多々あるわけでございます。ヨーロッパにおいては非常にその点ははっきりしているわけです。そういったときに、現在の台湾が独立するかは別として、彼らに言わせれば、一九二年以来我々は中華民国として存在し続けているのである、我々から中華人民共和国が独立したのであるという言い方をして、それは法的にはそういう感じもするわけです。
  そういった中で、独立するかどうかは別として、いわゆる大陸中国とは違った形の国家としての世界的な認知を改めて求められてきた場合、そういったときに我々がどう対応するかということは極めて困難な問題であろうと認識しております。私個人の主張からすれば、建前からいけば認めざるを得ないだろうというのが私の考え方でございます。それが大陸中国からすればまさに内政干渉そのものであるということになるわけです。
  とこでちょっと視点を変えまして、私の個人的な感想というか問題意識を述べさせていただきますと、今、板垣先生のおっしゃられたことと関連するわけですけれども、それから前の武田先生との話にもなってくるわけですが、少なくとも我が日本国という国レベルにおいて、さきの戦争の総括が済んでいないということが根本にあろうかと思います。それが私どもからして対外的に何をどうするといったときに、基本になる考え方がそこにできていないということが、先ほどどなたかがおっしゃられましたけれども、要するに場当たり的な対応しかできないという根幹にその原因があるのではないかと思っております。
  例えて言えば、これは国際社会の弱肉強食と言われている冷徹な国際外交の中で考えてみれば、カンボジアにおけるあの虐殺を我々が国際社会として何の阻止もできなかった。ベトナムが介入したことによって一たんはおさまった形ですけれども、あれは考えてみればベトナムの侵略とも言える、介入とも言えるわけです、とりょうによっては。ところが、自国民の何分の一かを殺したことに対して我々国際社会は何もできなかった。
  それでは内政不干渉のもとに、ある国家が自国内において非人道的なことをやっているときに国際社会は黙認していいのかどうか。この問題に対して、我々はさきの戦争の総括ができない、国家としての基盤をどうやるということが確認されていない以上どうしようもないということが言えるのではないでしょうか。
  もう一つ言えば、逆にそういったことを、我が国が国家として対外的にアピールすることが果たして今まで受け入れられてきたかどうかという問題もあります。ほかの国、特に第二次世界大戦における、太平洋戦争における被害を受けられて後に独立された国家が、日本に対してそういったことを受け入れる素地があったのかどうか、そこへ踏み込んでいった方がよかったのかどうかという反省が必要だと思います。
  ですから我々として、さきの武田先生の、これは質問になるかもしれませんけれども、要するに核時代の戦争というのは無意味であるからして、我が国が先頭に立ってそれに対して反省を求めるといいますか、阻止、平和の方向に行くべきであると。理論的にはそのとおりですけれども、おまえたちさきの戦争で何をやったんだ、それに対しての総括が済んでいないじゃないか、よってもって日本が何をするんだということを明確な形でしていないではないかと。憲法の問題、九条の問題と自衛隊の問題しかりです。
  逆に言えば、非常に言いにくいことですけれども、ある政党が憲法改正を党是としてから何十年そのまま真剣な討議をしないで放置していたか。それが単なる野党ではなくて政権党でずっといられた。あるいは憲法改正という問題があるならば、その前提である憲法改正に伴う国民投票法の制度を何もしてこなかったではないかと。
  そういった点を考えれば、いかに我々がそういった善意を持っていたとしても、外面から見ればいわゆる法的な制度、そういったことを一つ一つ段階を踏んできていなかったのではないか。そういったことをやらないままほかの外国に対して、日本の姿勢はこうですと言ったところで信用されるはずがないというのが私の考え方で、逆説的に言えば、むしろそういったことであったがゆえに日本は余り外国から期待もされていなかった、それがよかったと結果的には思うわけでございます。
  お答えになりましたかどうか。

○武田邦太郎君 真正面からの御返事にはならぬかと思いますけれども、核兵器時代には戦争放棄なしには人類は生きられないんだということは、理屈はそうだが現実の政策としては難しいだろうと、まさにそのとおりですね。ですから、私も幾らか歴史をかじって戦争史を見てみると、時間がありませんから詳しくは申し上げられませんが、戦争の性格なりあるいは内容なりが一定の法則を持って進歩しているんです。結局、その最終的な戦争史学の断定は、戦争なるものが進歩の極限に達すれば戦争はその意義を失う。かつての戦争は資源をとったり領土を広げたりすることができたわけでありますけれども、その段階になると戦争は勝ち負けもわからないが、勝ったとしても何ら得るところがない。戦争は戦争を否定して絶滅するんだと、こういう戦争史学の一つの段階があります。
  だから、経済でも文化でもそうでありますが、一定の法則を持って前進し、これから先どういう方向に進むのかということは、これは人間はある程度の文化、教育が進めば大体同じようなことを考えるわけでして、そういうことを国際政治の上でも検討すべき時期に来ているのではないか。
  結局、例えば二十世紀最大の歴史家と言われたアーノルド・トインビーなんかの歴史観では、もう人類は戦争を放棄して国家対立のない地球世界をつくるのか、それとも戦争の中で全面的な破局を迎えるのか、この分かれ道に立っていると言うんですね。そういうようなことが、それでは歴史学の立場だけではなく政治の立場からでも反論ができるのかといえば、まず反論した例を聞いたことはないです。だから、そういう明確な歴史観の羅針盤なしに、海図も羅針盤もない国々が目当てなしに突っ走っているというのが恐らくトインビーの歴史観からいえば人類の現状だろうと思うんです。
  ですから、それを一応肯定的に受けるとすれば、先ほど申し上げたように、まず一番強力な武力を持っているアメリカが一番責任があるんだということを言うのでなければ全く意味がない。特に、私どもはアメリカに対する敬愛は十分持っておりますけれども、そのすぐれた知性を持っているし、経済力、武力を持っているアメリカが決して世界の多くの国から尊敬されていない。その端的な例は中東ですね。
  だから、アメリカの今までのやり方で、イランやイラクは、アメリカはすばらしい尊敬すべき先輩国だと思うかと、絶対に思いませんね。それはアメリカが一生懸命になって反米教育を中東に向かってやっているわけであって、本当にアメリカのすぐれた知性の目指す地球世界、その一環としての中東のあり方をのみ込ませるような努力はちっともしない。そういうようなことは、私はやはり非常にアメリカのために残念だと思うんですね。我々が、本当にアメリカと対等の親友であるとするならば、アメリカの言い分も反論もよく聞いて、アメリカが世界で最もすぐれているんだから、すべての国から尊敬される国になってくれと、そういう角度でのアメリカとの仲よく仕方ができないのか。
  その路線は中国に対しても同じことが言えるわけで、中国と我々は兄弟みたいな国だ、いわば文明的には中国から随分教えられた日本だと。だけれども、少なくとも高度成長以後においては中国に参考にしてもらいたいプラスの経験、マイナスの経験をしこたまやっている。お互いに裸になって本当に仲よくしょうじゃないかと。それには、アメリカと本当の仲よしにならなければ、これは中国の発展だってあり得ないんだというようなことを、私などは声が小さいからだめですけれども、幾らか発言しております。だから、そういうことで戦争問題を考えたらどうかというのが私の考えです。
○益田洋介君 大変にうんちくのある御発言を伺ってまいりましたが、まず山本先生、山崎先生、お二方に御質問をさせていただいて、その後板垣先生にも若干御意見を伺い、さらに武田先生の御意見に対して私なりの考え方を述べさせていただきたいと思います。
  最初に、昨年の十二月二日にウィリアム・ペリー国防長官が来日して2プラス2の会合が一応の決着を見た段階で、沖縄の基地問題の整理、統合、また縮小についての基本的な両国間の合意がなされて、このときにペリー長官が、沖縄の問題については当面危惧されていた問題点に一区切りがついたんだということで、これからは現実的にどのように合意した事項についての具体的な推進を進めていくかということに力点が置かれると同時に、最重要課題というのは、これからはガイドラインの見直しを具体的に進めることだと。
  両国間で精力的に、例えば2プラス2というのが、従来でありますと年に一回しか持たれていなかったのを四回から五回、必要ならば六回程度持って具体的なガイドラインの見直しを詰めていこうじゃないかと。一つのめどを九七年、ことしの秋ぐらいにある程度の見通しをつけたい、決着をしたいというふうな話で、特に一番の課題というのは日本周辺有事の問題だと私は思っております。
  そのほかには、通常の両国間の平素協力というんですか、そういったこともございますし、さらには、実際日本に対する武力攻撃が行われた場合の両国間の対応の仕方ということです。アメリカ側としては、日本周辺有事ということについての範囲の拡大ということを念頭に置いての協議の呼びかけだというふうに私は思っております。このガイドラインの見直しが具体的にどういうふうに進められているのかということに、私たちも国会の中で関心を持って質問もしていかなきゃいけませんし、政府の姿勢についても問いただしていかなきゃいけない、そのように思っております。
  板垣先生が、先ほど集団的自衛権の問題、それから憲法改正の必要性の問題ということに言及されました。現実には、日本の国民というのは非常に憲法問題それから憲法解釈の問題については敏感になっていると思いますし、日本国民のみならず特に東南アジアの方々というのはこの問題について、日本の政府がどのようにこれから行動をしていくのかについては多大な関心を寄せているというふうに思います。
  私は、現実論としては、やはりこのガイドラインの見直しについて、具体的にどういうような事象が起こった場合にはどういうところまで日本は、政府としてまた自衛隊として踏み込むことができるのか、あるいは米軍に対して施設の供与ができるのか。あるいは後方支援の中で一番大切な輸送あるいは補給の支援というのができるのかということについて、日本の領海の中での有事及びそれからさらに踏み出した公海でどのようなことができるのか、あるいはもう一切そこではできないのか。
  それから、輸送問題だけじゃなくて、例えば負傷兵の救援ということも、これは当然のことながら民間人の救援あるいは救護ということだけじゃなしに戦闘員の救護についても具体的に話しておかなければなりません。実際戦闘状態に陥ったときに、その部分では救援活動が日本は行えないということであれば、じゃ日本の米軍基地まで傷病兵を連れ帰って治療しなきゃできないのか、そんなことを言っている場合は恐らく戦闘状態の中では起きてこないと思います。そんなことで、ことしの秋をめどにしているガイドラインの見直しについてどういうお考えをお持ちなのか、山本先生、山崎先生にお伺いしたいと思っております。
  それから、武田先生が中国とのおつき合いの仕方、これは米中日の三国間の交渉といいますかおつき合いの仕方だということを二回にわたって強調されておりましたが、私は全くそのとおりだと思います。これも、昨年十二月にウィリアム・ペリー国防長官が来日した際にペリー長官も、米中間及び米日間というのはゼロサムゲームであってはならない、プラスサムゲームでなければならない、したがってそういう論理の上に立てば、まず日米間の協力関係の強化が最重要課題になるだろうと言っておりまして、私はまさにそのとおりであると思います。
  ですから、そういった意味では沖縄問題、一応の合意を取りつけたということですから、今後は実質的にパシフィック及び東アジア周辺地域の安全保障に日米間でどのように協力ができるかという、先ほど来申し上げているガイドラインの見直しに全力を挙げていかなきゃいけない立場ではないかというふうに考えるわけでございまして、武田先生の御意見には全く賛成をさせていただきます。
  それから、個別的な問題に移ります。上田先生も先日沖縄でかなり強調されておりましたが、米軍と日本の間で、特に沖縄の間でさまざまな不祥事、これは我が国の不祥事じゃございませんで米軍の不祥事が主でありますが、特にFA18ホーネット戦闘攻撃機、岩国基地所属の攻撃機が四百五十キロ爆弾を沖縄の西方約十キロの海域に投棄したという問題でございます。
  相当これは大変な問題であるにもかかわらず、その後余り報道関係も話題にしておりませんし、国会でも余り取り上げられていない。特に問題なのは、外務省が情報を入手したにもかかわらず、海上保安庁に公表を待ってほしいというような働きかけをしていた事実が判明しているわけでございます。大変ゆゆしき問題で、これは沖縄だけの問題じゃございませんで、当然岩国に所属する爆撃機でございますので本土の問題でもある。
  こうした問題をもっと私たちが取り上げていかないと、沖縄の大田知事と先日、十九日に対談したときも、国会議員の方がもっと沖縄に対していろいろ関心を持って働きかけていただかないと、沖縄県だけでは何ともしがたい問題だというようなことを訴えておられました。
  私は、こうした問題はやはりきちっと解決していかないと、今回の劣化ウラン弾の射撃、これは結果的にどういうふうなことになるのか、人体に相当害があるのかないのかということもまだ正式には明確になっていない状態でありますし、誤って撃ったんだという話もあれば計画的に撃ったんだということの、そうした事実関係も明らかになっていないわけでございます。
  また、こうした隠ぺいというふうな行為が米軍によって繰り返し行われるということは、日本の政府が米軍に対する姿勢をもう少し明確にして、きちっとけじめをつけるというようなことをこの段階でしておかないと、逆に言いますと、先ほど来申し上げているガイドラインの見直しを幾らしたところで、一方的にそういうふうな考え方で、基本的に悪いことはなるべく公表しないでおこうというような米軍の姿勢及び日本政府の姿勢は、やはり国民に対する開示義務が沖縄県民だけじゃなしにあると思いますので、この辺を私たち国会議員がしっかり見守っていかなきゃいけないというふうに考えているわけでございます。
  その辺について、四人の先生方、山本先生、山崎先生、板垣先生、武田先生の御意見をお伺いしたいと思います。
○山本一太君 簡単にいたします。
  益田先生から大変難しい御質問をいただきまして、本当は武見先生が答えたそうなんですけれども、私がちょっと私見を述べさせていただきたいと思います。
  先生おっしゃったとおりに、この2プラス2の話は私も大変大事だと思っていまして、九七年の秋に向けてこのガイドラインの見直しを本格化させるということで、先生おっしゃったように、やはりこの経緯というものは我々もかなり注意深く見ていく必要があるんではないかというふうに思います。
  益田先生がいろいろ挙げられましたけれども、このガイドラインの見直しについては、おっしゃった日本周辺での有事の場合、もちろん朝鮮有事も含めてですけれども、平素の協力体制の問題そしてまた後方支援、いろいろグレーゾーンの関係もありますけれども、こうしたことについていろいろと詰めていかなければいけない状況があるのではないかなというふうに思っております。
  こういう問題については、やはり集団的自衛権という話になってくるわけでございますけれども、これは憲法解釈の問題、そして改正の問題が絡むと思いますけれども、先生から先ほど、まだ日本の国民はかなり憲法には敏感である、特に東南アジアや周辺諸国についても憲法問題についてはかなり懸念があるというお話がありました。私自身の経験からいっても、憲法はもちろんですけれども、特に集団的安全保障的なことについてはまだまだ一般国民の間にはなかなかコンセンサスができていないという感じがしております。
  カンボジアのPKO、初めて中田さんが亡くなられたときに、かなり日本のメディアが大騒ぎをして、そのとき私は国連機関にいたんですけれども、大臣がすぐ来たり日本の部隊を安全なところに移したりする中で、アメリカ人やヨーロッパ人から何で日本はこんなに大騒ぎするんだという質問を随分受けまして、アメリカのメディアに、日本はまだ特に安全保障の問題も含めて国際貢献をするための覚悟ができてないんだという話をしたことを今、先生のお話を聞きながら思い出したわけであります。
  具体的に有事の際の対応についてなんですけれども、これはいろいろな考え方があると思うんです。例えば公海上で何か起こったときどうするか、日本の領海で何か起こったときどうするかという話なんですけれども、これは恐らく宮澤元総理なんかもおっしゃっていることなんで、私もこの考え方に近いんですが、やはりどこで線を引くかという問題は日本の領土であるかどうかというところだと思うんです。
  すなわち、海外で武力行使をしないというところがやはりラインなのかなと。例えば、日本の近海でアメリカの空母が北朝鮮から攻撃を受けたときに日本の自衛隊が黙って見ていられるかという話がありまして、私は、これを黙って見ているという状況は考えにくい。しかしながら、公海で何か起きたときにそこに自衛隊を派遣して、いわば後方支援を含めた武力協力をするということは今の憲法の考え方からいくと抵触をするのではないかなというふうに思います。
  そこはいろんな考え方があると思うんですけれども、私は、そこの有事の安全保障のラインというのは日本領土であるかそれとも外であるかというところで引くべきではないかというふうに思っています。
  簡単で申しわけありません。
○山崎力君 お答えになるかどうかわかりませんが、今ガイドラインの見直しはどうなんだということなんですけれども、一言私の個人的なことを言えば、そんなことは構っていられない、対ソ連の戦争が遠のいた現在、現実的なのはいわゆるかつてで言う局地戦的なものしか起きないであろうと。そうすれば、日本国民もこれに参加した方がいいのか、それとも協力した方がいいのかしない方がいいのかと迷うような事態、そういった事態が想定される。そのために、今まで明確化されていなかったところを、先ほどの話でいうグレーゾーンを明確化していこうというのがガイドラインの見直しであろうと私は認識しております。
  それで、集団的自衛権の問題ですが、これは定義が非常に難しいというかわかりづらいところがあるのではないかなと個人的には思っております。
  国連で出てきた初めての集団的自衛権とは何ぞやということと、それから例えて言えば、日米安保条約という軍事同盟をアメリカと結ぶことが集団的自衛権の行使でないのかということを一般常識論で説明するのは非常に難しい。片務性ということがどういうふうな意味を持つのか持たないのか、法的な意味も含めて私はその辺のところの言葉としての詰めがまだできていないのではないかと思います。
  それから公海上で何ができるか、領海内で何ができるかという問題ですが、日本国内、国土内、日本領海内で何ができるかなんということは、これはもう何も問題にする必要がないのであって、何が協力できるかということはまさに公海の中での問題であろうと思っております。そこで我々に何ができるのかということだろうと思っております。それが世界的な常識の中での行動、普通の国ということであれば、普通の国の軍隊が公海においてできること、協力すべきことはやるべきだと。そこの判断は個々具体的に問題が出てくると思っております。
  例えて言えば、これは私の非常に個人的なシナリオですけれども、朝鮮有事の際に避難民を大勢乗せた日本国籍でない船舶が日本に向かって公海上を航行しているときに、国籍不明の武装船から攻撃を受けているといった場合、そのときに居合わせた自衛艦にその阻止行動ができるのかできないのかということがあると思います。
  一応、北朝鮮並びにその関係の国の船だろうと思っていることを考えても、そのときに阻止行動ができるかどうか。これは人道的な意味もあろうかと思うんですが、そういったことに対して世界的な非難を浴びてまで我々がそのことをストップさせることができるのか。一番我々が考えなければいけないことは、そこに居合わせた自衛艦の艦長の自分の判断でどちらかに決めることをさせるということは、立法府の人間として避けるべきではないか。ストップさせるならストップさせる、あるいは助けるなら助ける、そういったことをあらかじめ決めることが私ども立法府に課せられた責務であろうと私は思っております。
  以上、簡単ですが。

○板垣正君 ガイドラインの問題というのは非常に重要な問題だと思います。
  つまり、いわゆる日米安保体制は堅持すべきだ、それが我が国益に合う、これがきょうの御議論でも、もちろん意見もありますけれども大筋においてはまた国民の間にも定着している。じゃ、その日米安保体制は堅持すべきである、それは日本の国益でもありアメリカの国益にも合致する、つまりこの同盟関係というものが具体的に何によって裏づけられるのだと。
  そうすると、やはり危機の場合にどこまで同盟関係の実があるのかと。危なくなったらもう知りませんよと。これは最悪の場合、朝鮮で北鮮が侵入してきてまた血が流されるというようなことがあり得るわけですね、最悪の事態というものが。そういう場合に、我が方が全く手をつかねて何もできないという場合には日米同盟の根幹が、アメリカの世論が、アメリカの国会が恐らく安保体制の意義そのものを否定すると。こういうくらいやはり同盟関係というのは非常に厳しい、またそれは甘いものではない。そういう面において、この具体的ケースはいろいろあり得ると思います。
  私は、さっきもお話がありましたが、いわゆる海外で日本の自衛隊が正面に立って武力行使を行うということは、そこまでは私はアメリカも求めていないしまた憲法の制約もあると思う。しかし、後方支援というのは軍用語ですよ、常識的な軍用語として浮かぶものがありますが、これを殊さらに後方地域支援というふうに言いかえて、いかにも危ないところには行きません、後方の地域のという及び腰部な表現で、その辺のごまかしというものはよくないと思います。
  いずれにしましても、そもそも有事法制というのがまだないわけですね。それから尖閣列島、竹島を侵犯されても、海上保安庁というのは機関砲を載っけていますけれども、撃つわけにいかない。これは重大な問題でありますが、しかし相手国は日本は決して撃たないと、あるいは領空侵犯があって日本の戦闘機が飛び立ちますけれども、あの戦闘機は決して撃たないということを知っておりますから、そうなれば安心して領空侵犯が行われるというふうなことも過去にはあり得たわけです。
  いずれにしましても、そういう面がさっき申し上げた普通の国というか、大きな流れではアメリカが、国防費がちょっとふえた面が今度ありますけれども、アメリカの流れは内向きに行こう、あるいは国防予算というのも相当削られていると言っていましたね、これは沖縄でも。そういう中でやりくりしているんですと、こう言っていました。そういうアメリカがもう減っていけば減っていくほどいいんだというわけじゃなくて、減って空白ができる分というものはやはり我が国が自主的にそれを解決していかなけりゃならないというのが当然の論理なんですね。
  そういう流れの中で、少なくともこの秋にも話し合いをつけるガイドラインにおいては、今までグレーゾーンと言われたような面においてもできるだけ踏み込んだ具体的な取り決めができる。そして、それがある意味の抑制力といいますか、国の覚悟、決意を示す姿勢にもつながる、こういう意味合いで取り組むべきである、こう思っております。
○武田邦太郎君 これは、先ほど来申し上げているようなことは、非常に空想的あるいは理想に走った議論というふうに一般にはとられるんじゃないかと思います。それだけに、今日の人類史的な変革期にその先頭に立ち、確信を持ってそれを旗印としていくかどうかということはガイドラインの一つの目印になると思うんです。
  それで、例えば中国のように一党独裁で、我々とは異質に見える国でありますけれども、しかしこの国が将来どういうふうに成長するのか、いや応なしにこうなるだろうという方向は幾つかあるわけです。経済成長は間違いなしと。その経済成長の過程で国民の一般教育はどういうふうになるのか。
  海岸部と内陸部では随分違いますけれども、その大きな範囲の中で、国民一人当たりGDPがどれぐらいになったら教育程度はどういうふうなことになるのか、どこまで行けば公害が市民の自覚に上るのか、あるいは民主主義的な国民の意識がどれだけ成熟するのかということは、これは今まで各国が経済成長をやった段階をよく調べると大体はっきりするものがあるらしいですね。
  これは御賛成いただければ、その方を専門に勉強している者がおりますから、会長にお願いしていつかそういう専門的な見解を聞くといいと思います。大体一人当たりGDPが二千ドル、現在の日本の百分の一ですか、ぐらいあれば国民全体の民主的な意識が高まってきて、そうそう独裁的なことをやろうと思っても事実上はできないような文明状態になるという見解があります。これは一つや二つの国の例では説得力はありませんけれども、幾つかの国の経済成長の歴史を踏みその法則性を明らかにすると、そこに中国あるいはロシアなんかも一つの例でありますが、民主主義的な体制をとらざるを得ない歴史段階を迎えるだろう。
  こういうことがありまして、これが現実の政治の目安に使い得るかどうかは先生方の御判断でありますけれども、それを前面に掲げて日本が前進するという場合に近隣諸国はどういう態度を日本に対してとるかということが一つあります。
  それからもう一つは、現在の世界では一国で独立してやっている国はアメリカを初めとして一つもないわけです。それを一番端的に示しておるのは、外務委員会でもやったのでありますけれども、ヨーロッパのEUですね。十五ですかの国が政治的には独立しているけれども経済は一つだと、通貨も統合すると。防衛は大体ロシアが一番危ないでしょうが、共同でやるという国家群がEuにできております。
  それじゃ、あのEUだけの特殊現象かというと、例えばASEANなどは若干違いますけれども似たような条件で、国は独立しておるが経済は一つでいこうと。防衛は、EUのロシアに相当するものは中国でしょう。だから共同体制をとって、中国に武力的対決をするんじゃありませんけれども、高度の防衛体制をとろうと。そういう目で見ますと、ASEANというのはそういう国家群の性格は持ちがたいですね。アメリカで言えばむしろNAFTAがそれに当たるでしょう。南アメリカもそういう方向に動こうとしている。
  ロシアは非常に流動的でありますけれども、やはりこのEU的な国家群的な体制をとって民主主義の方向へ行かないと、あの国もまともな前進はできないだろうと思います。これは一つの想定というよりも、むしろ各国の国際政治の一種の法則的なもので考えるとそういうことになるわけであります。
  そうなりますと、残るところは東北アジア、それからインドを中心とする南アジアですか、あとは中東、アフリカ。これらの国々が今のままで推移するということはあり得ない。変化するとすればどの方向に行くのかといえば、やはり国家連合形態をとると考えるのがむしろ常識的でありましょう。
  我々は、現実問題としてアメリカと本当に共存共栄の提携をしなきゃならないのでありますけれども、東北アジアが今のままで我々に対立するということは、やはり歴史の進行状況から見てまことに奇異な感じがするくらいでありまして、必ずEU的な状況が東北アジアにも出現する歴史の必然性があると考えてはいけないか、この辺が御検討願いたいところであります。
  そういうことになりますと、竹島とか尖閣列島などというような問題は、亡くなった大先輩がかつて言われたように、後々の世代はおれたちよりも利口だから、けんかにならないでうまくやるんじゃあるまいか、今はそっとしておきましょうやと言ったわけですね、尖閣列島の問題で。後から行く者が今の我々よりうんと利口かどうかはわかりませんけれども、歴史の進行過程で必ずそういう条件、そうせざるを得ない条件が出てくるのではないかと。
  私の見当では、竹島も尖閣列島もあるいはさらに南の方の問題も、これは一国のものにするんだといって角突き合いをするのではなくて、やはり国家連合形態の中で共存共栄的な視点で資源を利用し、資源を開発するという方向が亡くなった大先輩の言われた方向ではないかと。余り御返事にならなかったようですが。
○上田耕一郎君 まず集団的自衛権問題ですけれども、板垣さんは積極的意見を述べられました。
  山崎さんは、双務性の問題はあるけれども……
○山崎力君 片務性です。
○上田耕一郎君 日米軍事同盟は集団的自衛権の行使ではないかということまで言われましたが、最初に結ばれた旧安保条約、これは前文で個別的、集団的自衛権があることを言い、その権利の行使としてこの条約を結ぶとはっきり書いてあります。ですから、今日本の政府が公式に言っている、主権国家として集団的自衛権を持っているけれども憲法九条があるので行使できないという言い方は、実はそういう歴史的事実を覆い隠す面があるんです。現に、旧安保条約にはその権利を行使するというふうに書いてあるわけですから。
  私は、この集団的自衛権問題というのは、憲法九条を持つ日本に対してアメリカが、アジアにおけるアメリカの覇権の確立のためにどう段階的に行使させていくかという展開の歴史だったと思うんです。
  第一段階が旧安保条約、五一年に結ばれたものですけれども、このときは米軍に基地を貸すと。
  戦争の際基地を貸すということは集団的自衛権の部分的行使なんです。これが第一段階。
  第二段階が六〇年に結ばれた現行安保条約で、これは日本の施政権の及ぶ領域、この範囲で日米共同作戦をするというわけだから、これは第二段階の集団的自衛権の行使なんです。
  今や、さっきから問題になっておりますがイドライン、つまり昨年の日米安保共同宣言に基づきことし明らかにされるガイドラインで基本が示されて、それから作戦計画がつくられるわけですけれども、今度は日本領土以外で、アジア太平洋地域で日米共同作戦。本格的な戦闘行動はまだやらないけれども、先ほど言った後方支援、兵たん行為等々のグレーゾーンにまで踏み込むかもしれない、そういうアジア太平洋地域での日米共同の軍事行動が始まろうとしているわけで、これが第三段階なんですね。
  かつて中曾根首相は日本は不沈空母だと言ったけれども、空母がいよいよ出動するわけですよ、アジア太平洋地域に。これは非常に危険なことでありまして、アジア太平洋地域における有事という口実で日米共同作戦がいよいよ日本の領土、領海域外に行われるというのは、やっぱりアジアにとって非常に重大問題なんです。
  その意味では、先ほど日本の戦争責任の問題、総括されていないという発言もありましたけれども、あの日本軍国主義の侵略戦争の問題をきちんと反省もしない、総括もしないで新たにアメリカと一緒になってアジア太平洋地域への行動に乗り出そうとする。本格的作戦行動、これができればNATOと同じようになるわけで、それが第四段階として目指されております。我々は、これはもう憲法違反であるだけでなく、アジアの平和と安定にとって非常に重大な問題だとして反対をこれまでも強く主張してきたところです。
  それで、板垣さんはしかし北鮮の攻撃で血を流すようなこともあるかもという趣旨のことを言われましたけれども、私は、アメリカが盛んに強調しているこの北朝鮮やイラクの二大正面地域戦争論、これはフィクションだと思うんです。こういう話が出てきたのは、九三年九月一日にアスピン前々国防長官のもとでボトムアップ・レビュー、アメリカの戦力構造の徹底的見直しが発表されたあの中にこれが出てきたんです。
  つまりイラクと北朝鮮、これの両方が侵略行為を行う、その侵略戦争、二大地域紛争と同時に戦う戦力が必要だというので、今のアメリカの基本戦力が決まり、これが四年目の戦力構造見直しを今やっているところで、ことしそれが発表になるというので沖縄の海兵隊を縮小、撤去しろという声が上がっているわけですけれども。私は、そもそもイラクと北朝鮮は今一番経済困難に陥っている国ですよ、両方とも。それが大規模な侵略を同時に行うなんというのは全くのフィクションだと思うんですね。そういうフィクションを前提にして、これだけの米軍が要るんだという建前で、特にアジアでは、アジア十万、日本四万七千があくまで必要だと。
  オルブライト国務長官は、山本さんの先生だという話も新聞で読み、先ほどもお聞きしましたけれども、国務長官も来て減らさないと言うわけでしょう。フィクションに基づいてこういうものをあくまで続けるということには、我々はフィクションそのものをひつくり返してもっとリアルに真実を見て進んでいかなきゃならぬ、そう強く思うんです。
  そのフィクションに基づいて沖縄の米軍基地が必要で海兵隊が必要だというのだけれども、沖縄のような軍事基地だらけの島というのは世界にないんです。アイゼンハワー・アメリカ大統領時代に全世界のアメリカ軍の基地を調べて大統領に勧告が出ていますが、その中の沖縄の部分には、こんなに基地が集中していると脆弱だ、一遍攻撃されると全部つぶれちゃう、だから東南アジアに分散すべきだという勧告がアメリカ大統領に直接出ているほどの基地ですからね。世界にこんな基地はないんです。
  これはもう勝手に、ヘーグ陸戦法規に違反して何らの代償も払わずに取り上げた基地ですからね。それだから、分散すべきだと勧告が出るほどめちゃめちゃに集まつちゃったんですよ。それが半世紀続いているんですから、私は当然これはもう全面撤去することが、先ほどから話の出ている日本が普通の国になる最初の大事な行動だと思うんです。
  前にNHKの元解説委員長が、NHKテレビで、朝海駐米大使の六年間の体験に基づいて、日本はクエーサイインディペンデント、つまり準独立国だということをつくづく駐米大使六年で感じたという朝海さんの言葉を引いて、文字どおり半世紀外国の基地があるというのは準独立国であることの象徴だという話をされました。
  私もそう思うので、小沢さんの言う普通の国は絶対反対ですけれども、やっぱり朝海大使も言うような準独立国状態からは早く脱して、全面的な独立国になるのがまことに普通の国になることである。普通の国になるということは、半世紀駐留していた米軍にいてもらわなくなるということで、そうなればアジアで最大の危険の日米軍事同盟の拡大強化というものはなくなるわけです。
  アメリカとはきちんと独立国同士の新しい平和友好条約を結んで、アジアの国々のほとんどが加盟している非同盟諸国会議に日本も入って、ASEANの国々、アジアの国々と本当に手を結んでアジア並びに世界の構造そのものを変えていく。アメリカの覇権にくっついて、中国も覇権的傾向をあらわすようなことがあり得るので、そういう覇権をまずアジアからなくすということに憲法九条を持つ日本は大いに努力すべきだと、そう考えています。
○板垣正君 上田先生から御高説を拝聴すると、これはどうしても一言反論せざるを得ない。アメリカの政策あるいは日本の安保体制、沖縄が侵略の基地みたいなことをせんじ詰めればおっしゃっているわけだ。これは全くデマゴギーですよ。これはちょっと常軌を逸しているんじゃないですか。
  そこで、整理して申し上げたいと思うんですが、集団的自衛権というのは、私はやはり国連憲章なり、さっき上田さんもおっしゃったように安保条約の中にも、独立国なら自衛権というのは固有の権利であると。固有の権利である自衛権には個別的自衛権と集団的自衛権と、これは自衛権の側面が二つあると。したがって我が国は、当然個別的自衛権と集団的自衛権というのは固有のものとして持っておる。
  だから内閣法制局が、我が国は九条があるから、個別的自衛権は最小限で抑制されていて、集団的自衛権はそれを超えるから違憲であるという見解というのは全く論理的に成り立たない。内閣法制局が憲法解釈というか国の基本にかかわる問題で、一内閣法制局がその見解でやっておる姿ということ自体がおかしいですよ。それが憲法違反なら最高裁に問うべきですよ。
  それで、集団的自衛権となれば、やはりその行使において私は、個別的自衛権においても行使の態様というものは最小限から最大限まであり得るし、あるいは集団的自衛権にも行使の態様においては最小限から最大限があり得る。だから、我が国の場合にはやはり集団的自衛権、個別的自衛権の行使においてはなるべく最小限の範囲でその国家の安全あるいは地域の安定の目的を達する、そういう基本で私はこの集団的自衛権の問題も解釈されるべき、していいのではないか。
  そしてアメリカとの関係における、一番緊密な関係にある同盟国としてのあり方を示すガイドラインにおきましても、そうしたグレーゾーンを置くことなく明確な透明な枠組みというものが必要でしょう。
  それらの問題も含めて現場の第一線は本当に突発的な場合には、もう今のままならまさに超法規的にやらざるを得ない。みずからの判断で超法規的にやらざるを得ないというんですよ。そんな状態に第一線の危険な地域で身を挺してもらわなきゃならない人たちを置いていること自体が、これはまさに我々も責任が大きい、政治の責任は大きいものがあると思いますから、そこは大いに論議をしながら、国会で堂々の論議をしながらこの際詰めていくべき問題であろうと、こう思っております。
  それと、これはまた基本的な問題と思いますが、やっぱり歴史の総括が終わっていない、戦争責任云々ということがあるわけです。これは我が国も戦争に対する大きな反省のもとでスタート、再出発したことは当然であり、国策における反省点というものは当然あると思います。
  同時に、あの占領体制において当然ながら勝った国がみずからの歴史をすべて正義とし、日本の行ってきた過去の歴史、あの戦争の歴史をひっくるめてすべてを悪の権化とし、侵略で塗りつぶし犯罪で塗りつぶし、これでもかこれでもかと。それを受け継いだ日教組教育なりあるいはいわゆる進歩的と称するか、そういうもとで何かいかにも道徳的にも我が国は負い目のある民族であると。
  学校の教科書までそんなふうになっちゃっているじゃないですか。そんな姿で、戦争の総括という名のもとでまだそれでも足りない、まだおわびが足りない、冗談じゃないですよ。
  我が国の歴史を、やはりもう五十年もたったら反省すべき点は反省しながら、しかし維新以来今次大戦に至る歴史というものを大づかみで一言で言うなら、欧米の侵略勢力のもとに置かれたアジアでただ一国、ただ一民族、存亡をかけて抵抗してきた曲折の歴史であったと。それは決して恥ずべき歴史ではない、名誉ある光輝ある歴史であると。そういう立場に立って積極的に今後のアジア、中国、あるいはアメリカとの関係も切り開いていく、そういう姿勢転換がやっぱり根本の問題であると、私はあえて申し上げておきます。
  以上でございます。
○上田耕一郎君 はい、反論します。デマゴギーと言われたんだから反論せざるを得ないです。
  きょうの朝日新聞に在日韓国人の方の論文が「論壇」に出ていて、最近日本で従軍慰安婦問題その他、自虐史観の反論の意見がいろいろあるけれども、全部英語に翻訳して全世界にそれを出せというんですよ。全世界に出したら、日本人のそういう意見というのはいかにひどいものかというのが国際的にたちまち明らかになるだろうということを言われていますけれども、私は板垣さんの今の主張もやっぱり同じ性質の問題だと思うんです。
  私は、予算委員会で二千万人のアジア人が殺された侵略戦争ということを言って、板垣さんその他の要求でこれを削除されたことがあるんですよ。しかし、二千万人の被害者というのは高校教科書にまで出ている歴史的事実で、そういう事実まで削除するような国家では、これは言論の自由の封殺なんです。
  あの二千万人の被害者を出した日本軍国主義の侵略戦争に次いで戦後のアジアで最大の戦争は、アメリカのベトナム侵略戦争です。アメリカのベトナム侵略戦争は、当事者のマクナマラさんが間違った戦争だったと言うほどアメリカの国内でも反省があるんだけれども、しかしこれは正しいと、ジョセフ・ナイ氏のイニシアチブのもとでつくられた東アジア戦略報告にはベトナム戦争を誇るべきものだったということがいまだに書かれているんです。しかし、あのベトナム侵略戦争は戦後アジアの最大の侵略戦争ですよ。
  それに対して日本は拠点になったんだから。だから、安保条約で日本は平和を守られたと言うけれども、とんでもないですよ。当時、沖縄は占領下で爆撃の拠点でしたし、日本は爆撃の拠点じゃなかったけれども事実上出撃の拠点になり、修理それから兵たんその他の拠点として使われたんですから。
  そういう意味では、日米安保条約がやっぱりアジアの平和を侵す非常に危険なものだというのが戦後のベトナム戦争でも明らかだ。あの侵略戦争をやった日本軍国主義とベトナム戦争をやったアメリカとが一緒になってやろうというんでしょう。世界一の軍事大国と世界第二位の経済大国、軍事費じゃ世界第二位ですよ、それが一緒になってやろうとしたら、これはアジアでかなう国はないですよ。
  そういう意味では、我々は、日本は北朝鮮の脅威だとか台湾海峡の脅威だとか盛んに言うけれども、そうじゃなくて、実はこの日米安保条約を拡大強化しよう、自衛隊をまたガイドラインで集団的自衛権で使おうと、こういうものこそアジアの最大の脅威なんだということを強調しているんですよ。何でデマゴギーですか、まさに歴史的な事実をきっちり見たまことに正確な分析ですよ。
○山崎力君 ちょっとよろしいですか。質問させていただきたいんですが、今の発言で。ほんの一言だけです、上田先生に後学のために。
  先生の発想ですと、これから日本とアメリカがつるんでアジアのどこを侵略しようと画策しているとお思いでございますか。

○上田耕一郎君 どこをといって、過剰介入をやろうというんですよ、ベトナム戦争なんかと同じように。何か問題が起きると、過剰介入、過剰支配をやるんです。アメリカの無数の行動が示しているでしょう。そういうことで経済的覇権、政治的覇権をつくろうとしているんですよ。
  ちょっとおもしろいデータを言いますと、ラーソンというアメリカ太平洋軍司令官は……
○山崎力君 時間がありませんから結構です。場所がはっきりしなければ結構でございます。
○大脇雅子君 冷戦が崩壊して二極対立が消失した場合に、現代の世界ではどちらの陣営に属するかという問題の把握は既に意味を失ったと思うわけです。世界は国境を越えて、民族、人種、文化の違いを越えまして統一の方向へ進みつつあります。EU、NAFTA、ASEANその他、経済は既に全地球規模化しているわけです。その中で、主権を守る軍隊、それを中心とした二国間の軍事同盟が今の時代にどういう意味を持つかということを私は疑問に思うわけです。
  日米安保の堅持といった場合に、環境の問題、公害の問題、移民の問題、人口の問題、食糧の問題は既に多国間化し、それに対応して軍事同盟は人間の安全保障という形へ発展的に組みかえていかなければならない時代になっているのではないかと思うわけです。それに対応して各国が既に構造的に内発的な変化を遂げつつあるときに、我が国だけ古い対立を前提とした外交を展開していては未来がないのではないかというふうに考えるわけです。
  もちろん日米軍事同盟といいましても、コモン・アジェンダなど新しい側面は発展しつつありますが、平和憲法を持っている我々が担うべき外交というのは平和的な予防外交であるべきだというふうに思うわけです。あらゆるレベルにおける外交、政府間それから政党間、議員間、それからNGOあるいはもっと草の根、あるいは商業的なすべてのネットワークを通じた多重的、多層的なネットワークの中でそうした危険な警報は早期にキャッチできるのではないかというふうに思います。既にNGOも大きな平和勢力として地球規模的に発展しているわけです。
  私は、カナダのOSCE、欧州安全保障同盟の会議に出席をいたしまして、ちょうどそのころ、フランスが行った核実験にすべての欧州の各国の議員が反対の表決をして、フランスの核実験の必要性の主張を言ってみれば議論でもって説得している光景を目の当たりにしたことがございます。
  やはり冷戦が崩壊して、新しい普遍的価値としては民主主義とか人権とか自由、そういう価値を尊重する国は戦争をしないのではないか。そういう国を仲間に包み込んでいく。差異というのはむしろ豊かさであって、その仲間として包み込む寛容さこそ私は新しい平和外交ではないかと思います。冬の風ではなくて太陽の外交、透明で人道主義に立脚したそうした国際協調主義こそ日本の外交の基調になるべきだと確信するわけであります。
  したがって、私は皆様方にちょっと御質問をしたいんですが、日米安保は二十一世紀に変質するのかしないのか。堅持と言われた場合に、私は当然これは必然的に変質していくのではないかと思うわけです。それからまた、中国を脅威たらしめず友人とする外交というのはいかにあるべきかということであります。まさにそのことが、日本がアジアそして世界に厳然として品格を持った国家として屹立する大きな基本ではないかと思います。
  私は、軍隊に関しては集団的自衛権というのは絶対に反対でありまして、当面のところ専守防衛でいい、外に出ていくべきではない。そして、先ほど板垣先生は光輝ある歴史だと今までの戦争をおっしゃいましたが、軍人にとって光輝ある歴史でも女や子供たちにとって戦争は悲惨なだけであります。したがって、私は歴史の事実というものは冷静に見詰めて、光も影も教えるべきだというふうに今考えます。
  板垣先生にちょっとお尋ねしたいんですが、化学兵器、中国に残された約八十万発、中国は百八十万発と言われておりますが、日本の調査では八十万発と言われます。この化学兵器をどのようにとらえるべきかということであります。その前に日米安保と、中国を友人たらしめる外交について、今まで御発言なさった方の御意見をぜひ伺いたいと思います。山本先生、それから板垣先生。
○山本一太君 私もさっき日米安保の話や中国の話をいたしましたので、もしあれだったら喜んでお話ししますが、一人でいっぱいしゃべってもあれなんで、武見先生が中国脅威論についてはいろいろとお話があるので、できれば武見先生の方からコメントをいただければと思います。
○武見敬三君 先ほど上田先生のお話を聞いて大変触発をされまして、懐かしい御議論の中に思わず手を挙げてしまいましたけれども、まず基本的なアジア太平洋における現状の認識というのをどういう観点から行うのかというその大前提がないと、なかなかそれをどう将来平和的に組みかえていくかという議論には本来ならないわけであります。
   まず、基本的なところを押さえるとするならば、二十世紀におけるアジア太平洋における一つの力学というものをどう解釈するかになります。
  これは特にアメリカが中心になり、よくパクス・アメリカーナという形で表現をされてきたことそのものであります。これは、一九〇〇年の当時のジョン・ヘイ国務長官の門戸開放政策以来、アメリカのアジア政策の中では一貫した戦略目標になっていることでもあります。
  これはどういうことであるかというと、アメリカの国益にとって脅威となるような単独の国家の出現の阻止、さらにアメリカ及びアメリカの同盟国に対し脅威となるような同盟関係が、アジアでアメリカに対し敵対的に形成されることを阻止すること、この二つが実はアメリカのアジアに対する戦略目標として二十世紀一貫して持たれてきたものであります。
  この点に関しては、冷戦期においても全く変わっておりません。例えば、一九四九年十二月に国家安全保障会議、NSCで決定されたNSC48/2という文書がございます。これは戦後のアメリカのアジア政策全般について確定をした極めて重要な文書でございます。このNSC48/2の中での戦略目標というのは、まさに今私が指摘した戦略目標というものが書き込まれております。
  そしてその考え方は、先ほど上田先生御指摘のボトムアップ・レビューからナイ・イニシアチブを通じて形成されてきた東アジア戦略報告、これらの中に一貫して流れてきているわけであります。
  今後二十一世紀の初頭を踏まえて、アメリカのこうした戦略目標は一貫して変わることがないということが、そうした中で確認できるわけであります。
  実は、昨年四月の日米安保共同宣言というものの持つ大きな意味は、日本がこのアメリカのアジア太平洋における軍事的プレゼンスを肯定したということが、実はあの日米安保共同宣言の中で確認をされ、これが非常に重要な意味を持っていたわけであります。
  では、なぜ日本がこのアメリカのアジア太平洋における軍事的プレゼンスを肯定的に評価したのか。これを考えたときに、先ほどからさまざまに議論がなされてきたようなアジアにおける複雑な諸事情があります。すなわち、アジアにおいて影響力を行使する重要な国家というのは二国あるわけでありまして、一つは日本以上にその影響力を広げんとする中国であり、二つ目が日本であります。
  いずれの国も、アジアにおいて過去の歴史の中で常にアジア近隣諸国から警戒をされてきた国であって、これらの国がアメリカにかわりアジアの安定勢力になることは、実はアジアの関係国はいずれも歓迎をしていないわけであります。当面の諸事情の中で、アメリカをもって安定勢力とするというコンセンサスがほぼでき上がり、日本もそこにくみすることを明らかにしたという点において、日本はアメリカのアジア太平洋における軍事的プレゼンスを肯定したわけであります。
  これによって、今後それをさらに安定化させるための仕組みとして何があるかといえば、日本とアメリカと中国というこの三つの国が、基本的にアメリカのアジア太平洋における軍事的プレゼンスを肯定し、戦略的にその目標について一定の共有するものを持ち得るかどうかということが重要な課題となってきておるわけであります。
  今後の米中関係の改善というものを見ていくときに重要な視点というのは、果たして米中の今後の関係改善の中でどこまで両国が戦略的に共有し得るものを持ち得るのかという点が、実は構造的にアジア太平洋を安定化させることができるかということを左右することになります。その点についてはいまだ極めて不透明であり、かつまた台湾問題あるいは香港の返還を含めて流動的な諸要素があるために、予測は極めて難しいというのが現状であります。
  ただ、そういう中において、少なくとも現状のアジアにおける諸変化というものを平和的な変化としてその一定の安定性を確保するためには、このアメリカのアジアにおける軍事的プレゼンスは決定的に重要であって、日本はそれを維持するためにその同盟国として最も重要な役割を担い、そしてその中で、実は戦略的に最も重要な役割を担っている基地機能が沖縄であるというのが現実であります。これをいかに今後、二十一世紀初頭に向けてより安定的に機能をする同盟関係にしていくかということが今、今日問われていて、その一つの具体的事例が、秋までにその取りまとめが行われるであろう日米の防衛ガイドラインになるということになるわけであります。
  したがって、この日米の防衛のガイドラインについては、常に日本といたしましてはアメリカとの機能的な同盟関係の維持発展と、特にアジア近隣諸国からそれをいわば日本の軍事的役割の野方図な拡張と見られないためのそうした配慮というものが、二つの車輪で同時に進められていかなければならない、そういう形になっていくのだろうと思っているわけであります。
  こうした形をとる限りにおいて、基本的には大脇先生御指摘の、日米の安保体制というものは二十一世紀初頭に向けて変質することはなく、一貫したものとして維持されるべきであり、またそういう方向に行くだろうというのが私の考え方であります。
  ただ、今回オルブライト国務長官が訪日した際に、このガイドラインの設定に関する協議の加速化を求めましたが、その背景には実は北朝鮮情勢の急激な流動化という諸状況があるということを見逃してはなりません。実は、黄書記の亡命に関しましては、約半年以上にわたって北京で重要な準備がなされており、ほぼその実態というものは中国の情報機関も含めてこれを理解をしていたというふうに言われているわけであります。
  その過程で重要になってきていることは、この黄書記の亡命案件というものがただ単に一つの亡命案件として完結したものとなるわけではなくて、今後の北朝鮮の金正日政治体制そのものの不安定化の引き金になる情勢が極めて明確になってきたことであります。これは、従来の思想的な対立てあった両者の対立というものが、亡命したことによって権力闘争に転化したという事実があり、かつまたそれがその後の金正日政治体制を大きく動揺させることが明確であるがゆえに、今現在北朝鮮の中である意味での粛清が一連の形で進められているという状況が出てきているわけであります。
  しかも、この状況を見るときに重要なことは、中国がなぜ直接的、間接的にこの亡命を支援したのか。すなわち、北の金正日政治体制というものに対する基本的な認識を中国が転換し、金正日でない形での北の新しい親中的な政治体制の確立を新たな目標として設定した節が極めて濃厚になってきたからであります。
  これを見るときには、単に亡命事件だけに関連しての中国の対応を見るだけではなくて、北朝鮮との国境沿いの朝鮮族に対する中国政府の政策、さらには満州にまで散らばっている朝鮮族全般に対する最近の中国政府の政策を見ていきますと、従来はむしろこうした朝鮮族が北と結びつくことに対しては警戒をし、漢民族を移住させ、その分離を図ることをもってその基本としてきていたわけであります。最近は、むしろ北朝鮮に対するさまざまな影響力を行使するための一つの仲介役としてこの朝鮮族を新たに認識し、そうした諸政策を展開するようになってきたと言われているわけであります。
  これらの政策と、今回の亡命事件に対する中国政府の政策というものを重ね合わせ全体的に判断しようとするときに、こうした新しい政策目標が北朝鮮に関して中国でなされているということが推測されるようになります。
  したがって、今後この情勢は引き続き極めて流動化してまいりますから、その中で孤立化した金正日政治体制というものがどんな対応をしてくるかということは、最悪のシナリオも含めて我が国としては極めて注意深く見守っていかなきゃならない。そういう状況下において、その認識を同じくするオルブライト国務長官が日本にその際のシナリオの設定の一環としてのガイドラインの協議の加速化を求めてきているというわけでありまして、事態は私は極めて深刻であるというふうに受けとめているわけであります。
  それだけに、実際に多くのこうした意見が、今回のこの調査会の中でも闘わされているのを聞きましたけれども、国内における議論というものがいまだきちんとしたコンセンサスを持てずに、そうした時局に対応し切れないという我が国の現状というものはまことに憂うべきところでございます。一刻も早く我が国の中でこうした諸状況が深刻化しないうちに、そうしたコンセンサスを明確に確立していくための政治的な諸努力が私は立法府の中で求められているというふうに思うわけであります。
○板垣正君 じゃ一言だけ。大脇先生のおっしゃった中で、私は何も戦争賛美を言ったんじゃないですから、誤解のないようにしてください。私自身、私の戦後は、そうしたまさにおっしゃった戦争で肉親を亡くされた婦人、子供、その悲しみとともに歩んでまいりました。
  ただ、戦争は悲惨であります。しかしまた、人類の歴史は戦争の歴史であるという厳然たる側面も無視はできない。そういう面で、日本が歩んできた明治維新以来今日までの百三十年間の歩みというものを一括して、これは何か恥ずべき侵略の歴史であったと、批判の面だけを強調するという行き方は、これはまさに当時の日本を支配した占領政策が意図した、再び日本を一人前の姿にはしない、こういうところから出てきた、またこれが東京裁判でもありいろいろな政策であったと。
  そういうものをひっくるめまして、やはり我々は、おっしゃったとおり、光の面は光の面、影の面は影の面、事実は事実として見直すべきではないのか。そういう中から私は総括的に我々の先人が歩んできた、今日まで受け継がれてきた歴史は誇るべき高貴ある歴史である、決して恥ずべき歴史ではないということを申し上げたわけでありますので、御理解いただきたいと思います。
  以上です。
○山崎力君 お答えしたいと思います。
  まず、日米安保は二十一世紀に変質するかどうかということですが、私はわかりませんとしかお答えできません。端的に言えば、変質してくれるような国際情勢になってくれればと願っております。
  それから、中国を脅威たらしめず友人とするにはいかにあるべきか、しかも難しいのは品格を持ってということでありますが、これが可能であるとすると、我が国が一貫した価値観の明確化した外交政策のもとに、是々非々で毅然とした対応をとっていくことが一番だろうと思っておりますが、そのときに中国が我が国を友人と見てくれるかどうかということに関しては一抹の不安がございます。端的に言えば、中国と台湾の関係がおかしくなった場合において我々はどちらを友人とすればいいのか、両方を友人にするわけにはいかない。しかも、そのときに品格がどのように問われるのかということが私にはわかりません。
  それから、集団的自衛権について反対であるということでございましたが、集団的自衛権反対ということは、我が国はという限定詞がつくのかつかないかでこれは物すごく大きな問題になろうかと思います。小国が集団的自衛権を持つということに関して、我々がけしからぬと言える筋合いのことではございません。それがなぜ我が国ではいかぬのかということをもう少し明確にしなければこの議論は深まらないと思います。
  化学兵器に関しては、残念ながらそのような事実が量はともかくとしてあると思いますが、これは、我が国として国際条約に基づいた措置をするということで今やっておるやに聞いておりますので、それはそれでよいのではないかと思っております。
  以上でございます。

○魚住裕一郎君 意見表明者あるいはその後の各先生方の議論を伺っておりまして、非常に現状の情勢の認識、また国家観や歴史観までさかのぼっての議論をされておりまして、大変重要な問題であり、これはこれとして私はしっかり煮詰めていくべきものであるとは思っております。
  ただ、昨年の中間報告を拝見して、ある意味では両論併記がずっと続いているというようなことがありまして、私は調査会としての議論の進め方としてはどうなのかなというような思いは持っております。
  そこで、安全保障を考える上で、やはり私は人的交流による信頼醸成というのは非常に大事ではなかろうかというふうに思っております。国レベルにおいては二国間あるいは多国間における外交面あるいは防衛当局者の交流がなされているわけであります。しかし、先ほど大脇先生がおっしゃっていましたけれども、重層的なレベルにおける交流をもっと図っていく方向性、これをのぞかせてはどうかなというふうに考えております。
  具体的には、地方自治体、姉妹都市交流とかいろいろありますけれども、聞くところによれば、地方自治法上このような自治体レベルで交流する実施規定というかそういうものはないと。これをつくっていってはどうかとか、あるいはNGO、NPOを含む国際交流団体、せっかく一生懸命国民レベルでやっているわけですから、これを支援するようなシステムを何とかつくれないかというふうに考えております。
  さらには、国、地方、民間、さらに個人レベルという意味からすれば、例えばこの間テレビでやっておりましたけれども、児童の虐待に関連して売買春の処罰規定の問題があります。テレビでやっていた事例は、フィリピンのある島においてドイツ人が買春をしたと。それについて本国、ドイツ国内に戻っても処罰するというような制度がつくられているというようなことがありました。この個人レベルにおけるあり方についてもきちっと議論をしていくべきではないだろうか、このように考えております。
○林芳正君 会長ありがとうございます。
  もう時間も超過しておるようですので、意見だけを表明させていただきたいと思います。
  まず集団的自衛権について、今、山崎先生からまさに正鵠を得たというか、私も全く同意見なのでありますが、田中参考人がいらっしゃったときに、リベラリズムとリアリズムという話をしておられました。まさに必要悪として、相手が攻めてきたときに最低限の保障が必要であるという見方がリアリズムであります。これは、二十一世紀にもし持たなくていいようになっていればそれにこしたことはないわけでありますけれども、みずから先に放棄して、相手が放棄してくれなかった場合にどうするのかということをやはり責任を持って考えていく必要がある、こういうふうに思っております。
  そういった意味で山崎先生はおっしゃっていただいたなと思っておりますけれども、まさにそういう方向で、先ほど山本先生がおっしゃったようにツートラックなアプローチということを現実にはとっていくべきであろうと。
  まさに私が最初の方の調査会で申し上げたんですけれども、この日米安保を軸としながらマルチの場でいろんなことをやっていくと。そして、そちらの方がいろいろと人的交流またCBM等で進んでいくことによって、集団的自衛権を含めていろんなことが必要でなくなってくるという状況を目指していくということが現実的なアプローチじゃないか、こういうふうに思っております。
  それからもう一つは、先ほど公海の議論がございました。ガイドラインの設定に当たって、領海とその外ということでありましたけれども、一つ皆様方に私が投げかけたいと思っておりますのは、国際海洋法条約で排他的経済水域という概念が新しく出てきておるわけでございます。そちらの方の委員会で、今裁判官になられました山本先生に私が御質問したんですが、この排他的経済水域というのはまさに経済の問題として出ております。実際にはこれがしかれますと、半分領土的な考え方として、我が国の排他的経済水域であればそこまでは漁船が自由に出ていってやってよろしいと、こういうことであります。漁船そのものは、我が国の領土ということでありますから航空機と同じような扱いになるわけでありますけれども、実際頻繁にこの排他的経済水域で我が国の漁船が操業するようになった場合に、ここをどうとらえるのかということはしっかりと考えておかなければならないのではないかという気がいたしております。またこの調査会でもそういう議論を深めていただきたい、こういうふうに思っております。
  それから第三点は、ことしじゅうにという話も聞いておりますけれども、TMD構想というのがございまして、これも集団的自衛権と個別的自衛権を正反合でアウフヘーベンできるような技術であるかもしれないというふうに聞いております。一方、大変にコストがかかるということも言われておりまして、こういうことに対してどうやっていくのかということも大変大事になっていくんではないかなという問題提起をさせていただきたいと思います。
  いずれにしましても、PKFということをやったときのように、我が国だけに通用する議論ということでお茶を濁してはならないなと。先ほど、どなたかが英訳して世界に届けるというようなお話をしておられましたけれども、まさにもう我が国だけがいろんなことをやるというのは、先ほどのいろんな議論の中でもなかなか難しいだろうということはわかっておるつもりでございますので、そういった中でどういうことをやっていくかということをきちっとやっていかなければならない。つけ加えさせていただきました。
○笠井亮君 先ほど大脇委員から意見表明者に質問ということだったので、私もそれにお答えしながら若干コメントさせていただきたいと思うんです。
  一つは、日米安保が二十一世紀に変質するかどうかという問題なんですが、私は、既に昨年の日米安保共同宣言で二十一世紀に向けて変質を遂げたと。あのときにクリントン大統領が二十一世紀の五十年ということまで言ったわけでありますので、そういう点ではそういうふうに厳しく見る必要があるんじゃないかというふうに思います。
  それで、それとの関連で先ほど武田委員から、強力な武力のあるアメリカの責任の問題、それから核兵器を持っている国がまずなくす計画を持てと。そしてアメリカが尊敬される国になるべきだし、本当に仲よしの対等、平等を築いていくというようなことを言われたと思うんです。私はそれは大いに賛成なんですが、やっぱり核問題を言っても、今アメリカの軍の最高幹部を初めとして十七カ国、六十人の核兵器廃絶を求める声明が出されたり、それから世界的にも軍事力によらない平和の流れというのが広がっている中で、日本も安保のそういう危険な変質にく,みするんじゃなくて、まさに平和の流れの方向で役割を果たすということが大事だというふうに思うんです。
  先ほど、普通の国論があって、何が普通かということが議論になっていたと思うんです。軍備を持って、それを強めてそして他国に介入していく、それが普通というならば、やっぱり日本はそういう道をとるべきじゃないし、それは平和と安全につながらないと。むしろ、あの侵略戦争を経て、その反省の上に憲法ができたわけですから、あの九条を初めとして平和原則こそやっぱり世界にもっと誇っていい先駆的なものだと。そういう非軍事の方向で日本の貢献の道を探究すべきだし、そういう点ではガイドラインの見直しあるいは集団的自衛権にそういう中で踏み込んでいく、行使に踏み込んでいく、どこまでアメリカに軍事協力できるのかという探究というのはやっぱりやめるべきだというふうに思います。
  それから二つ目に、中国を友人たらしめるのにはということで問いかけが大脇委員からあったと思うんです。中国の将来をめぐって、軍事大国化するおそれがあるから、だから日米安保堅持が必要なんだという意見があると思うんですけれども、これはやっぱりそういうことではないと思うんです。
  私も、中国が覇権主義をとってきたし、その反省もいまだにないまま今日を迎えているということは重大だと思っておりますし、それが今後是正されるのかどうかというのは注目点であると思うんです。そういう中国の軍事大国化あるいは覇権主義が大きくなる危惧に対して、日米の安保で対抗するということが平和と安定につながるのか、それから中国を本当に友人たらしめることにつながるのかということは、そうはならないんじゃないか。
  日米安保は、先ほど私も申し上げましたけれども、私が見ているところでは、アメリカの横暴勝手な覇権主義を支える体制ということであると思いますので、そういうものに対して中国が、今後あり得べし覇権主義の強大化に対して覇権主義で対抗するということでは、アジア太平洋の平和と安定どころかますます危険になると。そういう道では、本当に真の友好の道あるいは中国を友人たらしめることにはならないんじゃないかということを特に強く感じております。その点を述べさせていただきたいと思います。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  安全保障の在り方につきましてはこの程度とさせていただきまして、次に、アジア太平洋地域における経済と経済協力の在り方について自由討議を行います。
  まず、順次御意見をお述べ願いたいと存じます。
  初めに、馳浩君からお願いいたします。馳君。
○馳浩君 自由民主党の馳浩です。ちょっと経済問題に関しては門外漢ではあるんですけれども、この調査会で勉強させていただいたことを整理しながら、それから加えて私見をも述べていきたいと思います。
    〔会長退席、理事板垣正君着席〕
  まず最初に、概念として私は、アジア太平洋地域の平和と安定的な発展というものを一台の車に例えたときに、そのエンジン部分こそが経済であり、前進するための車輪の部分が安全保障の体制だと思っており、そしてその燃料の部分が人権や環境や食糧やエネルギー資源や人口問題であると思っております。二十一世紀に向けて安定したスピードでこのアジア太平洋地域の平和と安定という車を発進させていくために、このエンジン部分である経済問題について大まかな私なりの意見を述べさせていただきます。
  まず、八五年のプラザ合意以降現在までの経済状況について整理しながら申し上げます。
  世界経済において見ますと、日米欧相互の経済摩擦、あるいは農業保護政策問題など短期的には幾つかの問題を抱えています。しかし、冷戦の終結によりイデオロギーの対立が解消に向かい、軍縮がなされ、通信・情報科学分野を初めとする技術革新、中国など社会主義国の市場経済導入により、長期的に見ると世界経済は大競争時代に入り大きな成長発展のチャンスを迎えています。一方、経済のグローバル化が進む中、ガット・ウルグアイ・ラウンドの決着で世界経済の自由化の道筋がつけられ、この動きがEU、NAFTA、APECなど地域的な自由貿易圏を誕生させました。
  アジア太平洋経済地域は、中国の政治的動向が大きな発展のかぎとなっています。ケ小平氏死後の共産党保守派による改革路線の批判が注目されます。とりわけ古典的社会主義理論家のトウ力群氏は、ケ小平氏の導入した市場経済化は私有制への道であり、マルクス主義と共産党の死につながると主張しています。加えて、香港の中国返還問題は、本当に一国二制度の成果が中国国内に経済発展をもたらすのかなと不安定要因を抱えています。しかし、中国は既に世界の市場経済に深くコミットしており、ケ小平路線の後継者である江沢民体制は、軍の忠誠表明を受けて現行の改革路線を力強く推し進めるものと思われます。全体として、アジア太平洋経済地域は世界の成長センターとして成長を続けていくべきものと判断します。
  また、アジア各地域では、華南、環日本海、環黄海などの自然発生的な局地経済圏が成立しています。それから、AFTA、EAEC、バーツ・インド洋経済圏など人為的な経済圏構想もできつつあります。このように経済のグローバル化が進むほど国家を超えた地域統合が局地的に進む点を忘れてはいけないと考えます。
  日本とアジアの貿易関係も、アジアの対日依存度が低下し、東アジアでは域内が最大の市場となりました。投資もバブル崩壊後はNIESが中心となりつつあり、日本の存在価値は薄くなっています。
  以上を踏まえて、あるべきアジア太平洋の経済体制と日本の役割、さらには日本の経済協力、すなわちODAのあり方について申し上げます。
  まず、経済圏構想については、APECが安定的経済発展のために取り組む課題が少なからずあり、指摘したいと思います。
  APECによる貿易・投資の自由化が参加各国の自発性にゆだねられる以上、今後自由化計画の実施状況をAPECみずからがフォローアップしていくことが重要であります。毎年の行動計画の着実な実現、見直し作業などの確認が必要です。
  また、具体的な官民協力体制を築き上げるべきです。インフラ整備、技術者、企業家養成などのために官民の枠を超えた協力体制を構築して、資金と人材を有効に活用すべきであります。
  また、この地域の経済成長を制約するおそれのある要因について分析し、問題解決のためにAPECの場を活用すべきであります。急激な経済成長は、環境破壊、貧富の格差の拡大、エネルギー資源の調達などの問題を常に抱えています。教育、衛生、安全の確保にも域内の協力体制は欠かせません。日本政府は、アジア太平洋地域の発展あってこそ日本経済の発展が保障されるということならなければなりません。そのためにも日本は、APECの多くの途上国と先進国双方の意見に耳を傾け、官民の協力体制のための規制緩和をし、欧米と互角に交渉できる経済力をこの地域に蓄えるための指針を示さなければなりません。
    〔理事板垣正君退席、会長着席〕
  また日本としては、アジアとアメリカの主張が対立する貿易・投資の自由化の分野別速度の調整を図ることも重要です。この点で、EAEC構想には安易に乗るべきではないと考えます。なぜなら、アメリカの日本に対する猜疑心を増長させ、この地域の政治的機軸である日米安保体制にまで影響を与えるからです。AFTAについては、APECより自由化の速度が早く、その限りでは推進されていくのがベターと考えます。
  次に、局地経済圏については、ますます深化していくでしょうから、日本も積極的に推し進めるべきと考えます。
  例えば、石油の非常事態でアジアが混乱することを未然に防ぐために、今現在研究が進められています北東アジア天然ガスパィプラィン構想などを含む環日本海経済圏の育成は、新たな日本経済発展の起爆剤となるものです。環日本海経済圏は日本海側の、環黄海経済圏は特に九州地域の経済の活性化を果たします。個々の経済圏に最適な産業構造をつくり上げ、日本においては地方主導による多面的で個性的な経済の発展をさせることにつながります。九州だけでも韓国並みの、関西だけでもカナダ並みの経済規模があることを忘れてはいけないと思います。さらに、局地的経済圏のつながりは安全保障上も役立ちます。
  最後に、あるべき日本の経済協力、すなわちODA予算の今後について申し上げます。
  私は、精密な国別援助方針を立てて計画を見直すべきと考えます。その理由は、日本のODAは有償、無償、技術協力をワンパッケージにした包括的援助であり、この方法により効果があらわれているからです。しかしながら、この三分野の調整はあってなきがごとしと考えられます。また、ODAが日本の最有力の外交手段であり、日本の国益にかなった援助方法とは、原則被援助国単位で考えざるを得ないからです。
  そのほか、より質を高める見直しが重要と考えます。問題点や改善点を指摘して、私の意見を終えたいと思います。
  一つには、円借款については、事業内容の中身を精査した上での活用が必要だと思います。事前調査の充実が求められます。
  二番目には、NGOへの援助の拡大です。
  三番目には、アフリカの開発能力の国際的協議と構築です。アフリカヘの開発援助につきましては、言葉は悪いですが、むだ金というように言われておりますので、この点については山本委員からもいろいろ意見をいただきたいと思います。
  四番目には、この以上三点を実現するための専門的人材の養成です。
  五番目として、国会による事業案件の事前事後の評価体制の確立てあります。そのためにも、政府に対しては、詳細な国別援助計画の報告を求める必要があると思います。
  六番目として、既得権益構造の改革であります。商社と政治家、あるいは被援助国から見てODAさんは既得権益化しているとか、あるいは外務省やJICA以外の各省庁が管轄する技術協力などについて、この既得権益構造がやはりODAの効率のいい予算配分と、それによる被援助国の安定的な経済発展を阻害しているというふうなこの考え方に立っての見直しを私は提唱したいと思います。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、今泉昭君にお願いいたします。今泉君。
○今泉昭君 平成会の今泉でございます。
  私は、これまで幾人かの参考人の皆さん方がいろいろ話をされたことを受けまして、私なりに最近のアジアの経済的な大変な発展の中で、日本のプレゼンスのあり方というものが大きく変わりつつあるという認識を持ちながら、日本の経済の面におけるところのアジアとの関与をどのように考えていかなきゃならないかという点を中心にいたしまして、限られた時間でございますので、その点を中心にした話をさせていただきたいというふうに思っております。
  過去何人かの先生方のお話にもございましたように、まさに今アジアは大変な経済的な躍進を遂げていることは事実でございます。しかしながら、この十年間の流れを見てみますと、いわばプラザ合意を中心とした円高の時代と、我が国のバブル経済崩壊後のアジアの姿と日本の国をかぶせてみますと、大きな違いが出てきているんじゃないんだろうかという考え方を持っております。
  これはもう当然皆さん方もそう思っていらっしゃると思うんですが、プラザ合意前後の世界の経済の極というのは、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本という形で世界的にとらえられて、世界の経済を動かしていくのはその三極だろうというふうな見方であったわけでございますけれども、今世界で見られているのは、日本ということではなくして、日本が所属しているアジアという形に名前が変わってきているわけであります。
  当時はアメリカを中心としてジャパンバッシングが盛んに行われていたわけでございますが、いつの間にか日本パッシングになったかと思えば、今度は日本ナッシングという形になるような、大変に日本のプレゼンスが薄い状況になってきているというこの現実を、我々はアジアの中でどのように考えていかなきゃならないのかというところに思いをいたしてみたいと思うわけであります。
  現在のアジアを見てみますと、当初は日本が大変な経済発展を遂げまして、アジア各国がルックイースト政策に見られるように、日本に見習って日本を勉強してというような形で、悪い表現でいえば日本をまねしようという形の経済発展、こういうものがなされてきたんじゃないかと思うんですが、よく見てみますと、日本の経済発展の姿というものと現在急激な勢いで繁栄を遂げている東アジア諸国の発展というのは根本的に違った局面があるのではないだろうか、こういうふうに思っております。
  と申しますのは、日本の場合は、それはヨーロッパ諸国、特にアングロサクソンを中心とした先進諸国ほどではないにしても、長い年月をかけまして現在の経済繁栄の基礎ベースを築き上げてきたことは事実じゃないかと思うんです。例えば、教育の均質的な水準の高さであるとか、あるいはまた一つの民族としての同一性が大変多かったとか、そういう中から国としての同一の価値観をある程度共有できるという環境の中で、我々はどちらかといえば欧米諸国を目指して、かの国に何とか追いつけ追い越せ、越そうではないかという国民的な一つの目標を持ちながら我が国の再建に尽くしてきたという一面があったんじゃないかと思うんです。
  したがいまして、その間にはもちろん世界全体でいうならば工業化というものが中心になりました世界の流れでございまして、今のような産業分類で分けられないような情報化を中心とした新しい産業が興るという時代ではなかったわけでありまして、いかにして強大な工業国をつくり上げるかということが命題でありましたから、その工業化の基礎ベースをいかに固めていくかという準備が日本の場合は相当なされてきたというように私自身は実は考えているわけであります。
  したがいまして、その世界的な工業化の中で、日本の場合は物づくりの基盤というものがある程度しっかりできていた国ではなかっただろうか。
  そういう中で、我が国の目はどちらかというとアジアに向いているよりも西欧化というものをある程度頭に入れながら進んできたというのが戦後の我が国の経済の発展ではなかったかと思います。
  もちろん、明治維新以降、岡倉天心が言ったように、アジアは一つなどと言ってアジアの中に足を入れなきゃならないという動きも一時期はあったことは事実でございますが、明治維新後の我が国の全体の目というのは脱亜、そして西欧に足を入れるという流れの中にあったというふうに私自身は認識しているわけであります。
  ところが、どうでしょうか、今のアジア諸国の流れを見てみますと、日本と違いまして大変価値観の持ち方も多様化しております。一般的に、アジアは一つじゃない、アジアをはかるのには一つの価値観ではかれない、アジア方式というものがあると言われているとおりに、アジアというところはその全体の構図をつかむこと自身も大変難しいわけでございますけれども、多様化をしている一つの大きな文化圏でもあろうと思うわけであります。
  そういう中で、どちらかといえば植民地時代に虐げられ、略奪をされ、そういう中から教育もままならない、大工業化時代の中でそれの基盤となる物づくりの基盤というものがほとんどできていなかった、そういう国々が大変多かったのではないだろうかというふうに思います。
  そういう中で、脱工業化というものが急激に進展をして、工業化を飛び越えて新しいいわゆる情報化産業というものが興ってきた中で、実はこのアジア各国の流れというものは過去のいろんな工業化時代でのしがらみ、あるいは規制、それから法則というものに縛られることなく、これに飛びついていけるような実は環境があったのではないだろうかというふうに私は思っているわけでございます。
  そういう意味で、特に今アジア地域で進展している動きというのは、日本がかつての工業化の中でつくり上げてきた規制に縛られて大変苦しんでいるものを経験することなく、飛びついてそれに成功している国々が大変多いという状況にあるんじゃないかと思うんです。そういう意味では、物づくりの基盤というものをなくして、一挙に飛び越えて、新しい時代のソフトを中心としたいろいろな経済発展に結びついた経済開発をしている、そういうふうに見られると私は判断をしているわけでございます。
  そこで、そういうアジアを見てみますと、日本が果たしてアジアの、表現は悪いんですけれども、盟主というか、リーダー格としてアジア経済の中で一時期リーダーシップをとったように、今後ともリーダーシップをとっていけるような立場にあるかというと、私は大変疑問を感じざるを得ないわけでございます。ますますこれから中国も発展するでしょうし、ASEAN諸国もどんどん発展をするでしょう。そういう中にあって、我が国のいろんな条件を見てみますと、大変厳しい条件が多い。新しい情報化産業主体の経済発展の中において、我が国の場合は資源もなければいろんな意味での制約も多い、コスト構造も高い。
  それから人口の割合からいいましても、中国やインドネシアあるいはその周辺にあるインドから比べてみても決して巨大だとは言えない人口構成を持っている。ますますこれから人口は減っていくという状況の中にあって、日本人が思っていたようにアジアの経済をリードしていける立場というものをとり得るかどうかというふうに考えてみますと、今までと同じような考え方で臨んでいたならばこれは大きな失敗を、しっぺ返しを食うのではないだろうかという危機感を実は持っております。
  特に、これから我々が考えていかなきゃならないのは三つほどあるのではないかと思います。
  時間がないので先を急ぎますが、一つは、御存じのようにアジアの国はいわゆる華僑の大変多い国であります。華僑と言ったらいいんでしょうか華人と言ったらいいんでしょうか、御存じのように中国の血を受け継いだ方々が海外に出ている数は約五千七百万人と言われている。その中の八五%はアジアに住んでいる。一部は依然として中国の国籍を持ちながらいる人もいますけれども、その中の九〇%以上はそれぞれの国に定着してその国の国民になっているけれども、依然として華人という意識を捨て切っていないわけであります。
  現に、この五千七百万人の華人の発揮している東南アジア諸国におけるところの経済力というのは、はかり知れないものがあるわけでございます。例えば一つの例を申し上げますと、タイでは華人と言われるのは約三%でありますが、その国の経済の約六〇%というのはこれらの方々が握っている。あるいはインドネシアでは四%の華人と言われている人たちが七〇%のそういう経済的なリーダーシップをとってしまっている。そしてフィリピンにおいても同じようにわずか三%にすぎない華人のグループが七割の経済を占めているような状況でございます。
  そういう方々が、いわゆる国の障壁を乗り越えていろんな形で連絡をし合って一つの新しい経済的な勢力をつくり上げようとしている中で、一体我が国がどのような形でこれに入っていけるか。
  今までのようなやり方では大変難しいわけであります。
  しかも、そういう華人の人たちが握っているところは工業という面ではなくして、情報、サービス、金融、そういう面を中心として大変な経済力を握っている。いわば新しい産業分野におけるところの経済力を持っているわけでございまして、そういうところとのつき合いを我が国がどのように今後やっていくか、これは大変重要な問題ではないかと思うわけであります。
  特に、第二点目として考えなきゃならないのは、この情報化時代のインターネットの効果でございます。過日、尖閣列島問題が浮上したときに、世界各国の華人にこのインターネットを通じて反日運動が広がった。このインターネットの力というものは、今後いわゆる民族の流れをくんでいる方々が、どのように経済活動に関与していくかということを過小評価してはならないだろうと思うわけであります。
  それから、第三点としまして考えておかなきゃならないのは、先ほどから安全保障の問題で盛んに問題になっておりますアメリカのプレゼンスという問題であります。御存じのように、APECを通じましてこのアジア地域にアメリカの資産、アメリカの経済というのは大変大きな関与をしているわけでございます。先ほども話がございましたように、自国の国益という立場に立ってアメリカは常に行動するわけでございます。このアジア地域においてアメリカの経済的権益が、武力ではなくして経済競争の中でいろいろな形で損なわれるようなことになった場合に、かつて日米間に生じたような経済摩擦というものがアメリカを通じてまた再現をしていくということも当然我々は覚悟しておかなきゃならないわけであります。
  こういう問題を我が国が乗り越えていくためには、国としての新しい時代におけるところの経済政策、戦略というんでしょうか、こういうものをしっかりとっくり直しておく必要があるのではないだろうかというふうに考えているところでございます。
  ちょっと長くなって申しわけございませんでした。時間に制限があるので言いたいことを十分言い尽くせませんでしたけれども、私の考え方の一端を述べさせていただきました。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、赤桐操君にお願いいたします。赤桐君。
○赤桐操君 社民党の赤桐でございます。
  アジア太平洋地域の経済と経済協力のあり方について、平和憲法のもとで我が国がアジア太平洋地域の将来に対してどのような方途で寄与していくべきかという視点でこれから若干の意見を申し上げたいと思います。
  近年一アジアが東アジアの奇跡と呼ばれるように著しい経済発展を遂げて、今や日本プラス東アジア九カ国の経済規模は米国やEUと匹敵するに至っており、アジア経済は世界経済の名実ともに牽引力となりつつあります。
  アジアの経済発展については、米国や日本などによる直接投資、市場の提供、技術移転とともに有能で豊富な労働力の存在などが要因として挙げられており、また旺盛な企業家精神の発揮、こうしたものに負うところが大きいと言われております。
  その不断の努力の成果は、最近、貿易面ではアジア域内が域内諸国にとって最大の市場となる一方、米国や日本に対する貿易依存度が低下してきておること、投資面では、アジアNIES諸国による投資が対中国、対ASEAN投資の最大の主役となっていることにあらわれております。今ではアジア地域は経済発展の循環メカニズムをみずから形成していると評価することができると言われるわけでありまして、今後中国やベトナムなどの経済がさらなる発展を遂げれば、アジア経済は今後とも実り豊かなものとなることを期待される状況にあろうと思います。
  また、アジア経済が順調に発展していくその反面で、明るいことばかりではないわけであります。発生しておりまする問題は、人口の爆発、さらにまた食糧問題、環境破壊、あるいはまたエネルギーの安定需給、こうした中長期的な課題が出ております。こうした問題に対しましては適切な対応が迫られておるわけであります。
  我が国が二十一世紀において平和と繁栄を確保しながら、憲法でうたわれている国際社会における名誉ある地位を築くためには、アジア太平洋地域の安定的な発展に向けて過去の歴史の教訓を十分に踏まえ、積極的な協力を進めることが大切であろうと思っております。
  経済技術協力を中心にして、アジア太平洋地域の平和と繁栄に寄与することが、平和憲法を有し、戦後の廃墟の中から国民の不断の努力により今日の平和と繁栄をなし遂げることのできた我が国国民の今後の責務であろうと考えております。
  その第一には、アジア諸国の政治の民主化と相互信頼感の醸成に、域内諸国と連携して努力する姿勢を外交の基本に据えるべきであると思います。
  第二に、多国間にわたるところの経済社会基盤の総合整備を進めることであります。このような多国間プロジェクトの推進は、関係諸国の国民に国境を越えた安定した国づくりの共同事業に参画するという意識を共有してもらうことになるのでありまして、相互信頼感を高め、安全保障の増進に大きく役立つものと考えます。
  第三に、人口、食糧、環境、エネルギー等の諸課題につきましては、二十一世紀の宇宙船地球号の安定という大所高所の視点から、アジア太平洋地域における環境、エネルギー問題に対する対応ネットワークの拡充強化を進めるなど、多国間の枠組みによる地域協力に努めるべきであろうと思います。
  このような多方面にわたる国際協力を進める上で、我が国の経済協力、とりわけ政府開発援助、ODAの占める役割は絶大なものがあろうと思うのであります。先ほどもODAについて触れられておりますが、我が国の経済協力、ODAはアジア太平洋諸国の経済社会基盤の整備、人材の養成に寄与してまいりました。
  しかし一方では、年間二兆円規模に膨らんだ経済協力予算による努力が相手国の国民に本当に感謝されているかどうか、評価されているかどうか、また納税者である日本国民の納得のいくものとして使われているのかどうか、こういう点につきましては、遺憾ながら相手国政府の腐敗との関係が取りざたされたり、ODAの事業案件をめぐって環境の破壊や住民の移転問題等が発生をいたしたことなどは否定できない事実であろうと思っております。
  ODAは、国民の血税や財政投融資資金に基づいているという原点から出発しており、ODAが我が国国民の理解と幅広い支持を基盤として、国民がより多く参加していくものとなっていくよう、また相手国の国民に感謝されながら、その経済社会の安定に寄与するものとなるように絶えざる見直しが図られなければならないと考えるものであります。
  この国際問題調査会では、前身の外交・総合安全保障調査会の時代に、参議院本会議におきまして「国際開発協力に関する決議」を全会一致で可決するという成果を上げております。また、前期の国際問題調査会におきましては、ODAのあり方や経済協力に関する基本法について委員間の意見交換を中心に審議を進め、九五年六月の最終報告におきましては、「ODAのあり方及び経済協力に関する基本法の立法化について引き続き検討が深められるべき」こととのまとめがなされております。
  我が国のODAは、厳しい財政事情との関係、また量から質への転換、民間との連携の強化など、転換期を迎えて解決すべき課題を抱えておりますが、現在の第五次ODA中期目標は本年末が期限でございます。その達成に向けた努力についての論議はもとより、九二年に策定されたODA大綱の運用やその見直しについての問題、さらに次期中期目標のあり方など、国会が審議すべき課題は山積いたしていると存じます。
  我が国平和外交の中核であるODAについて、国民の理解、支持、参加を得たODAとしていくために、本調査会でODA基本法の立法化についても焦点を当てながら経済協力のあり方に関して審議を深めるべきものと考えます。そして、ODAの理念、基本原則、国会に対する報告、民間団体との連携の強化などを骨格とするODA基本法をまとめ上げ、二十一世紀を見据えた我が国ODAのあり方を指し示し、国政の基本的事項について長期的かつ総合的な調査を行うところの本調査会の重責を果たしていきたいと、このように考えるものであります。
  以上でございます。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、上田耕一郎君にお願いいたします。上田君。
○上田耕一郎君 日本共産党の上田でございます。
  二月十二日の長谷川、広野、竹中の三参考人がそろって強調されたように、アジア太平洋地域は世界経済の中で最も成長著しい地域となっています。
  一昨年十二月六日の本調査会で、東工大の渡辺利夫参考人は、この地域の予想外の経済発展は、八五年のプラザ合意以後の円高のときの、この地域からの日本に対する工業製品の輸出と日本の直接投資の急増によるものだとして、ジャパンズ・エフェクト、日本効果を指摘されました。そして、その日本効果が後退していった九一年以降もこの地域の経済発展が継続していった事態は、貿易と投資の新しい循環のメカニズムが生まれたことを示していると言われました。
  ところが現在、その強力な経済発展を生み出す契機となった日本経済自体は深刻な長期不況と財政危機などで苦しんでいます。一時は雁行型経済発展と言って、日本が先頭でその後をNIES、ASEAN諸国、次いで中国と、雁が列をなして飛ぶ形になぞらえられていたのが、先頭を飛ぶ日本がおかしくなったと見られています。
  こういう情勢の中で、アジア太平洋地域の諸国と日本がどういう経済関係をつくり、経済協力を進めていくべきかということは大きな国民的課題の一つとなっており、国際的にも大事な位置を占める問題だと考えます。
  第一は、日本の大資本の東南アジアヘの直接投資の急増と、その結果生まれた産業空洞化に対してどう対処するかという問題です。
  一橋大の中谷巌教授の著書「日本経済の歴史的転換」によると、急激な円高でコストの歴史的逆転が起き、低コストの労働力を求めて東南アジア諸国への生産拠点の大規模な移転と系列の崩壊が進行したとされています。ところが、この生産拠点の海外移転にも産業の空洞化にも、国としての効果的な対処策はほとんど出されておりません。
  海外進出が系列の下請中小企業にも及んでいることは、昨年八、九月にASEAN五カ国を訪問したときにも実感したことでした。中谷教授の言う系列の崩壊はまことに深刻で、例えば九五年度の中小企業白書で大都市型集積の代表的存在と書かれている東京都大田区の下請中小企業は、倒産、廃業が続出しています。マレーシアから視察に来るこの貴重な財産を守る積極的施策を求めたいと思っております。
  アメリカでは、多国籍企業が海外直接投資とリストラクチャリングを強化した結果、国民経済には産業空洞化、失業の増加、実質賃金の低下、貧富の格差拡大という二極化現象が深刻化しました。日本も本格的な多国籍企業時代を迎えた今日、産業空洞化先進国アメリカのようになる事態を避けるためには、中小企業、農業を初め国民生活に被害をもたらす多国籍企業の野方図な経済行動に対しては、国民経済的な観点からの適切な民主的規制の実行という新しい問題を検討することが緊急の国民的課題になっていると思います。アジアに進出した日本の企業による日本的労働条件の押しつけや環境破壊が問題になっているだけに、この民主的規制は国際的な共同の課題ともなっていると思います。
  第二は、アメリカのアジア太平洋地域と日米通商交渉に対する経済政策の評価と日本の対応という問題です。
  日本の後退と対照的に、アメリカは、特にクリントン政権になってからアジア太平洋地域に対する関心を深め、輸出と投資をふやし続けています。
  二月五日の本調査会で鷲見参考人は、ソ連崩壊後のクリントン政権の新安全保障戦略について述べられました。対外経済政策も同じ覇権主義的方向で、アメリカ多国籍企業の世界進出のための市場拡大と自由化要求を軸とした攻撃的な通商政策が展開されてきました。九五年の米国経済白書が詳しく述べていますが、地域的通商政策としてはNAFTAとともにAPECが極めて重視されています。
  周知のように、APECは八九年設立当時の緩やかな協議体から、マレーシアのマハティール首相の強い反対を押し切ったクリントン政権の強いイニシアチブで、九三年のシアトル会議、九四年のボゴール宣言で貿易・投資の自由化を目指す機構に変質し、先進国は二〇一〇年、発展途上国は二〇二〇年までに自由化を完全達成することとなっています。
  これは極めて多様な経済条件を持ち、貧しさに苦しむ多くの国民を抱えた東南アジア諸国が、自国の農林漁業に対する保護政策を放棄させられ、アメリカ多国籍企業の無慈悲な攻勢にさらされかねないことを意味しています。昨年のマニラ会議では、アメリカはその情報通信技術と製品に市場を開放させる通信技術協定の締結問題の首脳経済宣言への挿入に最大の力を注ぎました。
  二国間交渉はアメリカが最も重視している通商政策です。竹中参考人もマーケットスレットの通商政策、自国市場からの締め出しによるおどし政策に触れましたけれども、その実例は日米貿易交渉であります。一方的な円高への誘導、日米構造協議での四百三十兆円という巨額な公共投資や半導体、自動車部品交渉での数値目標の押しつけ、傍若無人な規制緩和要求など、アメリカ側の態度は経済の論理を超えたものです。プラザ合意後の日米経済戦争十年間はアメリカの一方勝ちに終わったと言わざるを得ません。
  これらの点を考えるとき、APECに対しても日米貿易交渉に対しても日本に最も求められているものは、戦後半世紀に及ぶ対米追随から根本的に脱却してアジア太平洋諸国の自主的な発展、日本経済と日本国民を第一とする自主性の確立てす。
  同時に、アジアの諸国と真の友好を深める大前提は、日本軍国主義の侵略戦争に対する真剣な反省であることを強調したい。私は先月、シンガポールの新聞「聯合早報」のコラムニストのル・ペイチュン氏と対談する機会がありましたが、氏の率直な発言からもこの問題の重要性を改めて痛感しました。
  第三はODAの問題です。
  ODAについての我々の態度は本調査会で一昨年二月十五日に述べました。一、ODA基本法の立法化、二、アメリカの戦略補完的ODAから自主的ODAへ、三、ODAを海外進出の手段とする姿勢の是正、四、経済的自立に役立つ経済協力と人類進歩を目指す連帯を最重点課題に、五、国会審議と国会承認など民主的公開の制度の確立の基本点に変わりはありません。
  八九年六月、本調査会の前身の外交・総合安全保障調査会はODA問題について、立法化についても検討を進めることを全会一致で確認しています。世論も強まっており、例えば朝日新聞の二月十二日の「主張・解説」欄もODA基本法の制定を求めています。我々は改めて本調査会が今国会で基本法の制定と取り組むことを提起いたします。
  二国間ODAについて二点だけつけ加えますと、一つは飢餓、貧困の救済にもっと力を入れるべきだという問題です。
  日本政府の食糧援助は、二国間援助の〇・三から〇・四%で、OECDの下部機構DAC主要国の中で最低です。飢餓に苦しむ発展途上国が多い現状に合わないので、人道的立場に立った改善を要望したいと思います。
  もう一つは、他方、その配分が海外での日本の大企業の経済活動の条件となる経済基盤の整備に多く向けられ過ぎているという問題です。これは国際比較からも明瞭で、経済インフラのシェアは九三年を比較すると、日本が三六・七%に対し、アメリカは五・四%、イギリスが一五・七%、フランスが一一・九%、ドイツが二〇・九%で、日本はDAC平均の一九・五%の二倍近い数字となっています。九五年には四四・五%という過去最高の数字となりました。この問題も検討する必要があると考えます。
  以上で発言を終わります。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  以上で意見の表明は終わりました。
  これより意見交換を行います。発言を希望される方は挙手を願い、私の指名を待ってお述べいただきたいと存じます。
  なお、時間が限られておりまするので、発言は簡潔にお願いいたします。
  それでは挙手をお願いいたします。
○林芳正君 ありがとうございます。四先生から大変に貴重な御意見をいただいて、若干私が思ったことを質問も含めて述べたいと思っております。
  馳先生に御質問したいのは、ODAの効率性と手続の透明性というところでありまして、それは要するに、先ほどいろんなルートから本当にその国のニーズが吸い上げられているのかという御指摘があったわけです。一方で、草の根でいろんなところから、援助する側の我々の国がどこまでどうやって聞きにいくのかという主権の問題とか、その国の民意の反映の問題とかかわってくるものですから、その辺を追及しますと、かなりこれは時間的にもまた人的にもコストのかかる問題になってくるな、こう思うんです。その辺と効率性をどうやって両立していくべきなのか、お考えがあればお聞きをしたいというのが先生に対する御質問です。
  それから、今泉先生から大変におもしろいお話がありまして、特に第二次産業の基盤を持たずに、逆にそれが足かせにならないで第三次産業がソフト中心で発展しているというような御指摘がありまして、多分シンガポールとかそういうところを御念頭に置かれていたんじゃないかと思うんです。
  先ほど雁行という話がありまして、まさに先生がおっしゃったのはこの最初の、日本の次のドラゴンというか、NIESには当てはまる部分が大きいと思うんです。その次のASEANとかインドネシア、ベトナムとかそういうところになりますと、国も大層大きくなってまいりますし、三次産業だけで果たしてやっていけるのかなというような感じを持っておりまして、その辺はアジア共通のというよりもむしろ国のサイズによってそういうことがあるのかなと。
  それからもう一つは、逆に中国なんかでは電話がないものですから最初から光ファイバーを引ける、こんなようなことがまさにあるわけでございます。その辺についてのお考えというか御意見をもう少し展開させていただけたらというのと、それから華僑のお話をされておられました。確かにいろんなところで出ておるんですが、華僑の人たちの意識というのは、自分の属しておる国家とそれから華人のネットワーク全体というのは利益が相反する場面になった場合にどういう行動をとられるのかなということを、私はまだ答えを出し切れないでいるんですが、それについてもしお考えがあればお聞かせ願いたい。二点であります。
  それから、上田先生にお聞きしたいのは、先ほど規制を国際化させていかなければならないというような御趣旨の御発言があったと、こう思うんです。多国籍企業、MNCなんかが入ってきてどんどん自由化をやれやれということで、なかなか外に出ていけない、競争力のない方に大変厳しい状況になるということでありました。例えば、今も問題になっております時短、これは中小企業の経営者の方は大変に困っておられますし、もう一つは大店法でありますけれども、いろんな大きな資本が入ってくると地元の中小企業、特に商店街の皆さんが大変困っておられる。こういうような個別の問題についてどういうふうにお考えになっているのかお聞きをしたいと思います。
  以上でございます。
○馳浩君 ODAの効率性を担保するためにどういうふうな方法を求めればよいのかという御指摘でありますけれども、先ほど上田先生も申し上げられましたように、ODA基本法に基づいて国と民間が入って国別の援助計画を立てていくべきだと思います。それが一番の遠くて近い道だと思っております。
  今現在の援助機関の司令塔である外務省経済協力局、こちらの方は継続的に人員を配置して、その国の必要とする案件についてその成り立ちとか進捗状況あるいは環境問題、あるいはまさしくODAに基づく援助が、その国の反対運動あるいは環境問題をどういうふうに引き起こしているのかということを分析した上で、やはりそれを外務省としてデータベース化しておいて、それをもとにした国別援助計画が立てられていくべきと。それを評価するのがまさしく私たち国会であるというようなシステムがつくられるべきだと思います。
  その意味においては、基本法の制定というのはより一層私たちの方からも声を上げていかなければいけない問題であると認識しています。
  以上です。
○今泉昭君 私に御質問があったのは、一つは物つくり基盤の問題と、もう一つは華僑の問題というふうに承ってよろしいですね。
  まず第一点の物づくりの問題ですが、確かに先生の御指摘にありましたように、最初のうちは韓国にしろあるいは台湾にしろ雁行方式に基づく、日本が先頭に立ってそれのまねをするような形で、同じような総合的な産業基盤をつくっていこうという気持ちで、日本が先頭に立ってそれについていくという形でございました。しかし、このやり方はもう既に韓国では破綻をしているわけでございまして、そういうものをぶち壊すような新しい産業状況が出てきたというのが実は情報化時代、サービス産業を中心とする新しい経済開発ということだったんじゃないかと私は思います。
  それに乗ったのが、いわば全く物をつくる産業基盤をみずから整備しようとはせずに、一挙にその次のステップ、一番先頭の技術をとにかく日本からよこしてくれ、あるいは世界各国から集めてくる、そしてそういう中で一番進んだシステムをみずからつくり上げて新しい経済をつくり上げていくというやり方を、特にマレーシアなどを中心といたしましてやったというのが非常に成功例に今なっているわけです。
  かといって、インドネシアのように、それをやりながらも物づくりを捨てたわけじゃないんですが、それらの国々がやったのは何かというと、物づくりの最低の技術基盤というものを、いわゆる中小企業のすそ野というのをつくらないで、その次のステップであるいわゆるエンジニアリングと機械をもらってきてそれを組み立てて、低賃金をこれに結びつけて大もうけをするというやり方、これを中心としたものを大変積極的に取り上げていった。
  恐らくインドネシアの国民車なんというのはそういう形ででき上がっていくわけでございまして、特に自動車産業になりますと五けたの部品が必要なわけでございまして、そういうものをみずから全部供給する力は持っていないわけであります。これも長谷川先生が意見陳述の中で述べられましたように、特に物をつくる、組み立ての分野においては日本に引けをとらないようになってきているけれども、部品においては依然として日本に依存をしているというところばそういうところから出ているわけですね。
  でありまして、私どもは、エンジニアリングであるとか組み立てであるとかという部門の我が国の産業空洞化というのは、確かに雇用の不安という面では大変問題があるんだけれども、日本の産業基盤を足元から揺るがすものではないという判断を持っているわけであります。一番怖いのは、すべての物をつくるところの基盤である技能労働者が大変多い中小企業の基盤が全部そっくり移っていくというところが、我が国の物をつくるところの基盤を根底から台なしにしていくわけでございます。だから、深洲などで行われていることはひとつも怖くなかったわけでありますが、最近の流れは、この一番下の基盤が日本は崩れ始めているというのは大変怖いなと思っております。
  もう一つは、先ほど言いましたように、先端の一番すぐれた技術あるいは新しいシステムを、特に東アジア諸国の皆さん方は知識階級が、アメリカや先進国に留学をしてきた人が帰ってきて、ある意味では一握りという表現かどうか、またこれは言い方によりますけれども、そういう方が中心になってつくっている新しい産業というもの、その最大のものがマレーシアが打ち出しているMSC構想だろうと思うわけです。
  実験的な意味で、先端技術を駆使して一つの実験場をつくっていきながら、新しい情報化産業を日本より一歩先んじた形でつくっていこうという
やり方をしているわけです。そういうことをマレーシアに倣って各東南アジアがやり始めたというのは何かというと、これらの国々はどちらかといえば、一握りの知識階級というものが国全体を華僑を中心として支配している実態にあります。
  ある意味では、それらの国々の方式によるところの民主主義によって物すごいリーダーシップを一挙に発揮できる。日本の場合ですとなかなか調整をしていくのに時間がかかる、既得権を持っている方々を説得していくのに時間がかかるというような手間が省けて、ぽんとつくってしまう。そして、日本よりもすぐれた新しい産業開発をやっていくということができることが、ある意味では今の東南アジアの新しい産業発展の大きな芽になっているのではないだろうかというふうに私どもは理解しているわけです。
  だから、現在の我が国の不況の中で、新しい産業を育成しようとしまして政府が十四業種ばかりを選んで、ある意味で私どもの目からするとニッチ産業みたいなものですが、そういうものをつくることによって雇用を確保したり我が国の産業を活性化していこうとしているけれども、これは余りインパクトがないんですね。このような大きな変化の時代は、マレーシアがやったような形の、あのMSC構想の中に見られるように、新しい時代に合った大きな目玉をどのように政府が主導権をつくって提示をしていくか、そういうところにやっぱり東南アジアの大きな流れがあるんじゃないだろうかなというふうに思っております。
  それから、もう一つは華僑の問題なんですが、どちらかといえば私も三十年間近く製造業の中で働いてきた人間ですから、この間東南アジアに対するいろんな援助計画などにも実は携わった経験もあるわけです。我々が一番苦労したのは、彼らを幾ら呼んできて教育して現地に帰してやっても、彼らは自分が学んできたことを全部自分のポケットに入れちゃうわけですね、日本人と一番違うところは。
  日本の場合は、例えばアメリカへ留学に行ってアメリカでいろんなものを勉強してきたら、帰ってきてみんなに吹聴するわけです。自分はこういうことをやってきた、こういうのが必要だと。ある意味では国家的な見地あるいは企業という人間の立場に立って新しいものをどうやって生み出していくかという行動を起こすんですが、どちらかというとアジアの皆さん方にはそれが大変少ないわけです。そして、自分の一族の中でその利益をいかにして共有していくか、こういう行動が大変目立つわけです。ですから、華僑の方々のつながりというのは、そういうものを軸にしてつながっている。人と人との関係、血族と血族との関係、そういうものを大変重視するわけです。
  だから、我々が金を与えたから、技術を与えたから、やれよ、あるいはそのかわりにこういうものをよこしてくれよということであの国々の方とのいろんな意味での人間関係ができていくかといったら、これは大間違いでありまして、いかにしてまず最初に人間関係を先につくっていくか、これをやらないと日本の政策なり日本のいろんな意図というものが実は生かされていかない。そういう風土の違いに端的にあらわれているのが私は華僑の皆さん方の行動だろうと思うわけです。
  そういう意味で、この華僑の方々がどのような行動を起こすかということを十分に見ながら我々も行動をしていく必要があるんじゃないだろうか。この方々はある意味では利益に合わないことはぽんとはねてしまう一面性も持っていますけれども、それ以上にやっぱり人間的な関係ができますととことんまでつき合っていく、そういうような一面性も兼ね備えている人たちでございますから、そこをいかにうまくつき合っていくかということが日本のアジアにおけるところのプレゼンスのウエートというものを高めるために重要だろうというふうに私自身は考えております。
○上田耕一郎君 私は、中小企業問題や商店街問題も、大きく言うとやっぱりソ連崩壊後の世界政治、世界構造の非常に大きな構造的な変化、その中で特に日米関係の圧力のもとで日本に生まれている問題だと思うんです。ソ連崩壊後、世界政治だけでなく世界構造も、よくメガコンペティションと言われるような、それからグローバリゼーションの時代と言われるような非常に大きな市場拡大の時代に入っていて、各国の多国籍企業が生死をかけた競争を展開しているという状況だと思うんです。
  日本も、プラザ合意以後は、その中でおくればせながらこれまでの商品輸出等を主としたやり方から資本輸出に移っていったので、だから日本も本格的多国籍企業時代に八〇圧代後半から入ったと経済学者はよく言いますけれども、そういう状況の中で、特に日米関係の圧力で被害をこうむるのが日本の場合には中小企業分野なんです。
  例えば、八五年のプラザ合意のときも、竹下大蔵大臣が行って、あの表明は各国驚いたというんだけれども、二百四十円が百二十円までいきましたからね。その後、宮澤大蔵大臣はベーカー財務長官に言われて公定歩合の引き下げをひそかに日銀総裁に頼むと、これは宮澤さん自身もその後で明らかにしているけれども、そういうことで産業空洞化が進み、系列崩壊というので中小企業が大変な状況になるということがあるでしょう。
  それから、商店の状況も非常にひどいけれども、これも大店法の緩和と廃止を要求するアメリカの圧力が大きいわけですよ。クリントン政権になってから、市場開放、市場拡大、全面自由化、それでウルグアイ・ラウンドの成功とWTOをやると同時に、WTOの規制に従わないで二国間交渉ではもっとすごいことをやるということをやるわけですからね。
  それで、商店の場合は、中小企業庁の調査だと、九二年から九五年で日本全国で十三万数千軒商店が減っているということです。すると、これは東京都の中小商店の数と同じぐらい三年間で日本の商店はなくなっている。それから、中小企業庁のアンケートだと、とにかく九〇%から九五%の商店街が停滞または衰退という答えを出している。私、この間、前橋に選挙があって行ったら、前橋も商店街の衰退がすごいですよ。大変な状況、山本さんよく知っているだろうけれども、僕も見ましたよ、あそこを歩いて。
  そういう状況になっているのは、やっぱり駐車場つきの大型店の進出ですよ。この間、日経に出ていたけれども、大型店の売り場面積の占めるシェアが五割近くになったというぐらいで、これは大変なものですよ。今度の行政改革の中でアメリカ側が何百項目も要求を出してきているけれども、それを見ると、大店法はたしか二〇〇〇年廃止ですよ、そういう要求が来るわけです。だから、そういう状況の中でどうやって日本の中小企業、特に下請中小企業や大事な商店街を守るかということは非常に大きな国民的課題なんだけれども、結局、融資を何とかしますとかいう程度のことしか出てこないわけだ。これじゃどうにもだめですよ。
  僕は、大田区の地域にはもうプラザ合意のときからよく入って、あそこでいろんな運動を一緒にやってきたんですけれども、今までの不況はしばらく頭を下げて二、三年我慢していれば明るくなった、今度は我慢していても明るくならぬというんだ、構造が変わっているから。系列の崩壊と言われるように仕組みそのものが崩れつつあるわけだから、その中でどうするかという問題で、だからやっぱり新しい面でのいろんなことが要ると思うんです。
  何かアメリカでは産業空洞化の中で中小零細企業がえらいふえて、特に女性の事業主の中小零細企業がうんとふえたということを紹介した論文を読んだ記憶があるんですけれども、日本はそうもいっていなくて、だから日本でこれをどうするかという問題で我々も下からのいろんな運動を強化していますけれども、やっぱり新しい探求もいろいろ要るんじゃないか。
  僕は、内橋克人さんの岩波新書の「共生の大地 新しい経済が始まる」というのを読んで非常におもしろかったですが、あの本の中では、僕らに言わせると独占資本、多国籍企業中心の経済から、やっぱり環境を守る、人間を守る、そういう共生する新しい経済を目指す方向、方向だけじゃなくて実例を世界じゅうからいろいろ集めているわけです。例えば、風力発電をデンマークでどうやっているとか、国がどういうことをやっているとか。日本でも中小企業の例で出ているのは隅田の例で、隅田は振興条例もつくり、それからセンターもつくって、なかなか中小企業に一生懸命なんだけれども、区役所が主になって新しい中小企業の、ベンチャー企業かな、その努力を励ましている実例なんかもいろいろ出ていました。
  あの本は僕は非常に、なるほど新しい努力が始まっているんだなという実例を知ったという意味で、我々の運動も単に政府や東京都や区役所に要求するだけではなくて、やっぱりこういう大変な仕組みが変化しているときに、どういう創造的な力を中小企業や商店の方々が生み出していくかということも探求していかないとなかなかこの危機は乗り切れないなと思っているんですけれども、じゃ具体的に何をやればいいかというとこれは探求中で、勉強しながらということですね。
  以上です。
○山本一太君 いろいろ伺いたいことがあるんですけれども、時間もありますし、後で質問されたい方もいらっしゃると思うので、簡単に馳先生のODAのコメントについて私の意見を申し上げたいと思うんです。
  先ほど来、実は最初の質問は林委員の聞いた話でアカウンタビリティーとエンパワーメントという話だったんですけれども、これはもう林委員がおっしゃったのでやめまして、馳委員が先ほどから国別援助計画の話を何回かされているんですけれども、これは実際にやるとするといろいろ確かに問題はあるんですが、私はやはり日本の援助の方向としてはこの国別援助計画は必要だと思います。
  私は四年前に、ニューヨークの国連機関の国連開発計画、UNDPというのですが、技術協力の分野では国連で最大のシステム、ここに三年ほど勤めた経験がございます。ここは大体今百三十カ国ぐらいに事務所がある国連の出先機関としては最大のところでございまして、宣伝するわけじゃないんですが、国連の現地の手足はUNDPではないかというふうに思っているぐらいのところでございます。
  そのUNDPの援助政策の基本というのは、各国ごとにつくられたカントリープログラムといういわば国別の援助計画で、これはいわゆる被援助国とUNDPとそこにいる現地のフィールドオフィスの代表が十分時間をかけて相談をいたしまして、五年間の間にどういうプライオリティーでこの国の援助をするか、どういうプロジェクトを行うかという概要まで含まれている計画でございまして、これがUNDPの援助の基本になっているんです。
  私は、UNDPにもう二十年近く勤めて、アフリカにもいわゆるアラブ世界にも、そしてアジアにも現地駐在をした大変ベテランの私の上司からおもしろい話を聞きました。
  それは、日本のODAというのは基本的に言うと、例えば耳が痛いというと耳を治す、足が調子が悪いというと足にトクホンを張る、腰が痛いというと何か腰に針を打つ、どうも部分部分を見て治すいわば西洋医学みたいなものだ。ところが、国連機関、特にUNDPの援助のマインドというのはいわば漢方薬みたいなもので、どこを治せば、例えばここの耳の裏を掃除すると体全体の気持ちがよくなって調子がよくなる、すなわち、たとえ手を治すにも指を治すにもおなかを治すにも、全体の、その人間一人の個体の機能をいかに高めるか、その国の能力というものをいかに高めるかというマインドに立ってやっている、そこが違うんだと。私は非常にうまい表現だなと思いました。
  いろいろ実際上は援助基本法にも絡む話ですし、国別援助計画の策定というのは難しい話だと思いますけれども、やはりこれはODAを考える上のマインドとしてこういう方向に持っていかなければいけないんじゃないかという気持ちを持っているというのをちょっとお話ししたいと思います。
  馳委員から、アフリカ開発援助については日本政府はむだ金を使っている、こういうお話がありましたが、これはむだ金ではないと私は言いたいと思うんです。
  西アフリカではニジェール、ナイジェリア、ガーナ、東アフリカではザンビアとか、日本の二国間援助が実は一位とか二位の国が随分アフリカにはあります。ただし、先般参考人の広野成蹊大学教授がおっしゃっていたように、アジアのODAみたいに成功していないのはいろんな理由がありまして、やはりアジアとアフリカというのはいろんな、さっきのアジアの話じゃありませんけれども、文化的にも経済発展の仕方にも違いがあります。ですから、援助の世界でよくアジアモデルをアフリカに当てはめようという試みがなかなかうまくいかないということから考えても、これは状況が違うということがあります。
  確かに馳委員のおっしゃったとおり、お金をつぎ込んでいる割にはなかなかアフリカの開発問題というのは進まないということがありまして、私、初めてニジェールに出張したときに、前もちょっと話した話ですけれども、十五分飛行機に乗ってもずっと赤茶けたサハラ砂漠が続いていまして、これだけ地理的なディスアドバンテージを抱えた国をどうやって開発を進めていくんだろうというふうに思った覚えがあるんです。
  アフリカの開発というのはやはり十年二十年のスパンではなくて、それこそ四十年、五十年というスパンで考えなければいけないんではないか。それには先進国が、特に日本はアジアに比べてアフリカは遠い国ですから、きちっとした理念を持ってどのくらい本腰を入れて援助をしていけるかという問題にもなると思うんですけれども、アフリカの開発はそれこそアジアとは違って十年、二十年のスパンでも足りないようなそういう問題であるということをちょっとコメントさせていただきたい、このように思います。
  あと、いろいろお聞きしたいことがいっぱいあったんですけれども、また次の機会にさせていただきたいと思います。
○益田洋介君 エキスパートの山本先生の後で質問するのは若干気が引ける思いなんですけれども、最初に四人の意見表明者の先生方に同じ質問で御意見を拝聴したいと思います。
  ODAに関してですが、ハードな面ではかなり我が国は特に東南アジアの開発途上国に対して強力な援助をして、それなりの結果も残してきたという印象は確かにありますが、私は、日本が今後本腰を入れて検討しなきゃいけないのはソフトな面での援助だと思っております。
  確かに、九四年から九五年にかけまして約一兆円ほど日本のODAの基金というのは増加しておりますが、その一兆円というのは大体が民間資金の増加ということで、問題はソフトの面、特に技術協力ということで、これはずっとここ十年来三千億程度ということで横ばいなんですね。物価がこれだけスライドしてアップしてきているわけですから、現実的には技術協力というものは規模は小さくなってきている。私は、この現状を何とか打開していかないと、物を上げっ放しで、インフラストラクチャーだけ日本の業者が出かけていってつくってくるということでは、実際の面で開発途上国に対する将来的な援助にはつながっていかない、基盤にはならないんじゃないかというふうに考えているわけです。
  JICAが民間の人材を派遣しているということもありますけれども、これは質的にもそうですけれども、量的に圧倒的に不足しているということと、今、経済面で大分力を入れて協力してくれているというお話を伺ったことがありますが、まだまだ足りないのが現状だろうと思う。
  それからもう一つの問題は、これは先生方の率直な御意見を伺いたいんですが、青年海外協力隊という人たちが毎年出かけていくわけですが、出かけていくときは青雲の志を持って出かけていく。しかし、帰ってきたところで、三年なり四年なり五年なりというところで、一番働き盛りの、また技術的にも向上できる、そういった年ごろにある人たちがその空白期間を持って帰国したときには再就職口がなくなっている。それから、技術者というのは常に技術の向上のさなかにないと伸びていかないわけで、かなり技術的にもおくれをとって、技術者としても日本で余り役に立たなくなってしまうおそれがある。この二つの問題があるわけです。
  ですから、協力隊の場合は入り口の部分はいいんですが、出口の部分で全く面倒見がなされていない。これはもちろん政府の問題でもありますけれども、民間も何らかの形でやはり協力体制というものを考えていかないと、今後、有用な人材が表に出ていってソフトな面での技術援助をしなくなってくるんじゃないかという懸念を持っております。この点について四人の先生方の御意見を拝聴したい。
  二番目に、今泉先生が華僑の話をされておりました。私は、六年間、自分自身でも香港で仕事をしたことがございますが、非常に個人的な考え方、ファミリー単位だというふうに今泉先生はおっしゃっておりました。まさにそのとおりで、例えば北京の出身者、上海の出身者、福建省の出身者、広東省の出身者、山東省の出身者、それぞれ全く違った考え方を持っていて、同じ地方から出てきた華僑であっても、実に協力体制を、横の
  ながりを持とうとしない。しかし、一たん友人関係ができてしまうと、人的接触が大事だと今泉先生はおっしゃっていましたけれども、もう一生友達でいるような家族づき合いをするということで、現在でも私は何組かのそうした香港にいる家族とおつき合いをしています。
   どうも考え方としては、華僑というのは世界じゅうに広まっているユダヤ人と同じような単独行動といいますか、そういう傾向にあるんじゃないかと思うので、華僑が人口の八五%東南アジアにいるからといって、それほど団結したような力は発揮できないんじゃないかと私は思っております。その点、例えばマスコミですとか弁護士ですとか、子供を弁護士にするとか、マスコミで情報を交換し合うとか、そういった部門では確かに強い、あるいは不動産開発なんかも手がけているようですけれども、私は華僑がリーダーシップをとっていくということに果たしてなるのかなという気持ちがいたしていますので、お考えを伺いたいと思うんです。
  それから最後に、上田先生にお伺いしたいんですが、アメリカのODAの基金が相当年々ドラスチックに減ってきている。例えば、九二年に百億ドル超あったのが、九三、九四、九五と漸減していきまして、そして九五年にはついに六十億ドルを割り込むというようなことで、一方、そのデータで見ますと、反面、日本のODAの協力基金が反比例するようにしてふえている。これには何かやはりそれなりの補完的な役割を果たせというような密約というようなものがあるのではないか、政府は認めておりませんが。
  それから逆にもう一つ、タイとかフィリピンといったところで米軍基地が撤退したところについては、日本からのODAの基金が急増している。
  これは当然基地が撤退すれば経済効果というのは減少するわけで、また就職先を探さなきゃいけないという人たちも出てくるわけで、おのおのの国、タイとかフィリピンには深刻な問題ですが、そこでまた日本が救援の手を差し伸べているんじゃないかと思われるデータが残っている。先生の方がこの辺はお詳しいと思いますので、御意見を拝聴できればと思います。
○馳浩君 益田先生の御指摘されるとおりに、ODAによる政府の援助のソフト面の充実、この技術協力の面において充実するのはやはり私も当然であると思います。
  ちょっと話は変わりますけれども、ペルーにおける大使公邸占拠事件、これはまさしくテロリストが自分たちの行為を正当化するために日本の開発援助に対する非難とかそういったものを持ち出しておりますけれども、あながち私はそれを彼らの行為を正当化するためだけの理由というふうに考えてはいけないと思います。
  現実問題で、アジアにおいて、途上国で日本から開発援助を受けている国で同じような事件が起こらないとは限らないし、むしろ恐らく第二、第三のペルーにおける事件が起こるであろうことを考えた場合に、やはり人的な継続的な支援、あるいは今まで日本の開発援助によって建てられた病院や学校等々の運営、管理に関しまして必要な現地の人材を育成するといったシステムというものは行われていくべきであろうと思います。
  そういう面での人材の活用ということですけれども、私の個人的な意見を申し上げさせていただきますれば、実は私の議員会館におる秘書は青年海外協力隊でシリアに行っておりまして、帰ってきて働き口がなくて私の秘書をしておるわけでありますけれども、余りにも社会全体として冷たいですね。
  そういう意味では、どういう人材を協力隊員として派遣するかということを考えたときに、例えばオーバードクターですか、大学院の修士課程、博士課程修了者が次の働き先がないというような、大変立派な日本の人材が行き先がなくて日本の国のお金で毎月援助を受けているということを考えれば、積極的にこういった人材を活用するということとか、あるいは現行の海外協力隊員を大学院で受け入れて、より一層実践を備えた人材として教育をし直し、これを企業に供給するというふうなことも考える。そういういろんなアイデアをもってして私は有効利用していくべきだと思います。
  以上、簡単に申し上げさせていただきました。
○今泉昭君 第一点の先生が御指摘になりましたソフト面での協力というのは全くそのとおりでございまして、私も先生が感じられているようなことを感じております。
  日本は今、一九六〇年ごろの援助額を比べてみますと、何と三十倍以上の金額に膨れ上がったような大きな援助をやっているわけです。お金はトップ水準にありながらそれにかかわる日本の人たちがどれほどの状況で働いているか、これはもう山本先生は十分御承知のことだと思うんですが、恐らく日本の場合は、例えば援助資金、キャピタル幾ら当たり何人というふうに比較してみれば最も少ない国ではないだろうか。だから、それに携わる人が一つの地元の要求を受けて相談に乗って、果たして十二分に現地が望むようなお世話ができているかどうかということは一番私が疑問に思っているところでございまして、ただ金を出しているだけということで満足をしていたのじゃいけないんじゃないだろうかと思います。
  もう一つは、せっかく援助したものがどのような効果を上げているかというアフターケアというんでしょうか、その後の監視体制、監視と言ったら言い方は悪いんですけれども、本当にそういう形に効果的に使われているかどうかということのチェック体制、こういうものについても日本の場合は比較的弱いんじゃないだろうか、こういうような気もいたしますので、私は、そういう面での協力体制の別な面での充実というものを今後図っていく必要があるんじゃないだろうかというふうに考えております。
  それから、第二点の青年海外協力隊のことでございますが、実は私もこの問題に関しましては労働組合におりましたときに関与したことがございます。
  外務省から、連合に参加をする各単産に対して、青年海外協力隊に参加する体制を労働組合の立場からぜひつくってくれないかということを言われまして、我々の労働組合という立場でできるとするならばどういうことを考えたらいいかとふうにいろいろ考えてきたわけでございます。
  その際、一番ネックになるのは何かというと、先ほど先生の御指摘にあったように、一つは企業に働いていながら休職をして現地に行く、帰ってきたときに既にもう自分の職場がなくなっている。それからまた、休んでいる間の生活保障、賃金の上昇面についてのアフターケアをどうやってくれるかということが全く取り入れられていなかった。そこで、労働組合としては、労働協約の中でボランティア休暇というものを設定して、今言われたような行くための阻害要件を労使が話し合って除いてやることが必要だろうということで、そういう体制を整えてきた経過がございます。
  ただ、問題は、そういうことができるのは実は大企業だけなんです。大企業に働く労働者、特に技術者は、どちらかといえば全体的な問題を大きく見るよりも一部門の技術者が多いわけです。特に、発展途上国に行った場合にそんなに先進的に進んだ技術だけが必要なわけじゃないんですね。
  そういうことを考えてみますと、中小企業にいけばたくさんそれに該当する人たちがいる。ところが、中小企業からボランティア休暇を与えて海外にやっていくなんていう条件はもう全くないわけです。企業側としても、これはなかなかそんな状態じゃないよといって条件はつくってくれない。
  本人はその心配があるから、気持ちの上では行きたいけれども行けない。
  こういうような国内での条件整備というものに対して、ボランティア休暇を国の立場で少し考えてやる必要が私はあるんではないだろうかというふうに考えております。
  それから、三番目の華僑の問題は、何も華僑だけじゃなくて、例えばインドの、印僑というんですか、インド人でも一千万近くが出ているわけですね。そういう方々は中国人の華僑と同じような形の横の体制というのは大変ネットワークが強いということを私自身聞いておりますし、具体的にこの間の報道なんか見てみますと、あの尖閣列島の問題ではさっと横の連絡がインターネットでとれて、その国々で存在している人たちが日本けしからぬというような運動を起こすということを見てみますと、やっぱりある程度の横の協力体制というのは我々が考えている以上にとれているんじゃないかなという気がしてなりません。これは私、具体的に調査したことではございませんのでわかりませんが、そんな感じがしております。
○赤桐操君 今までの援助あるいはODAのあり方というのは大体今述べられたようなことでありまして、結局は開発優先、国家的な立場に立った援助ということに重点がかけられたと思うのであります。そうではなくて、これからはやはりいろいろの面で転換をしなきゃならないだろうと私ども考えておりますが、その転換の一つとして、例えばそうしたものを大きく変えながら、それぞれの地域における特殊事情もありますし、個人個人に行き渡る一体どういう目配りがきいてきているのかということも十分に含めた中で対策を樹立していくべきだろう、このように考えております。
  青年海外協力隊の問題につきましては、今泉先生から労働界の問題についてもお話がございましたが、私も大体そういうふうに認識いたしておりますが、これはこれからの大きな一つの問題点であろうと思うのでありまして、今後出ていくこうした人たちに対する保障といいますか、そうしたものが職場を挙げてとられるような体制ができない限りは、この問題についての解決はあり得ないと私も考えております。
○上田耕一郎君 益田さんから出された技術協力の問題、青年海外協力隊の問題、それからアメリカとの関係の問題、僕はこれら一つ一つの問題というよりも、こういう問題を生み出す日本のODA全体の性格、一体日本の政府としてODAに対して総合的な国家的観点からの分析と方針がしっかり立てられてやられているかというと、それが非常にあいまいに自然発生的にふえてきて世界一になったということがあるので、これが一番問題だと思うんです。
  御存じのように、日本のODAというのは当初賠償問題から生まれていったわけで、結局賠償のかわりに日本の資本の東南アジアヘの進出の道をつくるという役割を最初果たした。これは、日本の財界も公的に認めていますね、そういう役割を非常に果たしたというのは。それがどんどん広がっていって、十六省庁縦割りで基本法はない。
  外務省が一番やっているとは言うんだが、全体を統括してきちんと方針を立ててやっているという形ではないでしょう。
  それで今、かなりいいものだと我々も評価はするんだけれども、大綱ができましたね、ODA大綱。あれは、ここの参議院の調査会が一生懸命やって自民党から共産党まで全会一致でつくった決議、本会議の決議だけじゃなくて調査会としてのかなり長い決議がありますからね。そういうものが非常に役立ったという評価で、これは参議院は役割を果たしたなということで喜んではいるんですけれども、そういう経過でようやく閣議決定で大綱ができるという形で進んでいますからね。
  だから、本当に自主的、総合的に全体を考えてやっているのかどうか、ここが問題だと思うんです。
  クリントン政権は、就任した最初の週かな、国家安全保障会議に並んで経済安全保障会議をつくるということをやっているでしょう。それで、我々が今まで一番問題にしてきたのは一つはアメリカの戦略援助問題です。これは、アメリカがそれこそ国益追求するし、同盟諸国には責任分担を求めるし、日本が一番言うことを聞くというので、アメリカが重視する国の戦略援助を日本に割り当ててくるわけです。日本の方は、そんな国どこにあるんですかというような国までやらされたりという報道があったぐらいです。
  私は一度この調査会で質問をして、これは新聞報道で出たので、アメリカの国務次官と日本の外務省の審議官とで随時ODAについて協議しているという報道があったが事実かと言ったら、外務省の経済協力局長が随時やっておりますと答えたわけ。
  先日、広野さんにそのことを聞いたら、いやどこの国とも主な国とやっているんだ、特にアメリカだけじゃないという答弁をされていた。実は、このアメリカの戦略援助問題というのはそういう随時協議で、この国をぜひやりたい、アメリカは今こういう状態だから赤字削減で一生懸命だから、ひとつ日本はここを持ってくれと言うと、ずっと持ってきたと思うんです。
  だから、日本が行っているODAの対象国で、ちょっと今データを持ってきていないけれども、アメリカと軍事同盟を結んでいる国に対するものは非常に比重が高いんです。だから、そういうことを自主的にやってくれということを我々は非常に重視しているわけです。
  もう一つこの間広野さんにお伺いしたのは、世界銀行とIMFの構造調整です。世界銀行とIMFは発展途上国へ大変融資して、それが返せないような状況になると、それこそ物すごいリストラ計画を立ててそれを全部押しつけていくわけです。そういう発展途上国に対して世界銀行、IMFが細かな構造調整の政策を立てると、それを日本に割り当ててくるわけです。それに対してこの間広野さんは、日本はそういう際に発言していない、最近発言し出したというふうに言われた。
  発言し出す前はとにかくそういうIMFの場、世界銀行の場でやっぱり一番リーダーシップを持っているのはアメリカですから、そういうところで。それに発言しないで大体のんでいたという実態が、このごろ言い出したというんだけれどもやっぱりあるでしょう。だから、そういうアメリカの戦略援助だとか世界銀行、IMFのそういう融資計画等々の大枠の中でずっと応じていく、それを十六省庁でやっていると。
  大体今、日本の公共投資計画が見直しを迫られているように、世界一と言われるODAのこの大事な中身をそれこそ本当に自主的に原則を立ててやっていかないといかぬ。あなたの言われた技術協力問題にしろ何にしろ、それをどういうふうに我々の方針、我々の法則で組み入れていくかを見直してつくり直さなきゃならぬ状況にきていると思うんです。
  だからここでは、まずODA基本法が大事だ、国会とのかかわりが大事だ、それから一体どこが担当するか、それも一元化しなきゃならぬじゃな
いかということが長年にわたって議論されているんだけれども、外務省は、大蔵省の抵抗で、いや現状どおりでいいということが続いてきている。
  やっぱりそうじゃなくて、国家的観点に立ってその問題に取り組む必要がある。その一つの大事なきっかけはやっぱりODA基本法をつくるということで、各党一致で国会が取り組むことが一つ大事なきっかけになるんじゃないか、そう考えているんですけれども。
○山崎力君 発言者の方々に二点簡潔にお伺いしたいと思います。簡単に答えていただければと思います。
  東南アジアの経済発展の将来に関して、将来分業化が可能になるかどうかが一つの大きなポイントだろうと思います。競合しては地域的な緊張が高まるだけですし、そういった意味で、将来そういった国家間の分業化に関して我々がどこまで関与していいのかどうかという点についてお考えを例えればと思います。
  それからもう一つ、ODAに関してですが、今まで余り問題にされていなくてこれから問題になるかもしらぬというか、せねばならぬのではないかという意見が出ている点に、その対象国の人権とか環境問題、あるいは民主政治、政治形態に対することを考慮した方がよいのではないかというのと、そうではないのではないかという、ひどい言い方をすれば、日本にそうした言う資格があるのかという反論も来そうなんですけれども、我々とすればその辺をどう考えたらいいのか。結論としてケース・バイ・ケースということが浮かんでいるんですが、もしケース・バイ・ケースでないという意見があればお答え願いたいということをお願いします。

○馳浩君 東南アジアの安定的な経済発展ということでは、私はいつも一点、こればかり言うんですけれども、やっぱりエネルギー資源の安定的な供給、大量輸送の実現ということをこの域内において実現していくべきだと思います。
  私は、先ほどもちらっと申し上げましたけれども、天然ガスパイプラインの敷設、これはサハリン、シベリアのヤクーツク、中国のタリム盆地、それから中央アジアのウズベキスタン、トルクメニスタン、こちらの方にはこれから将来に向けておよそ六十五年ぐらいは使用可能な天然ガスが埋蔵されておるわけです。その開発と安定した大量輸送のためにパィプラィンを敷設することによって、域内のあらゆる国々が共通したパイプラインの管理をすることによって、私はむしろ石油依存体質、とりわけこれは中国の問題、そしてインドの問題ではありますけれども、中国も三年前から石油輸入国に転換いたしました。
  ということは、より一層中近東に頼らざるを得ないわけで、となると、海軍力の増強、近代化ということは明白でありますから、それがまさしく東南アジアの諸国に与える影響は大きいと思います。それに引きずられないためにも、私はエネルギー資源の安定的な確保ということを申し上げたいと思います。
  ODAのことについては、ケース・バイ・ケースだと私は思っております。
○今泉昭君 分業という表現は大変難しいわけですが、私はかつてのように日本が頭脳集団をもって付加価値の少ないところをどんどんアジアに移転をしていくというやり方の分業であるならば、それはもう限界があるし将来はないというふうに見ております。そういう意味で、新しい形の分業という意味で、日本はもう一度物づくり基盤の再強化ということで、大企業と中小企業の関係の見直しと、そして特に中小企業を高く売るという形の価値観、日本はこういう形での産業構造の見直しをする中でのお互いの分業体制をとっていくべきだろう、こういう気持ちを持っております。
  それから、二番目は特にございません。おっしゃるとおりです。
○赤桐操君 難しい問題でお答えになるかどうかわかりませんが、いずれにしても日本の場合には物がありませんし、さらにまた頭脳と技術力といいますか、そういった総合的なものを組み合わせていろいろとこれからの問題に対処していかなきゃならない立場にありますので、これも物によりけりで分業化も進むであろう、こういうように思います。
  さらにまた、将来の政治形態の問題、これはそれぞれの地域でみんなあると思いますので、これを余り私どもが深入りするということは、経済協力といいますか、非軍事の面における総合的な発展をしていくということについては逆になる場合がありますから、これは注意しなければなりません。いずれにしても、民主主義の発展ということについては、これはもうお互いにひとつ努力していかなければならない問題だろう、このように考えます。
○上田耕一郎君 やっぱりODAで一番大事なのは、例えばアジアの場合は非常に多様なわけなので、その国のまず農業、漁業、林業です。それから、マレーシアから日本の大田区に見にくるぐらいですから、中小企業が自主的に発展するような援助、これが一番大事で、分業という形を外から押しつけるのはやっぱりまずいだろうと思うんです。
  それから、近代的な工業をどうしても欲しがっていると思うんですが、やっぱり地球環境の問題があるわけで、発展途上国の方は、先進諸国は自分はあれだけ公害を出しておいて、さあ発展途上国がこれから工業化しようとすると、地球環境の問題で大変厳しい条件を押しつけるのはけしからぬじゃないかというような声もあります。
  だからそこの問題点も、本当に近代的な工業を自主的に、しかも地球環境を守る形で進めるというと日本なんかは特に大きな責任があるわけで、その点でこの環境アセスの法律が日本にはなかった。今度いよいよつくろうということになっていますから、これは非常に大事な問題で、日本が本当に環境アセスをきちんと持って公害を出させないやり方を進めにゃいかぬと。
  私がさっきちょっと発言したシンガポールのル・ペイチュンさんとこの間話したのは、マレーシアの日本企業で、放射能を持っているような物すごい公害を出した企業があって大問題になっているという話をされていました。そういうことがあってはならないので、日本の経済協力にはそういう点で、それこそ公害先進国で公害を抑える技術も先進的に日本はあるわけだから、大いにそういう点では援助対象国の自主的な発展と地球環境を守るような工業発展を進めるような援助が必要だと思うんです。
  それから、ケース・バイ・ケースじゃなくて、これは参議院でつくった決議の中にも、それから政府のODA大綱の中にもきちんと理念、原則がうたわれております。やっぱり人道的な観点だとか、それから軍事問題なんかはまずいという点とかがうたわれているわけです。だから単なるケース・バイ・ケースじゃなくて、ODAにふさわしい理念、原則をきっちり確立することが大事だし、これまでもその方向で進んできたんだと思うんです。以上です。
○武見敬三君 我が国のアジア太平洋地域における経済と経済協力のあり方について議論するときには、特にODAなどがその具体的手段として盛んに討議の対象になってきているわけです。ODAというのは、基本的にはDAC諸国によって設定された条件に基づく経済協力をODAと言っているだけで、このほかにも、例えば輸銀融資とかその他の方法で実際にはさまざまな資金の供与というものを途上国に対して日本は行っているわけでございます。この点に関してはもう少し間口を広げて、経済協力の実態については総合的に調査をする必要があるように思います。
  それから二つ目には、今後我が国の財政情勢の悪化や低経済成長下における国内の資金の需要というものを考えてみる限り、今後ますます国内の世論というのは対外的な経済協力に対しては厳しいものになっていくことは必定であります。
  したがって、その中でいかに国民の合意を得て経済協力を実行し、アジア太平洋における我が国の責任ある立場を確保するかというのは立法府における極めて大きな役割になってきます。そのときにはまさに私は、上田先生御指摘のとおり、その限られた我が国の財源というものをいかに効果的に実行するかという総合的な戦略を明確にし、その戦略目標というものを国民の前にきちんと提示しつつ、その手段を国民にきちんと確認をとりながら設定をし実行していく、そういう透明性の高いプロセスだろうというふうに考えます。
  この点に関して、例えば、時間がございませんから戦略的目標という点だけここで申し上げるとするならば、まず第一に、アジアにおけるダイナミズムというものを今後とも継続するわけでございますから、現状維持的な政策というものはむしろ非現実的であります。したがって、このダイナミズムに基づくアジア太平洋の変化というものをいかなる好ましい変化にするのかという考え方に基づいてその戦略目標を設定すべきであります。
  この場合の戦略目標として、私は四つあるように思います。
  その第一は、やはりこうしたダイナミズムに基づく変化というものが平和的な変化であるべきだという点について第一に設定されるべきだと思います。そして、これについては恐らくどなたも御異議はないと思います。
  それから二つ目の変化というものは、それはこのアジア太平洋に居住する人々、そして関係諸国というものが、いずれもこうした平和的な変化の中でプラスの利益を享受できるような変化であることであります。これはプラスサムの変化というふうに言うこともできるかもしれません。言うなれば、この地域における経済的な格差というものが、実は間接的にさまざまな地域の紛争をつくり出す背景にあることはもはや明らかであって、アジアのような多様な民族諸集団が共存するような地域においては、こうした経済的な格差の拡大というものは最も地域の不安定化を導くというふうに言われております。
  それだけに、我が国のそうした地域に対する経済的な協力というものも、格差を拡大するのではなくて、格差を縮小し、あらゆる国がその利益を享受できるようなそうした形にすることが必定であって、そのためにプラスサムの変化を求めることをその戦略目標の第二点に置くべきであります。
  第三点というのは、こうした経済の発展というものが、人間の生存とともに共存するものでなければいけない。言うまでもなく、それは環境であります。すなわち、こうした我が国の経済協力というものは人間社会と地球環境との共存を図るということをその目的として常に設定しておかなければなりません。したがって、三つ目には環境保全という目的がそこに出てくるように思います。
  そして四つ目に重要なことは、こうしたアジアの中のダイナミズムの中で多くの人的な交流がなされ、そして情報化社会の中でそうした意思の疎通がさまざまに国境を越えて行われる過程の中で、地球全体を包含するより新しい好ましい、人類の未来を約束するような創造的な文明を創出するような変化でなければならないということであります。こうした創造的な文明を創出するためのそうした文化的な変化の流れというものをつくることをまた同時に視野に入れて、我が国の経済協力、あるいは先ほど益田先生御指摘の技術協力というようなものが展開されていかなければならないだろうと思います。
  したがって、少なくとも最低この四つの戦略的目標を明確に持ちつつ、我が国のそれぞれの目標を達成するための諸手段というものが検討され、その中の一つが我が国の経済協力であるということになるわけでございます。
  そうした総合的視野の中で、我が国のいわば主張というものを明確にすることこそが、まさに我が国のアジアにおける自主的な立場というものを強化することになり、中長期的によりわかりやすい国として、日本が国際社会の中で名誉ある地位を占めるということになっていくんだろうと思うだけに、こうしたいわば総合的な政策立案というものが求められているというふうに考えるということをここで申し上げておきたいと思います。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  議論はまだまだ尽きないようでありますが、予定した時間が参りましたので、本日の自由討議はこの程度とさせていただきます。
  本日は、アジア太平洋地域における安全保障の在り方及びアジア太平洋地域における経済と経済協力の在り方の二項目につきまして活発な御意見を交わしていただくことができまして、まことに有意義であったと存じます。
  今後は、本日の調査会を踏まえまして、理事の皆様とも協議の上、調査テーマに沿ってさらに議論が深められまするように運営に努めてまいりたいと存じますので、何とぞ委員の皆様の御協力をお願い申し上げます。
  本日はこれにて散会いたします。
    午後五時十分散会