意見交換「アジア太平洋の安全保障について

(平成9年5月21日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(林田悠紀夫君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
  本日は、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」のうち、アジア太平洋地域における安全保障について自由討議を行います。
  本日の運営について御説明いたします。
  本日は、アジア太平洋地域における安全保障について二時間程度、これまでの調査を踏まえ、委員相互間で自由に意見交換をしていただきたいと存じます。
  また、発言に関しましてお願いがございます。
  本日も、多くの委員の方から御意見を承りたいと存じますので、前回同様、一人一回当たりの発言は五分以内に制限したいと存じます。意見交換の流れの中で、二回、三回と再発言を認めていきますので、制限時間は厳格にお守りくださるようお願いを申し上げます。
  それでは、アジア太平洋地域における安全保障について自由討議を行います。
  これまでの政府及び参考人に対する質疑、自由討議等では、中国、朝鮮半島などを初めとするアジア太平洋地域の情勢について、将来展望も含め、どのように認識し、我が国は今後いかに対応すべきかがさまざまな角度から議論されてまいりました。
  また、ARFなどの場で行われている安全保障対話、人的交流等の信頼醸成の取り組みをどのように位置づけ、対応していくべきかも議論されてきました。
  これらを一つの切り口といたしまして、委員の皆様方で自由に意見を交わしていただきたいと存じます。
  それでは、御発言を希望される方は挙手をお願い申し上げます。
○赤桐操君 それでは、ただいまからアジア太平洋地域における安全保障について、若干私の意見を申し述べたいと思います。
  太平洋戦争の終結を迎えた際の鈴木貫太郎総理が、かつて昭和二十年六月の議会で、太平洋は貿易と人々の往来のために天が創造してくれたものであり、これを軍隊の輸送や戦争の場にしてはならないとの趣旨の演説をいたしていることは御承知のとおりであります。これは、太平洋をその名のとおり平和の海、友好の海にしていかなければならないとの決意を示し、我が国の和平の意志を世界に明らかにしたものと理解されております。
  現在、二十一世紀はアジア太平洋の時代と言われるくらい、アジア太平洋地域は目覚ましい経済発展を遂げておりますが、この平和と繁栄、経済成長を継続していくために、今後どのように政治的な安定を維持していくべきかを考えるに当たりまして、鈴木貫太郎総理のこの考えを、深く私どもはもう一度きちっと胸に刻み込む必要があると思われます。
  二十一世紀のアジア太平洋の安全保障を考えますると、アメリカ、中国、日本の三カ国の関係をどのように安定させていくべきか。中国、朝鮮半島など、いまだ分裂国家のある北東アジアにどのような安全保障対話の枠組みをつくっていくべきか。経済発展と軍備近代化の著しい東南アジアにおけるASEAN、ASEAN地域フォーラムの経験を発展させていくかが大切であると考えるのであります。
  我が国は、アメリカや中国を初めとする二国間の政治、安全保障、経済、文化など、さまざまな分野における信頼関係を一つの柱として、また、ASEAN地域フォーラムやAPECなどの多国間の対話、協調をもう一つの柱として、二国間の協力と多国間の協調を調和させていくことに努力していくべきものであると思われます。あわせまして、我が国の防衛は専守防衛であること、我が国が先頭に立って目に見える形でアジア太平洋地域の軍縮に努めること、日米防衛ガイドラインの見直しについては、アジア近隣諸国から我が国の軍事面での役割の拡大と見られないよう、また誤解のないよう配慮すべきであるものと考えます。
  さらに、我が国が広い意味における信頼醸成措置の具体化に取り組んでいることを示す上からも、ASEAN地域フォーラムでも取り上げられ、また去る三月、東京で国際会議が開催されて話題となった地雷の探知、除去、被害者に対する援助について、多国間の枠組みによる協力はもとより、我が国が率先して支援していくべきではないかと考えるものであります。
  第三期の国際問題に関する本調査会の最終報告におきまして、カンボジア等における残存地雷除去のための協力を強化するとともに、地雷などによる被害者の社会復帰支援のための協力を拡充すること、特に我が国で開発された技術、機械を活用した地雷除去作業の推進に対する支援について検討を進めることを提言いたしております。最近我が国の地雷探査を専門とする民間企業において、電磁波を用いた地雷探査装置の開発が進んでいると聞いておりますが、このような技術の一日も早い実用化に向けて政府が予算措置を講じて取り組んでいくべきことをこの調査会として全会一致をもって具体的な提言としてまとめていくことができればと念願するものでございます。
  以上であります。
○上田耕一郎君 私は、森本参考人の発言のときに質問しようと思って時間が足りなくなって質問できませんでしたので、軍事同盟の問題と核兵器の問題、このことについて少し意見を申し上げたいんです。
  ソ連が九一年になくなってワルシャワ条約機構、これも解体されたので、本来なら仮想敵国を仮定して軍事同盟というのはつくられているのですから、仮想敵国がなくなったわけですので軍事同盟というのはすべて解消する、核兵器もなくすという非常に歴史的なチャンスがあの時期に生まれていた、そう思うんです。
  ところが、なくすどころかヨーロッパではNATOが東方に拡大され、ロシアとの間で非常に大きな議論が起きていることは御存じのとおりだと思います。NATOは東方だけじゃなくて域外派遣というので、中東とかアフリカまで派遣しようという動きまで生まれているんです。アジアにおいても軍事同盟がなくならない、核兵器もなくならない。アジアでは核兵器を持っておる国として、アメリカが配備しているだけじゃなくて中国もあります。それからフランス、中国などの核実験が非常に大きな反響を呼んで、日本でも抗議運動が盛んに起きたわけですね。
  ところが、核拡散防止条約というのが、あのときの会議では採決をとらないまま無期限延長ということが決められて、七十カ国ぐらいが、延長が決まったんだけれども不満、批判を表明しているというようなことになって、依然として核抑止体制なるものが世界じゅうに広まっておるし、アジアでもあるわけです。
  軍事同盟も、日米軍事同盟、それから米韓軍事同盟がありますし、フィリピンは基地を、クラーク、スービックをなくしはしたけれども、アメリカとの間に相互防衛条約を結んでいるということもあります。ただ、解散されずに結ばれているというだけでなくて、特に日米安保条約については去年の四月の日米安保共同宣言で今度拡大されることになるわけで、ガイドラインが六月上旬に中間報告されて秋には結ばれる。ガイドラインが結ばれた後、日本周辺地域ということで日米の共同の、今度は作戦計画じゃなくて対処計画となるそうで、防衛庁だけじゃなくて関係の各省庁も全部その中で新しい計画をつくるという非常に危険な状況になるわけです。
  日本周辺地域というのは一体どこかというと、これは橋本首相も本会議で国際情勢でいろいろ変動すると、そう答弁をしましたし、この国際問題の調査会で平成八年二月七日、私の質問に対して当時の秋山防衛局長は、この周辺地域というのは、「我が国の安全保障に重要な影響のある事態が発生する地域」、「具体的に起こってみないとそこはどこまで入るかはわかりません」と、そういう答弁をこの調査会でもしております。大体中東からヨーロッパまで入るだろう、地球は狭くなっていますから、日本周辺というからそこら辺かと思うと、地球全部が入るような、そういうとんでもないところに広がっていくわけです。そうなると、これはやっぱりアジア太平洋でむしろ脅威がこれによって生まれると思うんです。だから、アジアにおける脅威、核兵器の存在とそれから軍事同盟の拡大強化、こういう脅威があるわけです。
  五月十七日の毎日新聞に、中国社会科学院日本研究所副所長の蒋立峰氏は、この安保問題で非常に厳しい批判をしています。「なぜ冷戦が終わった今、安保を再定義し、この地域の駐留米軍を維持しようとするのか。それは、米国が冷戦時代の発想から抜け出せず、唯一の超大国として、アジア太平洋での覇権を目指そうとしているからではないか」。日米両国が安保の対象範囲の拡大をもしするとに答えて、「仮にそうなると、中国も防衛力の強化を図らねばならなくなるかもしれない。新たな軍備競争の時代が始まる可能性もあるだろう」と、こう中国の副所長が発言しているわけです。
  森本参考人はあのときに、この問題は非常に大きな問題だと言われて、こう言っているんですね。オーストラリア、韓国などと日米同盟を軸に協力体制をつくり上げられるかもしれない、これは日米同盟の広がりを意味し、日米同盟が緩やかな集団安全保障へ発展していくことを意味すると。
  これは、私は全く間違っていると思うんですね。集団安全保障体制というのは軍事同盟と対立する概念なんですから、軍事同盟にオーストラリアや韓国なんかつながっても集団安全保障体制なんかに全くならないもので、だからあくまで国連憲章五十一条に基づく個別的、集団的自衛権に基づく軍事同盟なんです。それが地域的にいろんな国が全部入ったとしても、これは形はちょっと集団安全保障に似てはいるけれども本質は全く違って、危険な軍事同盟だと思うんです。
  だから、NATOについては有名なジョージ・ケナンが、NATOの東方拡大について、「端的にいえば、NATOの拡大は冷戦後の米政策のりちでもっとも致命的な誤りとなるだろうということである」と、ニューヨーク・タイムズの二月五日付でこういう厳しい批判をしたんですね。
  なるほど、NATOが広がりますとどうなるかというと、例えばポーランド、チェコなど三カ国が入るだろうというんだけれども、入ると、今までソ連製の兵器で装備していたのが今度はアメリカ製の兵器に変えなきゃならぬ。軍事費は二倍になるというんですね。だから、軍縮どころか軍備拡張になるわけで、そういうことがNATO、ヨーロッパでも広がっているけれども、アジアでも日米軍事同盟が拡大されている。
  これに対して、中国、韓国なども非常に批判しています。それからベトナムも、日本経済新聞が今度主催した「アジアの未来」のシンポジウムで、グエン・マイン・カム外相は、この日米安保条約問題で聞かれて、アジア地域内外の大国を初め各国のすべての活動が平和と発展の趨勢に合致するなら完全に支持するし、合致しないか害をもたらすなら支持することはできない、こういう態度表明をしていまして、拡大に対しては、ベトナムも今度はASEANに入りましたけれども、拡大するならやっぱり支持しないという態度表明をしているわけです。
  そういう点では、アジアの情勢で北朝鮮の問題、台湾海峡の問題等々、これが危険だとアメリカの側はいろいろ言っていますけれども、そういう危険性は全くないとは我々は言いませんけれども、実は最大の危険は、本来解消すべき軍事同盟を、解消するどころか逆に拡大強化している、ヨーロッパでもアジアでも。これが新たな軍事的緊張、軍事的対立あるいは軍拡、これさえ生み出しかねないという状況があるわけです。その意味では私は、アジア太平洋地域の一番の脅威はこの日米軍事同盟の拡大強化、アジア太平洋地域、日本周辺地域への拡大強化で、自衛隊がいよいよ海外へ出ていこうとする状況にあると思うんですね。
  その意味では、アジアの平和、安定のためには、唯一の被爆国である日本は先頭を切って核兵器をなくす運動を強化しなければならないし、日米軍事同盟も廃棄する、これは安保条約十条に基ついて国会が決議すれば一年後に終わるわけですから。そういうことで、核兵器もない、軍事同盟もない世界の先頭に日本が立つべきだと、そう考えます。
  以上です。
○板垣正君 対極的な御意見を申し上げます。
  私は、この安全保障問題については、我が国の基本理念、基本政策、これをより明確化すべきではないのかとまず思うわけであります。
  つまり脱戦後体制といいますか、冷戦が終わりましたけれども、日本がまとっております戦後体制、言ってみれば一国平和主義、そういう姿とい
うものを、大きな転換点の中で日本みずからが主体的に、国際環境の中で積極的にこの平和政策を展開していく、各国とまさに共生共存の立場で取り組んでいくという意味合いにおける理念なり政策を明確化することが必要であり、それに伴う国民の意識も変わってこなければならないのではないか。
  そういう立場で、第二としては、やはり私は日米安保体制はあくまで堅持すべきであると。極端に言えばこの日米安保体制は、ある意味における冷戦時代のそのままのものが残っているという見方も成り立つと思う。しかし、それが残っておるゆえんのものは、やはり冷戦後のアジア情勢、特に東アジア情勢が極めて不安定であり不透明であり、現実に朝鮮の問題があり台湾海峡の問題があり、あるいは南沙の問題があり我が国尖閣の問題があり、中国の未来の問題がある。こうした不安定、不透明な要素、そういう中で、ある意味におけるバランス・オブ・パワーと申しますか、そういうものが作用している地域における姿として、この日米安保体制が新しい装いのもと、つまり日米の新しい共同宣言、新しき意義づけの中で位置づけられ、またアメリカにおいてもそうした立場でその意図を鮮明にしていることは改めて申し上げるまでもないと思うのであります。
  今までの、現状の安保体制というのは、余りにもアメリカ依存、余りにもすべてアメリカに任せるといいますか、だからアメリカの権威ある論者の中には、結局日米安保体制といっても有事の際には張り子のトラではないのか、今の姿では最低のレベルにおいても有事において日本は機能が発揮できないんではないのかと、そういう論評、意見もあるほどです。
  関連する今のガイドラインの問題にせよ、こうした問題も、やはりそういう立場に立って、私は、憲法の問題なり歴史認識の問題なり外交姿勢の問題なり、今までのような、何といいますか情緒的な、過去を反省する名のもとで余りにも情緒的な、余りにも自虐的、消極的な、そういうところから脱皮をして、やはり積極的に、国際社会の責任ある一員として、そしてまた日米同盟関係というものを基軸としながら、ある節度を持った防衛体制をとっていくということが極めて意義のあることと思います。
  中国についてですけれども、やはり中国というものに対しても、情緒的なものを抜いて冷静に、しかも中国の歴史というものにさかのぼって、中国という国は一体どういう国だというふうな面からも分析しなければならない。
  毛沢東の二段階論というのがあるんですね。毛沢東の戦略の根幹をなす二段階論。これは、第一段階の戦略的に守りの段階と、戦略的に攻めの段階の二段階、これがいわゆる統一戦略方式と言われる。これは顧みますと、第二次大戦における中国共産党がついに政権を奪取したという、これもまさにも沢東戦略に基づいて目的を達したということが言えるわけであります。
  そして、現在この中国において、中国のしたたかな外交戦略を見ておりますと、アメリカの覇権を非難する、日米安保体制に対していろいろ言う。そういう中で、アメリカを孤立化させる、日本とアメリカを離間させる。さらには日本に対しては、また軍事大国を目指しているとか軍国主義復活を目指しているとか非常な宣伝を加えながら、教育問題とか靖国問題にも内政干渉を加えながら、結局は在日米軍基地の縮小あるいは日米安保体制の解消、そういうところまでの大きな戦略にのっとった統一戦略を現在展開しつつある。
  これが江沢民を先頭とする、最近、ヨーロッパとの関係あるいはロシアとの関係、あるいは今度のフランスの大統領を呼んだあの関係、あるいはアジアの国々をきめ細かく歩いている、アフリカまできめ細かく歩いている姿、こういうところに彼らの戦略というものを冷静に見きわめていかなければならない。
  そして、今の中国がとっている基本方針は、総合国力の充実ということであります。総合国力の充実、これは当然軍事力を含めたものでありますし、経済力も含めたものでもあります。これを支えるものは、既に共産主義イデオロギーではなくしてナショナリズム、愛国心、精神主義の強調。
  こういうことで、特に近海防衛戦略、海軍力の増強、近代化に力を入れていることは、海軍の新しい司令官が、二十一世紀は海洋の世紀である、中国にとって海洋は資源の宝庫であり、我々は九百六十万平方キロの陸上の領土と数百万平方キロの領海を抱いているんだと。したがって、この海洋権益の確保、こういうことについては、これが二十一世紀の大きな目標として海軍の近代化が図られている。二〇一〇年にはアメリカと対等に対決するというくらいの方向に進んでいるという分析もあるほどです。
  こういう姿を我々は冷静に見ながら、かつそういう中でいかにして日中間の安定を図っていくか、あるいは日米中の関係を築いていくかという積極的な姿勢が肝要ではなかろうか。いわば、アジアにおけるASEAN地域フォーラムの機能というものは極めて評価されておりますし、私も評価をいたします。
  しかし、いわゆる日米安保をやめて多国間の安保体制にいくべきだ、多国間の仕組みをつくるべきだという、これは時間をかけて追求すべき課題ではありましょうけれども、すぐに実現できるものではない。アジアの場合は、むしろアジア流の協調的安全保障といいますか、あくまで対話と協調で、話し合って紛争を未然に防止する、あるいは相互理解を深めていく、信頼醸成措置をつくっていく、これはある面で正しい方向ではありましょう。しかし、協調的安全保障の欠陥というものは、万一そうした予防が破綻をした場合、失敗した場合、紛争が起こった場合、紛争を阻止するだけの体制なり仕組みというものを持っておらない、こういう点においてはやはり限度があると言わなければならない。
  そういう意味合いにおきましても、対話と協調、信頼醸成措置を一つの基幹にしながら、かつ日米安保体制の意義づけというものを我々は積極的に受けとめて、さらに我々の脱戦後体制の中で取り組むべきであろう、こう思うわけであります。
  なお、先ほど御提言のございました地雷の問題、カンボジアの地雷除去ですね。これは趣旨としては極めて結構なことであると思いますが、例えばこの地雷の問題でも、では地雷の除去の技術を外に出すということになりますと、すぐ武器輸出三原則とか憲法問題とか、こういう論議にまたいってしまう。こういう憲法の制約なり武器輸出三原則の制約というものがいろんな形で時代にマッチしなくなっている、こういう一つの問題点もあるということをつけ加えて申し上げておきたいと思います。
  以上です。
○益田洋介君 先ほど上田先生から日本周辺の領域という定義づけに注目したいというお話がありましたが、四月十七日、日米安保特別委員会におきまして、私は、日本有事の際の日米安全保障の対象となる範囲ということで質問をいたしました。
  その際、外務大臣は、竹島については我が国固有の領土であり、一体不可分の施政権を我が国は有するものであるが、施政権下にないので、日米安全保障条約の中に言うイン・ザ・エリア・アンダー・ザ・アドミニストレーション・オブ・ジャパニーズ・ガバメント、ちょっと発言は外務大臣よくなかったんですが、という適用がなされないから日米安全保障条約の対象にはならない、こういうふうにおっしゃったので、それはお間違いでございませんかと。施政権が残念ながら行使できていない状態だけれども、竹島というのは立派に日本の固有の領土であり、かつまた一体不可分の施政権下にある、そのように訂正をしないと、これはいわゆる占拠状態であるということを日本の政府がみずから認めるようなことであるならば、これは領土の移転ということになるので日本の領土でなくなっちゃうんですよ、こういうお話をしましたらば明確な回答はなかったので、時間がもったいないので別の質問に移らせていただきましたが、この場所で私はこのことをもう一回確認をしておきたい。
  竹島は日本の固有の領土であり、かつまた一体不可分の日本の施政権を有するものである、施政下にあるんだ、しかし現状では、政府が、また外務省が腰が引けているから施政権を行使することが実態的にできなくなっているんだ、こういうふうな解釈をしていかないとこれはとんでもないことになりますよと。竹島がこういう状態になって政府がそういうふうな見解を明言しているのであれば、尖閣列島だって同じことになる。そんなことをしたらどんどんどんどん領土がなくなっていってしまうじゃないですか。
  それでさらに、竹島についてはそういうことで占拠状態にあって、日本政府はどういうわけか中国とか韓国に対しては外交的に非常に弱腰であるから、強くそれを申し入れることができないのであれば、竹島の今の不法占拠状態を解除するべく、自衛隊がPKFだとかPKOだとかとなかなか出ていけないのであれば日米安保条約に基づいてアメリカ軍に援助を求めるべきである、こういう提言をいたしましたが、残念ながら色よい返事が得られませんでした。
  私はあえて、周辺地域という広い範囲で物を眺める前に、日本の有事ということについてもう一回きっちりとした考え方を持って政府は外交を進めていってもらいたい、そのように強く痛感している次第でございます。
  それからさらに、橋本総理がアメリカ訪米の帰りにオーストラリア、ニュージーランドを訪問されたわけですが、東アジアはともかくとして、これからパシフィック地域の安全保障、太平洋地域の安全保障につきましては、当然のことながら、韓国を初め台湾それからオーストラリアといった諸国との協調体制を、緩やかな協調体制というんでしょうか、日米安保のように完全にバインディングするようなものでなくても進めていかなきゃいけない状況にある。
  私は、昨年オーストラリアへ行きましたときに、新任の外務大臣また防衛大臣と会って意見交換をいたしましたが、その際、オーストラリア側としては米豪の共同訓練、軍事訓練はこれからも大いに進めていきたい、このように明言しております。
  それで私は、日米もさることながら、米豪、それから日豪というふうなトライアングルをこれから発展させていく必要があるということで意見を申し上げました。そうであるならば、お互いに相互補完的に協力体制を進めていくという意思があるならば、オーストラリア政府に沖縄にある日本の基地の移転、特に実弾射撃、県道一〇四号越えの訓練などをオーストラリアの領土でさせてもらえないかと。日本の二十倍も広さのあるオーストラリアでございますし、その反面人口は六分の一ということでございます、大いにそういうことは受け入れていただいてよろしいんじゃないか、それが真の意味での緩やかな軍事協調関係の一端になるんじゃないかと提言をいたしました。
  そこではもちろん確答は避けられておりましたが、これからやはりこういうことも、沖縄の負担を減らすと今政府が、橋本政権が言っているわけでございますが、それを今度は本土に移転するとか、あるいは普天間は撤退するけれども嘉手納の沖に持っていくんだというような、結局たらい回しみたいなことばかりしていないで、やはり日本政府としては堂々と、アメリカを通じてでも結構ですが、オーストラリア政府にそういった意味での沖縄の負担の軽減のための協力というのを申し入れていくべきではないか、そのように考える次第でございます。
○齋藤勁君 前に御発言のあった方とつながりが必ずしもないかもわかりませんけれども、私なりの感想と、一点意見を述べさせていただきまして、また皆さん方の見識のあるところを聞かせていただければというふうに思います。領土問題につきましても私個人の考え方がございますが、ここではちょっと避けさせていただきます。
  いずれにしましても、総じて共通するこのアジア太平洋地域の安全保障ですけれども、きょうも中国の評価等に触れられた御意見もございました。一つはこの強大な中国が今の江沢民体制でどういうふうに動いていくのかということや、朝鮮半島の平和的統一を願うわけですけれども、これがソフトランディングにどういうふうに動いていくんだろうか。そういうことが、我が国を含めまして周辺諸国からサポートしていくわけですけれども、こういう具体化への道筋、そしてまた経済発展と並行いたしまして、著しくという表現を使っていいのかどうかあれですが、軍備の近代化を進めている東南アジアの各国の動向がいろいろあろうかというふうに思います。
  もう一つ、先般の経済問題を中心にしての議論もございましたけれども、非常に経済のグローバル化が進んでいるということで、大競争時代がまさに到来をしているということで、それぞれの国が経済的な繁栄やあるいは国民生活の安定向上を一つの国家目標としてお互いに市場や資源を提供し合うということで、非常に経済的な相互依存関係が深くなっているわけです。むしろこれは、もはや武力行使ということについてはもう引き合わなくなってきているというふうな指摘というのが私は適切ではないかなというふうに思います。
  いずれにしろ、我が国としまして、日米安保体制の堅持、自衛隊を骨格とする限定的な防衛力の整備という努力がこの基本的な枠組みとしてございます。もう一つは、ASEAN地域フォーラム、多国間の枠組みによります信頼醸成、そしてまた何よりも予防外交ということが積極的に伴わなければならないわけであります。このことがアジア太平洋地域の平和と安定を図っていくということも多くの参考人の方々の共通した見解としてあったんではないかというふうに思います。
  タイのプラサート参考人でございますが、東南アジアというのは歴史の教訓に学んで大国間の覇権争い、隣国間の対立を回避するためにASEANを設立した、ASEAN地域フォーラムを初め多角的さらには非軍事的なアプローチを追求しているんだ、東南アジア諸国の米軍のプレゼンスに対する認識は中長期的には薄まっていくというふうに思う、こういうプラサートさんの御発言があったというふうに思います。
  もう一つは、中国、韓国、東南アジアの軍備の近代化ということと、それとやはり経済発展が伴ってくることでの危惧、ナショナリズムをどのようにセルフコントロールしてもらうかということ、そんなこともこれからの検討を深めていく課題ではないかというふうに思います。
  私は、例の先般の駐留軍特措法の問題で、いろいろ特別委員会でもあるいは所属する委員会でも何回か提起をさせていただきましたけれども、沖縄県の米軍兵力の見直し、米軍基地の負担を緩和していくんだ、兵力を削減していくんだということについて相当、大方の議員の方々の御発言もございましたし、改めて今、アメリカの国防計画の見直しが俎上に上っております。
  日米安保体制についてこの沖縄県を最大の焦点とし、あるいは神奈川、長崎、山口、青森と全国に米軍基地の展開をしているわけですが、このことについてどう位置づけ、あるいはこの沖縄と同様の兵力削減という方向での見直しを図っていくんだということを、こんなことも検討の大きな課題が我が国としてあってもいいんではないかというふうに私は思います。これはまた、いろいろ多方面な意見もあると思うんです。
  私も短い期間の中でアメリカにも一、二度行ったことがございますし、行ったことのない国も、非常に政府の外に軍事問題というんですか平和問題と申しましょうか、戦略研究所というのが非常に活発に動いている。こういうことを実は目にしておりまして、大変ある意味では頼もしく思いましたりうらやましく思っております。ここまでの前段は私自身の見解といいますか意見表明なんですが、ここら辺から具体的な提言と御意見をいただきたいと思うんです。
  スウェーデンのストックホルム国際平和研究所、こういうのがあるので、もしこの国際平和研究所について御承知の方がいらっしゃいましたら御意見を出していただきたいと思うんですが、こういったような研究所を設立していく。そして、このアジア太平洋地域の安全保障のあり方、さまざまな意見があろうと思うんですが、平和研究、軍備管理・軍縮、こういった研究や推進をする機関というのを、民間でもあることはありますけれども、例えば国会のもとに設立をするということは可能なのかどうかということです。
  こういうようなことを例えばこの国際問題調査会から、国際平和研究所等、他国のいろんな事例を見習った中で設置をしていくということについては、共通の認識にならないんだろうかということをぜひまた皆さん方の御意見をいただきながら抱負化していただければありがたいというふうに思っております。
○笠井亮君 この間の参考人質疑等を通じまして、アジア太平洋地域における米軍のプレゼンスといわゆる十万人体制の是非をめぐって議論があり、焦点の一つになったと思うので、私はこの点に限って意見を表明したいと思うんです。
  今月十九日に公表されたいわゆるQDR、ここに持ってきましたけれども、四年ごとの戦力見直しの報告が米国側から出されまして、その問題点が私は非常に明確になったんじゃないかなというふうに感じています。このQDRでは、世界は引き続き危険で極めて不確実ということで、核兵器を含む世界最強の軍事力を維持して、世界で同時に起こる二つの地域紛争、これを戦って勝利するといういわゆる二正面戦略を基本的に維持する方針を打ち出して、兵力については百四十万と言われているようですけれども、この現役兵力のうち削減は六万人にとどまって、二十一世紀に向けて全世界で米国が関与し続けるために欧州とアジア太平洋地域のそれぞれ双方に約十万人の兵力を維持するということを明記している中身になっていると思うんです。
  今回の報告がいみじくも二正面戦略というのを米国の指導力の必須条件というふうに強調して、コーエン国防長官が唯一の超大国にとどまる以上どちらかを放棄するわけにはいかないというふうに述べているところに、私は米国の本音があらわれているんじゃないかなというふうに感じているところです。
  振り返ってみますと、ソ連崩壊後、米国は明確な敵を失って、かなりの期間敵探しということで苦労をしてきた。そういう結果として、調査会の中でも鷲見参考人が指摘されておりましたが、イランとかイラクとか北朝鮮、リビアなどの「ならず者国家」の脅威論ということを挙げて、それに対応する二正面戦略であり、不安定、不確実まで持ち出して、だからアジア太平洋地域の十万を含む世界的な百四十万とか百五十万の米軍が不可欠だという理屈をつけてきたという経過があったと思うんです。
  しかし、今日に至るこのような検討の経過と結果というのは、結局のところ、どういう敵あるいはどういう脅威があるからアジア太平洋に十万人というものではなくて、米国自身のいわば市場志向の国益の立場から、世界最強の常時軍事体制が先にありきということで、国外二十五万、アジア太平洋にもそのために十万ということを割り振ってきた。敵は北朝鮮やイラクであろうと、あるいはコーエン長官が言っているような突然予想もっかずに生じるかもしれない未知の新しい危険だろうとどうでもいいと。要は、米国はどこでも好きなときに攻撃できる体制づくりだということを物語っているんじゃないかというふうに思うんです。
  実際調査会でも、田岡参考人のリアルな事実に基づく北朝鮮や中国脅威論に根拠がないという話に私は説得力を感じましたし、アメリカの政府当局者自身が朝鮮半島統一後も東アジアに十万大規模の兵力を維持する等の発言をしていること自体が、北朝鮮脅威論を言いながらも実はそれが米軍のプレゼンスの根拠になっていないことを示しているんじゃないかというふうに思います。
  こういうような米国の国益に立つ十万人体制を支える役割を、我が国政府が日米安全保障共同宣言に基づいて一層積極的に果たそうとしていることが、私は大きな問題だというふうに思うわけであります。特に米国自身が、さきの国防報告だとか今回のQDRでも明らかなように、戦力は維持しつつ歳出は切り詰める、軍事の近代化を図るという立場を今とっているようですけれども、その立場から同盟国にはより大きな責任分担を求めていると。そして、それにむしろ積極的にこたえようとしているのがガイドラインの見直しであり、そして財政破綻が叫ばれる中での思いやり予算などの寛大と世界からも評価される受け入れ国支援だというふうに思うわけであります。
  その点で、今年度の予算で日本側が負担する在日米軍の駐留経費が、最近の外務省のまとめを見ましても六千四百十五億円ということで、前年度当初予算比で〇・四%増、そのほかSACO関連を含めて、六十一億円がSACO関連ですから、合計で六千四百七十六億円ということになっているわけです。米軍基地の重圧に苦しむ沖縄県の予算よりも二百八十億円上回っているという状況にあるということを直視して、やっぱり今こそガイドラインの見直しの中止とともに、いわゆる財政再建の中で在日米軍の駐留経費も聖域にしないでどう削減するかを具体的に検討すべきだし、一方でアメリカは財政の問題を大きな理由にしながら国益の立場からやっているわけですから、日本としてもきちっとそこに切り込んで、まず地位協定上の義務のない思いやり予算は全額削除するということをすべきだというふうに考えるわけであります。
  以上、述べてきましたけれども、アジア太平洋地域の現実をやはりリアルに見て、四万七千人の在日米軍を含めて、今プレゼンスの根拠をいわば示し得ない米軍を撤退に向けて本格的に削減する方向で米国と協議をすることこそ、アジアの一員としての日本の役割でないかという点を大いに今後も議論を深めていきたいと思っているところです。
○山本一太君 先ほど齋藤委員のおっしゃった戦略研究所といいますか、平和研究所の話はやっぱり一度いろんな検討を重ねる価値があるかなと思って伺っておりました。今、林委員とも話して、フォーレストインスティチュート、林研究所をつくったらどうかとか、いろいろ話していたんですが、どういう形でシンクタンクをつくるかということについてはいろんなオプションがあると思うので、またぜひそれはいつかじっくりといろいろ議論をさせていただきたいというふうに思います。
  いろいろあるんですけれども、一つだけ私が安全保障の問題で気になっていることを簡単に申し上げたいと思うんです。四、五日前の産経新聞か何かだったと思いますけれども、例の北朝鮮のミサイルのノドンの射程距離が実は千キロではなくて千三百キロだったという記事が出たのをちょっと記憶しているんです。この情報のもとはアメリカの国防総省でいろんな衛星からのデータ等の解析で、実は北朝鮮のミサイルは千三百キロ届くんではないかという情報に基づいたというふうに聞いているんです。千三百キロということになると、日本の主要な部分が北朝鮮のミサイルでカバーされることになるということで、かなりゆゆしき事態ということになると思うんですが、久間防衛庁長官はこれについては確かな情報ではないというような意味のことをおっしゃって、余りはっきりとした情報ではないやにとらえたようにも聞いておるんです。
  その北朝鮮の問題で、いつも中国のことばかりなのでちょっと北朝鮮のことについてお話ししたいと思うんですが、今もうアメリカの専門家とかいろんなところでは、統一朝鮮、朝鮮半島の統一国家ですね、これが果たしてどういう国になるだろうかという議論が本格的に始まっておりまして、これが果たしてプロ中国の国になるのか、それともどちらかというとこちらを向いた国になるのか。どちらかというと中国にシンパのある国になるという意見もいろいろありまして、それは地理的なものもあり、また両班制度なんという歴史的な背景もあって、どちらかというと北朝鮮のエリート階層というものは中国から学んできた方々が多いというようなこともあるんです。
  やはりこの朝鮮半島にできるであろう統一国家がどのような形の国家になるか、ここら辺のところは、ぜひまたこの国際問題調査会の中でもアジア太平洋問題を考える上で、一度機会を設けていただいていろいろと議論をする価値があるのではないかなというふうに思います。これは日本の外交戦略、日米安保体制にも非常に微妙にかかわってくる問題ではないかなというふうに思いますので、その統一国家、朝鮮半島の統一後の国家の分析といいますか、それに対処する日本の外交等のオプションについてきちっと一度議論をする機会をぜひこの国際問題調査会で設けていただきたいということだけ申し上げたいと思います。
○魚住裕一郎君 私は、もちろん脅威、脅威ということも大事でございますが、やはり信頼醸成をどのように推進していくかという観点から申し述べたいと思います。
  先週の土曜日ですか、ロシアのロジオノフ国防相と久間防衛庁長官との会談がありました。その中で、日本側の説明ということで合意点を三点言っておりました。
  それは、日ロ間の防衛交流の拡大策として、一つは局長級の協議の定期化、二つ目が信頼醸成措置などを検討する作業グループの設置、三つ目が六月末のロシア艦艇の東京訪問、この三点について合意したという新聞報道でありました。信頼醸成を推進するという意味では評価し得るものではないかなというふうに思っております。
  この調査会における森本参考人の指摘によれば、いろんな冷戦後の安全保障については、安全保障の対象である危険について広がってきていると。今までの軍事的な脅威だけじゃなくて、価値観の相違であるとかあるいは食糧とかエネルギーの不足の問題が対象になっていると。また、主体についても、国家ばかりではなく、地域的な安全保障、あるいは人間の安全保障、個人の安全保障というふうに広がっていると。また、手段についても、国家の外交、防衛に加えて、経済あるいは科学技術、環境、エネルギー、総合的な政策を持つようになっていると。さらに、予防防衛あるいは予防外交といったような未然に不安定要因を除去する努力が重要であるというふうに私も思っております。
  このような立場から、我が国も日米安全保障条約のもとで節度ある防衛努力を行う、これとともに中国、韓国、東南アジア、近隣諸国との友好協力関係を大切にしていくということが大事ではないか。それとともに、ASEAN地域フォーラムなど多国間の場で信頼醸成、予防外交に努めるべきであるというふうに考えております。
  このARFでは、安全保障対話、防衛交流の活発化、あるいは国連の軍備登録制度への参加の促進、国防政策の透明性の向上、こういうふうに地道な努力が払われておりますけれども、この透明性の向上という点でいえば我が国も防衛白書をつくっております。各国ともに防衛の現状や防衛政策をオープンにするように我が国も一層働きかけていくべきであろうというふうに考えております。
  特に、昨年ですか、我が国の防衛研究所で「東アジア戦略概観」というものを初めて発刊いたしました。東アジア軍事情勢を概観し、安全保障をめぐる環境について相互理解に努めようとしている点は高く評価すべきであると考えております。これは日本語版だけではなくして、英語版、ロシア語版、中国語版、韓国語版というふうにつくって、各関係機関に配付しているようでありまして、このような地道な努力は評価し得ると思います。
  さらに一歩進んで、平成四年、日本の外務省とロシアの外務省が日ロの言語を使った「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集」というものをつくりました。こういうような発想のもとで東アジアの国々がお互いの国防政策というものをお互いにオープンにしながら「東アジア戦略概観」というものをつくっていけるように努力を払うべきではないだろうかというふうに考えております。
  以上です。
○武田邦太郎君 この問題につきましては、もうこれまでの会合で発言したこと以上のことはまずないのでありますが、特に強調したいのは、これもたびたび申し上げることでありますけれども、戦争の歴史とか防衛の手段について人類が核兵器を持ち始めたということで、これまでとは全く異質の時代に入っているという理解をまず持つべきではないか、こういうふうに思います。今直ちに核戦争が起こるという公算は、米ソ冷戦期のようなことはまずないわけでありますけれども、科学技術の異常な躍進、特に核兵器を持ち始めた国々の異常なこの問題に対する努力の傾注を見ますと、核兵器が我々の予想以上に早く前進するというふうに考えた方がいいんではないか。
  特に、日本の周辺でいえば言うまでもなく中国の核兵器でありますが、最近の情報によりますと、中国とロシアとの軍事的提携がいよいよ密接になると。当面の情報では、中国がロシアから二隻の最新鋭駆逐艦を輸入したというのですね。そのタイプは忘れましたけれども、それは明らかにアメリカの航空母艦及び航空母艦を防衛する艦船群に対して致命的な打撃を与え得る核ミサイルを装備しているということです。これは明らかにこの前の台湾の問題をめぐって、急速アメリカの空母が二隻台湾近海に出動したということに応じてとられた応急の措置らしいのでありますけれども、アメリカ側はその駆逐艦の輸入に敏感に対応して、これは台湾をめぐってアメリカの軍事力出動に対する中国の一つの牽制であるし、これから先の軍事拡大の最初の一石だ、こういうことを言っているようであります。
  これで私が痛感しますのは、今のところアメリカは圧倒的に中国を引き離しておりますけれども、追っかける側から言えば、やはり追っかけられるのよりはスピードアップするということは常識的にうなずけるわけで、いつまでもアメリカが中国よりも現在以上の格差を持って前進し続けるということはちょっと想像できません。地球世界に限りがある以上、これは文明の進歩が地球を小さく狭くするのと同じように、ある程度の軍事力があればアメリカと言えども共倒れ以上のことはやれないような状態になりかねない。
  我々は、眼前の今の状態だけ考えるのではなくて、そういう状態で片方が軍事力で新しいプラスをすれば片方はもっと余計行こう、片方がそこまで行けばまた片方はより強大なものを持とうということになりまして、最後に行き着くところは共倒れということは、これは軍事専門家がたびたび警告したわけでありますけれども、そういうことは私はアジア太平洋と言わず全地球的に現実問題として十分考えなきゃならぬ問題だと思います。今の二隻の駆逐艦は大したことないように見ることも可能かもしれませんが、そういう意味で考えると簡単に見過ごせない一つの現象だというふうに思います。
  そういう意味で言えば、安全とか平和とかを武力によって守るということは人類始まって以来ずっとやってきたことであって、にわかにこの考え方を解消するということはまず至難中の至難だと思いますけれども、もうそういうことで軍事力によって安全や平和を守ることのできない時代に入っていると。結局、英知とモラルによってお互いの安全を、自分のみならず自分を敵対的に見るような相手に対しても、武力によらないでモラルと英知によって平和環境を構築するということが、つまり端的に言えば安全を守り平和を守る唯一の手段になってしまったとは申しませんが、なりつつあるということが今日の人類の歴史の段階ではないか、こういうふうに思います。
  特に、こういうことは力の強い国はなかなか賛成しにくいものでありまして、現にアメリカが世界をリードするのに、私などが夢見ておりますよ
うなモラルと英知、米国は現に非常に高いモラルと英知を持っておるわけです。しかるに、それを前面に出さないでむしろ軍事力を先に出してくるという傾向がありますのは、アメリカとしてはまことに無理のないことであります、実力があるんですから。
  ですけれども、それがアメリカのためにもなっていないということは湾岸戦争を見ればわかります。圧倒的な軍事力によって勝利を得たように見えますけれども、それでは湾岸諸国はアメリカに対して敬意と信頼を持ったか、逆ですね。アメリカに対する反抗精神をイラクなりイランなりはいよいよ持ちまして、あの時点ではむしろアメリカに親しい感じを持っておったサウジさえも、どうもアメリカという国は腕っぷしばかりに物を言わせてというように反感を持ち始めたという形があります。
  こういう状態に対して、あの地帯での石油に非常に依存している日本が、アメリカのこういう軍事力主体のリーダーシップを確保する世界戦略のやり方を黙って見ておるのがアメリカの親友として正しい態度であるのか。それとも、イランなりイラクなりあるいはサウジなり、あのあたりの石油国の本当の安全を期するために、アメリカが現に持っているモラルとか英知をもっと活用することができないのかということを忠告するのが、本当に親友であればむしろ日本のとるべき態度ではないかというふうに思うんです。
  これはもうどなたがごらんになっても、何をそんな甘っちょろいことを言うのかと、世界の現実はそんなに甘いものじゃないと言われることは十分予想しておりますけれども、武力によってはもう物事は解決しない時代に入りつつあるということからいえば、それしか方法がないというふうに思います。
  確かに北朝鮮は、アメリカが言ったならず者の国ですか、というようなことで、普通の扱いじゃだめだというような中に北朝鮮やイラクなんか入れておるようであります。確かにアメリカはそういうのは無理はないとは思いますけれども、より以上に大人になって、積極的にもっと仲よくしろと、それがおまえさんの方の本当の幸福だよというようなことを繰り返し問題あるごとに呼びかけるということが大事じゃないかと思います。
  そういう点にかけては、現在、北朝鮮とアメリカと韓国とが話している、近く中国が参加すると。こういうときに日本は、まあそれは日本人が拉致されたとか、あるいは日本人妻の問題があるとかいろいろありましょうけれども、そういうことでずっと後ろの方に控えて何も発言をしないということが本当に日本としては正しい姿勢であるのか。おれにも発言させてくれとか、おれも見ておれないんだから北朝鮮と接触したいとかいうような平和的な、もっと進歩的な前向きな姿勢を日本がとることこそ北朝鮮に対する我々の正しい態度ではないか。あの国の現状ではなかなか言いにくいことでありますけれども、むしろ権力者以上に向こうの国民大衆を相手にして日本が北朝鮮に積極的に接触していく、こういう姿勢があっていいじゃないかと思います。
  大変まとまりのない話ですが、時間が過ぎましたので。
○武見敬三君 アジア太平洋の安全保障を考えるときの情勢認識の大きな枠組みをやはり設定しておく必要があるだろうと思うんですが、この場合に、二十一世紀初頭における大きな要因というのは、中国という国がいかなる大国になっていくかという点にあるだろうと思います。この点は、ハーバード大学でかつて中国研究の権威として認められておりましたジョン・K・フェアバンクが従来より述べておりましたチャイニーズ・ワールド・オーダー、中華帝国秩序というモデルで見ることが一つの大きな視点を提供してくれるように思います。
  これは、中国における王朝の交代期というのは中央集権体制が弱体化して、その結果として周辺の少数民族が独立をし王朝としての統治領域が縮小化する。他方で、王朝が安定化しその中央集権体制が強化されていくとその支配領域が拡大をしていく。こうした王朝の交代を一つの尺度としながらアジア全体の秩序を見る、そうしたモデルをフェアバンクは提示したわけであります。今日の中国の状況を見る限りにおいて、それは明らかに新しい王朝がより安定し大きな形で定着をし、その影響力を拡大する基調にあるというふうに私は理解ができるだろうと思います。
  そこで、その影響力を拡張し拡大していく上でのいわば基本になるイズムは何かということになりますと、それは明らかに中国における漢民族を中心とした民族主義ということになるだろうと思います。この民族主義に基づくその影響力の拡大というものを志向する中国という国家をどういうふうに解析するかという必要性が今度また出てまいります。
  かつて明治の初頭、邦人に対する危害が加えられたことを口実に西郷従道が台湾征伐を行った際に、当時の清朝はこれに対し華外の地という形で答えたわけであります。すなわち、中国の文化の及ばない地域に対しては自国の政治的統治対象とはなり得ず、結果として責任を持てませんよという答え方をしたわけであります。ところが、昨今の中国における民族主義の勃興に基づく彼らの理解をする中国という領域の考え方というものは、極めて大きな領域を対象とするようになってまいりました。
  すなわち、かつての王朝をきわめた時期における中国の文化が及んだ地域すべてを、自国の領土としてみなす民族意識というものが昨今において定着をし、結果としてあらゆる周辺地域の少数民族をも含めた地域を自国の領土として考え、統一の対象として考え、それによって国家としての富国強兵を図らんとする基本姿勢がその中で確立されてまいりました。これは大変実はアジア諸国全体の目から見ると不安定な要因、不安感を持ち出すそういう要因になってきているわけであります。これは中華世界という領域と、中国という国民国家としての中国の領域というものを民族主義が同一視させてしまったために起きた現象だと私は理解をしております。
  こうした新しい状況に対峙して、中国という国が穏健で協調主義的で、そして周辺諸国と相互に理解し得る国家となるためには、いかなる考え方を中国に新たに持っていただかなければならないかということがそこで求められるわけであります。私は、それは一つには民主主義という考え方であり、やはり基本的人権という考え方であり、そしてまた自由という考え方ではないかと思います。
  したがいまして、中長期的にアジア太平洋における安全保障を考えるときに、こうした中国をいかにそのコミュニティーの中に上手に組み込むかということを考える上での基本的な考え方として、私はやはり基本的人権、自由そして民主主義という考え方を基本に据える必要があり、我が国はアジアにおける責任ある国家としてそうした価値観を基本に置いた将来の安全保障のあり方についての姿勢というものを常に堅持しておくことが必要であろうと考えます。
  以上です。
○林芳正君 ありがとうございます。
  武見先生から中国の詳しいお話があったわけですけれども、今、社会主義市場経済という大変に矛盾したような制度で微妙なバランスに乗りながらやってきている、これは私の個人的な見解でございますが、市場経済がどんどんと発展してミドルクラスがふえていく段階でどこかで整理をしなければこれはもたないだろう、こういうふうに思っております。
  この間、キッシンジャー博士がいらっしゃったときにそのお話を聞いたわけでございますけれども、何らかの形でコミュニズムといいますか、社会主義という政治体制が、市場経済との整合性をとるバランスの方向へ動いたときに出てくるのは多分ナショナリズムであろう、ナショナリズムに対する強いテンプテーションがあるだろう、こうおっしゃっておりました。そういった意味でそのときに備えるということが一つの大きな我々の考えでおかなければならない議論だろうと思っております。
  そういった意味で、多くの参考人からコンテーンメントとかエンゲージメントとかというようなお話がありました。私は、田中参考人がおっしゃったように、リアリズムとリベラリズムというのを全く対立概念としてとらえるのではなくて、一応最低限の保険としてリアリズムというものを持ちながら、例えば先ほど魚住先生がおっしゃいました、CBMのチェアマンというのは中国が引き受けてくれているという現実の動きもありますから、マルチの中で、そういったところでなるべく中国をエンカレッジしてやるということが必要になってくるだろう、こういうふうに思っております。
  その中で大変重要になると思われますのは、WTOに対する中国の加盟問題でありまして、連休に日米国会議員会議でワシントンに行きましたときも、なかなかアメリカの議会の方はコンディショナリティーについて強硬でありました。中国に、例外的にいろんな配慮からほかのルールを少しパスしてアクセションを認めるというのはなかなか国内世論的に難しいということが大半の、これは超党派のアメリカの議会の方の総意であったように聞いて帰ったわけでございます。一方で、ヨーロッパまたアジアの皆さんというのはほとんどこの件については推進派というふうに理解していいんではないかなという印象を持っておりまして、この辺が大変に大きな問題になってくるのではないかなと。
  私も先ほど申し上げたようなスタンスに立ちますと、ある程度中国というのは特別扱いをしても仕方がないんではないか。そして、出てきてもらって、そこでいろんなものに接していただくことによって中国の国際化というか、インターナショナルスタンダードに対する適合を進めていくという方法しかないのではないか、こんなように思っております。アメリカはそういうところは非常に理論的にすっきりしないと済まないようなところがあるようでございまして、ここが大きな一つの問題になるなというふうに思っております。
  それからもう一つは、このアメリカの国内世論に関してでありますけれども、冷戦が終わった後で、アドミニストレーション、行政の方から余り出てこない議論でありますが、議会からは、トレードの問題が非常に抜き差しならないところまで行くと、今までは国防または国務省の方から日米関係がトレードで悪化することは避けてほしいというようなことが暗にあったんだけれども、今からは余りそういうふうにならないぞというようなことがコメントとしてありました。
  これは、非常に我々も肝に銘じておかなければならないなと、こんなような気がいたしておったところであります。特に、そういった意味で今財政構造改革を進めておるところでありますけれども、日本の景気をぜひ輸出主導ではない方法で回復してほしいということを随分言っておりまして、我々もそれは一生懸命やっておりますし、多分そういう数字に今なっておる。
  蛇足でございますけれども、今の収支を見ますと、むしろ物サービスの収支といいますよりも所得収支、今まで対外投資をしておりますから、その投資に対するいわゆる果実の収支というのが大変に大きくなっておるわけでございます。むしろこれはアメリカの国債を買ったりして非常に資本の還流をした結果の収支が出てきておるわけです。この議論を随分と向こうでもやってきたわけですけれども、アメリカではやはり出てきた数字について世論が敏感に反応するということでありますから、これは正々堂々と我々も議論していかなければならないし、一方で、やはり経済構造改革を進めてこれをやって、内需拡大ということをこちらが一生懸命やるということが必要になってくる、こういうふうに思っております。
  ちょっと蛇足になりましたけれども、もう一つは、やはり安全保障で、このマルチの場でいろんなことをやっていくということがいろんな参考人の方から意見が出たわけでございます。私も、魚住先生おっしゃったように、予防外交、また信頼醸成ということをもうちょっといろいろと議論をしていって進めていかなければならないな、こういうふうに思っております。
  その中で、第三者によるメディェーションといいますか、仲裁ということをいろんなところで今、特に理論的なところがまだ多いわけでありますけれども、研究をされておるところでございます。予防外交で出ていく前に、また紛争がある程度、実力行使の前と後の段階で仲裁をするという役割が今から大事になってくるんではないかなと、こういうふうに思っております。日本はそういった意味では第三者による仲裁というものにいろんな意味で適しているポジションにあるのではないか、こういうふうに思っております。この第三者仲裁に積極的な役割を果たしていくという道を少し検討をしたらどうかなと、こんなことを思っておるところでございます。
  それからもう一つは、先ほどの経済の問題と絡むわけでありますけれども、やはりインターディペンデンスというものが最強の予防外交といいますか、マルチにおける安全保障の一つになるんではないかなと、こういうふうに思っております。EUがあれだけいろんな難しい面を抱えながら通貨統合までやっていこうという背景には、ドイツとフランスが二度と戦争をしないというEC設立以来の強いモメンタムがあってのことだと、こういうふうに思っております。昨今は通貨をEUは統合するというところをにらみながら、例えば電子マネーといったようなものが流通してまいりますと、一部の識者の中にはこれで通貨統合が事実上進んでしまうんではないかというお話もあるようでありますけれども、経済的にお互いに行き来がふえてお互いに依存するようになれば、ネーションステートというのを超えて攻撃をすることが、自国の資産や国民に対しての攻撃になるというようなところまで進んでいけば、それはかなり強い安全保障の予防、予防という意味での安全保障になるんではないかなと、こういうふうに思っております。
  そういった意味で、我が国は今シーレーンというものに大変に大きく依存をしておるわけであります。例えば、天然ガスのパイプラインという構想がありますけれども、北朝鮮やロシアとともにこういうものに対して前向きに取り組んでいくということが、経済の相互依存というようなことを進め、かつまたシーレーンに対する我が国の依存度ということを薄めるといういろんな意味があるんではないかなと、こういうふうに思っております。この経済の側面というものが今からは安全保障と切っても切れない関係になっていくという観点で、こういったことについても安全保障の一つの側面として議論の中に組み入れていかなければならない、こういうふうに考えております。
  以上でございます。
○山崎力君 山崎でございます。
  今まで諸先生方の意見の中、今までの議論の中で私が今思っていることを端的に申し上げれば、安全保障という問題でまずやらなければいけないことは、対外的に日本が明確なある種の価値観に基づいて一貫した姿勢がとれるかどうかということであろうと思います。
  端的な表現で言えば、今、林先生のおっしゃられた天然ガスパイプラインで経済の相互依存度を高めたらどうかと。非常にいいアイデアでございますけれども、その最終的なところで、一番基礎のところで、もしそういった相互依存体制がとられたときに、その一部の当事者のパイプラインの通過国がパイプを締めるというような事態になったときに、これは明らかに宣戦布告と同等のものであるというふうな認識のもとにこれをしなければ、むしろ安全保障上、天然ガスパイプラインというものは我が国の生存にとって危険な要素になり得ると思うわけです。
  ということは、ヨーロッパにおけるパイプラインの進展状況及びロシアからのパイプラインの敷設状況を見たときに、明らかに西側の諸国は、口
シアが締めれば宣戦布告だという、明文化されたものがあるかどうかは別として、共通意識を持っているということがあろうというふうに聞いております。
  そういった点からいきまして、さきの武田先生にむしろお聞きしたいのは、核時代ということが、かつてのミュンヘンにおける宥和政策がヒトラーの台頭を許して欧州にはかり知れない戦禍を残したというヨーロッパ、アメリカの人たちのいわゆる指導層における確固とした歴史的信念というものをどういうふうに薄めるか、それが核時代ということだけで薄まるのかどうかという辺の理論的なものが出てこなければ、単に世界は甘いものではないということでおっしゃられても説得力を全然持たないであろうと。
  それならば、最近の問題として、湾岸のもとになったクウェートあるいはボスニアの問題、そういったものを各国間というか内部の話し合いでやればいいんだと。話し合いのもとに、核時代なんだからそういったことは他国への干渉はやめましようということでいいのか。クウェートはイラクに占領されたまま併合された形で国際社会はよしとするのかどうか。ボスニアであのような悲惨な戦闘をずっと続けて、それでおさまるところまで死人の山を築けばいいのかと。振り返れば、カンボジアのときのあの虐殺に対して、国際社会は情報が伝わってこなかったということでもって黙認した結果になっておりますが、そういったことをこれからの世界社会が黙認していいのかと。じゃ、どうするんだということを明確に示さない限り、そういったことは絵にかいたもちにしかすぎないと私は思っております。
  それが、それしか方法がないということは、たまさか今の時点における平和的なパクス・アメリカーナによる平和の一時期の僥幸ではないだろうかと考えた方が、むしろこれからの厳しい時代に対して的確な対応になるんではないか。
  それから、最後に一つ申し上げたいのは、日本はいわゆる核の被害を受けた唯一の被爆国である、あるいは平和憲法を持っているということでもって我が国が第三者の仲裁として、そういったものに適している国家であるというような考え方はむしろ私は日本にとって危険であろうと思っております。
  それは、最初に戻りますけれども、対外的に明白な価値観に基づくというみずからの世界における価値観というものを確立していないところに問題があるということでございます。それが本当にいかなる場合であっても平和に徹するのである、武力は嫌だというのであれば、さきのペルー大使公邸における武力突入に対して明確に我が政府は抗議すべきであるし、そして青木大使の召還ということまでやるべきなのが本来の平和に徹する姿である。
  単に平和的に平和的にといって、後で武力行使を追認するような形の結果が出てきて、それをマスコミも国民も肯定するような状況下においては、私はまだまだ各国に対して第三者の仲裁国になるだけの資格はない。むしろ、今の時点での日本の分というものをわきまえた上で行動した方が結果的には世界平和、日本の存立のためになると私は今思っております。
  以上でございます。

○直嶋正行君 この調査会も多くの方を参考人にお招きしましてさまざまな議論をしてまいったんですが、私は、この安全保障の問題を論ずるときに、やっぱりきちっと二つに分けて考えなければいけないことがあるんじゃないか、こういうふうに思うわけであります。
  一つは、先ほど来御発言された多くの方々の御意見の中にもございましたが、この東アジアといいますか、アジア太平洋地域においてどういった信頼醸成措置をつくっていくか。予防外交であるとか、先ほどございましたようないわゆる制服の人たちを含めたさまざまな交流による信頼関係の醸成、あるいはARFといったような多国間の枠組みにおけるそういう信頼醸成措置。私たちはそういう中で、日本としてこの地域の平和のために努力をしていかなければいけない、このことはまず間違いなく必要なことだと思うのであります。
  しかし、こういう努力をしていくということと同時に、もう一つは、万が一紛争が起こったりあるいは戦争が起こったりした場合にどういう備えをしていくか、これは我が国の防衛のためにも備えをとっておかなきゃいけない、これとはやはり議論をきちっと峻別をする必要があるのじゃないかなと。どうも前者ばかりを強調する余り後者の論議がおろそかになってもいけないし、また後者の議論だけで前者がなくてもいけない、こう思うわけでありますから、その二つの峻別ということはやはりきちっとしておかなきゃいけない。
  それで、今のアジア、特に東アジアの情勢を見ますと、やはりさまざまな不安定要因があることは間違いないと思うわけであります。先ほど朝鮮半島における情勢のお話も出ましたし、あるいは昨年の中台間の紛争もあったわけでありますから、こういう状況を私たちは現実認識としてきちっとしておかなければいけない。そういう情勢を前提として考えれば、日本の安全保障にとって日米安保条約というのはこれは欠くことができない存在である、こう思うわけであります。
  それから、もう一点申し上げたいのは、今世界の情勢を見ますと、さっき経済のお話もございましたが、冷戦の終結の中でよく言われる経済を中心にしたグローバル化が進んでいるわけであります。こういう情勢下で、私はやはり日本の外交あるいは安全保障を考える場合の一つの物差しというものも確立する必要があるんじゃないか。これは一つは、経済において申し上げますと、マーケット原理に基づく経済、それからもう一つは民主主義に基づく政治、やはりこの二つは普遍的な価値観としてそういったものに基づく外交を展開していくべきだと。そういうような価値観の中で考えますと、私はやはり東アジアというのはいろんな意味で将来的にも不安定要因を抱えておるんではないかというふうに思います。
  それから、そういう価値観に基づいて判断をすれば、じゃ国家は何をすべきかということを考えますと、先ほど北朝鮮の問題についてもコメントがございました。例えば、日本人拉致問題であるとか日本人妻の問題であるとか、こういったことを考えますと、私は、国家というのは国民の尊厳を守る、国民の人権をきちっと守っていく、このことがやはり何よりも重要な役割の一つではないかと思います。そういう意味では、もちろん南北朝鮮の問題について日本が何も言うべきではないということは申し上げませんが、やはり日本としての姿勢は明確にした上で北朝鮮とも対処する、このことは今度は国の尊厳を守るという観点からいっても必要なことだと、このように考えております。
  いずれにしても、さまざまな複雑な要因の中で、私たちの議論も、本来平和を維持するためにやっていくべき外交的なさまざまな努力は努力として何をやるべきか、こういう議論はもちろんでありますが、同時に万が一のときの備えということも、この二つを峻別して、その上でやはり議論をしていくということが必要ではないかと。
  このことを繰り返しまして、意見発表にかえさせていただきたいと思います。
○今泉昭君 多くの先生方からいろいろ貴重な意見が出まして、多く申し述べることはないわけですけれども、簡単に私の感想を述べさせていただきたいと思うわけであります。
  戦争のない社会であるとかあるいは武力のない社会、平和というようなことは人類の永遠の理想だろうと思うし、またそれを求めて我々自身がそれの実現のために努力をしていかなきゃならないことは、これは当然のことだろうと思うわけであります。
  しかし、これはあくまでも我々にとっては理念としてそれを問題にしているわけでありまして、現実の社会というものの対応の仕方とこれを混同してはいけないんではないかと思うのであります。今の論議もいろいろ聞かせていただいておりますと、現実の具体的な情勢の中でどう対応する
かということと、理想というものを大きく掲げて、それをぽんと飛び越えた形で現実の中にそれを引き込んでくるというようなことを行うということは、私は政治家にとってはやるべきことではないんではないだろうかと。政治家というのは、現実の社会の中で一番国民にとって望ましいどのような対応策を考えていくかということにあるわけでございますから、理想は理想として掲げていかなきゃならないけれども、現実の対応というのは、シビアに率直に現実を受けとめながら対応策というものを考えていかなきゃならないんじゃないかと思います。
  人類の永遠の課題である平和とか戦争のない社会というのは、英知でもって乗り切れるんじゃないかという幻想がありますけれども、人類五千年の歴史をひもといてみますと、現在の我々よりもはるかにすばらしい英知を持った賢人が数多く実はこの五千年の社会の中にはあったわけでございます。
  その人たちは、個人としてはすばらしい英知を持っておりましたし、そういう社会を実現しようというふうに努力をしてきたと思うんですが、現実のこの五千年というのは、人類の社会の中から戦争がなくなったわけではないし、武力がなくなったわけではないわけであります。というのは、個人が幾らすぐれていても国というものは、個人のただ個体が即、国ではないわけでありまして、国にはいろんな個人がたくさん集合的に集まっているわけであります。個人ではどんな優秀な人たちがいましても、その優秀な人たちが百万、二百万人集まっていけば実はこれは愚衆にすぎないと私は思っているわけです。
  したがいまして、そういう中で現実の対応をどうしていかなきゃならないかということが一番重要なことではないかと思うんです。よく脅威のことが問題になるわけですが、我々の周囲を見渡した場合に、我々の周囲に覇権大国があるとか侵略国家がすぐあるというならば、これは例外として除いても結構ですが、それではなくして、この脅威というのはそのもの自体が実はつくり出しているんじゃないか、脅威をつくり出すのは、それをつくり出しているところに、その自分自身に私は大きな原因があるんじゃないか、こういうふうに思うわけです。
  例えば、どういうことかといいますと、先ほどから尖閣列島の問題、竹島の問題が出ました。この問題につきまして、中国は自分たちの利権や立場があるでしょうから、ある種の行動なり言動を政治的にするでしょう。それに対して日本が、これは丸くおさめた方がいいから余りさわらない方がいいよというような形で対応するということは相手方に乗ずるすきをつくる。すなわちそのことが、日本自身がみずから国の中から脅威というものをつくり出していくことになるわけであります。相手がつくるんじゃなくて、みずからがそういう空間を相手に示すことになるわけですから、そういう空間をつくらないようなことに対応することが政治であり、国を守っていくということになるんじゃないかと思うんです。あのペルーの大使公邸事件もそうではないでしょうか。もしそういうような空間をつくらない対応を常時していれば、あのような事件は起こらなかったはずでございます。
  ですから、我々が重要なことは、相手から見て乗ずるすきを与えるような空間を国内につくっちゃいけないと思うわけです。そういう意味でこの日米安保条約というのは、みずからの力でできないことがあったとするならば、この地域の空間をつくらないがために、アメリカと協力し合ってこの日米安保条約を守っていくというやり方は、政治の立場に立つ者として当然の行動ではないだろうかと私は思うわけであります。
  我々は、この間の特措法の論議の中でも椎名先生が言われたように、アメリカをそういう意味で利用すればいいわけでして、何か感覚的にすべてアメリカから押しつけられているというような考え方ではなくして、いかにして自分たちだけではできないことを、アメリカでもいいしほかの国でも結構でございます、自分たちの共通の利益を持っている国々と、そういう空間をつくらないような体制をつくっていくということが大切なことではないだろうかなというふうに感じました。
  以上であります。
○上田耕一郎君 武田さんの意見をめぐっていろいろ意見が交わされていますけれども、やっぱり私は唯一の被爆国日本で、憲法九条を持つ日本の国際的な使命と役割は一層大きくなっていると思うんです。と申しますのは、今の唯一の超大国になったアメリカが世界じゅうで広げております核抑止体制、常時戦闘体制、何が起きてもすぐ即応できるというような体制は非常に異常なもので、もう第一次世界大戦当時はだれも考えられなかった問題なんです。アメリカの方は、今どこが脅威だというよりも脅威が生まれるかもしれないので、非常に不確実で不安定で何が起こるかわからないからこれだけの軍事体制をとっているというんだけれども、非常に異常なもので、こういうことはもうかってなかったことだと思うんです。
  特に、核抑止体制の永久化というのは国連加盟百八十六カ国を、核兵器を持つ五つの国とそれ以外の国とに差別した体制ですから、これはもう絶対矛盾を拡大せざるを得ない。これは形式論理的にはすべての国が核兵器を持つかすべての国が核兵器をなくすかのどっちかなんで、人類にとっては核兵器をなくすということ以外に選択の道はないわけです。特に、アメリカは九三年十二月に核拡散対抗構想というのをアスピン国防長官がつくりまして、それまでは核拡散を外交的手段でとめるというのを、今度は軍事的手段でとめるという極めて危険な方針を出したわけであります。
  これが危なく実行に移されかけたのが九四年の北朝鮮の核疑惑で、あれがそういう軍事的発動までいかないで済んだのは、これはアメリカ側の説明によりますと、日本が何もできないと言ったからだという説があるぐらいで、あのときの日本は消極的に軍事協力は一切できないということをどうも返事したようなんですが、その結果カーター訪朝とあの枠組みづくりまで進んだわけですね。
  その意味では日本がどっちへ動くかということが、この問題でも非常に重要な国際情勢を動かす役割を果たすわけです。それで消極的に何もしなかったということがああいう結果を生んだということは、むしろ積極的に日本が唯一の被爆国として核兵器をなくすということで国際的な行動を、原水爆禁止運動だけではなくて、日本の政府も積極的行動をとることが、こういうめちゃくちゃな核抑止体制の永続化というような事態をなくす上で大きな役割を果たすと思うんです。
  二番目のこの常時戦闘体制の展開でも、これはアメリカは独力じゃできないわけで、ヨーロッパの同盟国、アジアの同盟国に依存する以外にないわけで、金も出せ、人も出せということになるんですね。NATOについて先ほどもちょっと申し上げましたけれども、ソ連がなくなってアメリカの国益にとって最大のチャンスが生まれているということで、ヨーロッパにアメリカ主導の世界共同体をつくろうということでやっているわけです。
  アジアにとっても、アメリカはこの日米軍事同盟をNATOと同じような本格的な攻守同盟にしようということを隠していません。大体ナイ国防次官補は当時、我々が考えているのはNATOのように強固な日米安保関係とOSCEのような幅広い多国間協議体だということを述べました。だから、安保条約をNATOのように実際に日米で本格的に戦える軍事同盟にしよう、それ以外にアジアでアメリカの計画を実現できる条件はないと考えているわけです。
  だから、ガイドラインを今度押しつけられますけれども、これは通過段階で、ガイドラインの向こうには集団的自衛権の全面的行使による憲法改悪と日米軍事同盟の本格的攻守同盟化が待ち構えているわけです。アマコスト元駐日大使は四月十五日、アメリカの上院外交委員会小委員会での議会証言で、日本は集団的自衛及び集団的安全保障の責任を果たす権利について明確にする必要があると、早くもそういうことを要求し始めているわけです。こういうことに乗っていったらとんでもないことになるわけで、アメリカが起こすアジアにおける有事に日本がもう完全に巻き込まれる、巻き込まれるだけじゃなくて戦わされるというところまでいくことになるわけで、こういうことはどうしても防がなきゃならぬと思うんです。
  その点で私は、すべての軍事同盟をなくし米軍基地を撤去させるという運動の先頭にやっぱり日本が立つ必要がある。今、世界で米軍基地をなくす運動が本格的に発展しているのは沖縄ですよ。世界でこんなに有力な運動が発展しているところはないわけで、だから沖縄と沖縄を含む日本のこの軍事同盟をなくす運動、米軍基地撤去運動というのは国際的にも大きな貢献をすると思うんです。
  私は、たびたび非同盟諸国会議のことを強調するんですけれども、非同盟諸国首脳会議は今核兵器をなくせという点では国連への働きかけその他積極的なんですけれども、軍事同盟をなくすという共同目標は必ずしも明確に掲げていない点があるんですね。ただ、おととしの首脳会議の文書を見ると、両極体制はなくなったけれども、厄介で有害な一極体制になるおそれがあるというので、このアメリカ一国による一極体制の危険性を最終文書でかなり指摘するという状況も生まれています。私は、あの非同盟諸国首脳会議が明確に、ソ連がなくなった以上軍事同盟をすべて解体すべきだという共同目標を掲げるべきだと思う。
  そのためにもアジアで日本が果たす役割は非常に大きくなっていると思うので、武田さん言われたように、核兵器による平和とか、世界の軍事管理による平和というような思考や行動様式、これとは縁を切って、国連憲章がそもそも目指したような、軍事同盟の対立から二回の世界大戦が生まれたんですから、核兵器廃絶と軍事同盟解消という安定した世界を目指して日本は頑張る、そういう国際的使命を持っているとつくづく痛感しています。
  以上です。
○武田邦太郎君 先ほど私の発言に対して山崎委員から、まず安全保障で一番大事な問題は明確な価値観に基づいて国際的な折衝をすることが大事だ、こういう切り出しがあったので、これはすばらしいと思ったら、次いで今度は、私の発言はナチスに対する宥和政策に似たようなものだというのでおやおやと思ったんです。
  私がこういう発言をしますのは、例えばあれほど三百年ぐらいにわたって攻撃し占領されたりしたりしたヨーロッパが、EUという国家連合体を形成して、まだ完成期には至っておりませんけれども、まず第一条件は、それぞれの政治的な独立は尊重するわけでしょう。ただしその間、恐らく明確にはしていないが、お互いの間は不可侵の関係を保とう、経済的には一体化、そのシンボルは通貨の統合と。こういうことで、数千年来聖賢が出て平和を説いたけれども実現しなかったが、これからもそうだろうとはおっしゃらぬけれども、先ほど似たような感じの御発言もありました。
  しかし、私は、今まで数千年なぜ戦いがなくならなかったか、今やなくなろうとしているかということを言いたいわけで、地球世界一挙にはいきませんけれども、ヨーロッパの世界では大体戦争はなくなって、各国政治の独立はあるけれども経済は一体化していくということで、戦争のない地球世界のはしりだと認められないか。ASEANはそこまで意識もいっておらぬし、まだ進んでおりませんが、うまくいけばそういう方向に行くでしょうし、NAFTAは恐らく条件は非常によく整っている、こういうことであります。
  なぜそういうことが起こっているかといえば、これは文明の非常に進んだ形ですね。だから、例えば情報は瞬時にして地球を駆けめぐる。近く世界旅行は日帰りになるでしょう。また、宇宙を旅行して客観的に地球世界を見ると。これは、今特殊な訓練をした人だけに許された認識でありますけれども、やがて多くの人が地球世界を宇宙から客観するときが来るでしょう。これはすべて文明進歩の結果であって、孔子やお釈迦さんやソクラテスの時代には夢想だにできなかったことでありまして、我々が彼らよりもずっと劣っているには違いないけれども、彼ら以上に地球世界の決定的な平和を信じ得る一番大きな理由はこの文明の進歩であります。
  核ミサイルでいえば、地球を大体半周以上吹っ飛ぶ、そして目標は余り誤らない、そういう核ミサイルももうできているわけですね。こういうような時代に国家対立をしなきゃならぬ、ナショナリズムで激突する、こういうことを第一信条として生きる人類のあり方というものは、みずからつくった文明に対して非常に立ちおくれた意識の古さと言われなければならぬと思うんです。もう眼前に来て手を伸ばせばつかみ得る世界の平和をあえて頭の古さのゆえにつかもうとしない、こういうことであろうと思います。
  先ほど武見委員から中国に対するお考えがありましたが、私も全く賛成であります。敵意とか非難とかではなくて、本当に世界平和の見地から、隣人としておまえさんのところはこう思うがどうかと。発展途上国はナショナリズムの旺盛なのがどこの国でも共通の歴史現象でありますから、そういうことを言えば中国は反感を持ってしょう。だけれども、こちらは反感に対するに反感をもってしないで、本当の友情を持って、チベットのあり方はよくないとか、ダライ・ラマはもっと相互尊敬すべきじゃないかとか、そういうような新たなる友情を持って中国に直言すると。もうこれは実際私は武見先生と一緒になって直言したいくらいに思っております。盛んにモーションをかけておるのでありますけれども。
  アメリカに対しても同じでありまして、全く敵意は私は持っておりません。むしろ最も進んだ科学技術の国として、あるいはリンカーンの国として非常に尊敬をしております。したがって、隔意なくこちらの所見を述べて、もしこっちの誤りであれば率直に言ってもらおうと。意見を交換しながら、もちろん日本の現在のあり方だってアメリカから見れば足らぬところはあるでしょう。お互いにそういうことを意見交換しながら前進するということが、今日の少なくとも途上国じゃない先進国と言われる国々の共通の思想になってもらいたい。
  昔は主権が持つ武力が、迅速、的確に主権に対する反対勢力を制圧する範囲が政治の統一範囲になったものでありますが、今はそういうことは必ずしも言えなくなりました。先ほど申しましたように、核ミサイルが地球の半周以上を吹っ飛んでいって間違いなく命中させるというような段階になりますと、地球は政治的に一体化する前夜だと言ってもおかしくはない。そういう立場に立ってこの平和ということを言っておるわけで、ヒトラーのあの間違った世界観、民族観に立ったものを宥和したのとは全く異質の意見でありまして、これは十分御理解を願いたい。
  時間が来たようでありますけれども、だから少なくとも先進国たる国はそういう立場に立って、我々が本当に理想とする国連を少しでも早く形成するということに努力したいと。これが永久平和なり世界の政治的な宥和なりの決定的条件だと、国連の完成が。だから、この前も言いましたけれども、多くの人から見れば理想主義的に過ぎるという感情を持たれることは、これはもう何回も私は経験しておりましたので、少しもびっくりはしません。ただ、最初の切り出しが余り見事だったものだからちょっと意外でしたけれども。そういうことであります。
○田村公平君 そろそろ取りまとめの時期に来ているように聞いておりますけれども、皆さん方あるいは参考人の先生方の格調高い立派な御意見もいっぱい聞かさせていただきました。
  私は、国というものはどういう形で成り立っているか、日々の生活態度を諸外国から見られていると思っておる人間であります。したがいまして、過去十年間ぐらいのことを振り返ってみても、日中友好日中友好、猫もしゃくしも浮かれに浮かれて、私たちの地元の高知学芸高校、私立でございますけれども、昭和六十三年に修学旅行に行って、結果として十六歳の子供が二十七名、引率の教師一名が死にました。当時の橋本という領事二課長は、三月二十三日でございましたので、中国において全人代をやっておるし微妙な時期でもある、医師団を派遣しない、中国の内政干渉になると。じゃ、せめて日本大使館におる日本語のわかる医師、医官を出してくれ、それもお断り。じゃ、中日友好病院の医師を出してくれ、それもお断り。結果として日本救命救急学会の三井香児先生以下三名の医師団を派遣することができましたけれども、余計なことをしやがってということで、大変外務省におしかりを受けたことが昭和六十三年の話であります。
  そして、平成二年、リビアで私どもの高知県のマグロ船が拿捕されました。何億という金を取られ船体も没収されました。また、もうすぐ一カ月がたちますけれども、本日ただいまも高知県船籍、室戸の船籍のマグロ船が拿捕されております。
  どうしてそういうことが起きるんでしょう。戦略研究所、平和研究所、そういうシンクタンクをいっぱいつくることも大事なことでしょうけれども、日本という国は、賠償金でいいますと十億、人間の数でいうと三十人程度は死んでも何とかなる国だろうなと。三井物産が銭もうけし損なったイラン石化の問題、こういうのは一千億を超えるとまあ国がうまいことやってくれる。今から六年前の証券疑獄、損失補てん、そして今DKBや野村証券、これもどうも金が大きいとうまいことやってくれるけれども、小さいとやってくれない。こういう情報はアジアの国々を含めて世界じゅうの人はみんな知っています。外交はなかなかたけた人たちの集まりであります。少数意見かもしれませんけれども、本日ただいまも我々の国民が、我々の船がリビアに拿捕されておる事実。
  昭和四十年代はインドネシア近海で、高知だけではありません、輸入マグロというよりも冷凍マグロの八五%は静岡、高知、三重県の遠洋漁業のマグロ船でとっておりました。インドネシア海域を通るときは現金で三百万円から五百万円をいつも持っていました。なぜかというと、海軍が海賊行為を働くからであります。
  現在、私どもの知っておる範囲の高知県船籍のマグロ船は、今回拿捕されておる船もインドネシア船員を乗せております。今、インドネシア海軍は海賊行為を働きませんけれども、そういう中に我々日本が生きておるということを、少数意見かもしれませんけれども、そういうことに対して政府がどういう対応をしていくか、これを見られておる。そういうことの積み重ねが、気がついたときには湾岸戦争で円対ドルの相場も決めないで金ばっかり取られて、戦争が終わったら感謝状の一つも来ないということにつながるような気がしてならないものですから、少数な意見だと思いますけれども、ぜひ皆さん方に参考までに、頭の片隅で結構ですから置いておいていただきたいと思いまして過激な発言をさせていただきました。どうもありがとうございました。
○南野知惠子君 もう時間が来ておりますのに、ありがとうございます。
  安全保障における問題点につきましては、もう参考人の方それから先生方がるるお話しいただきました。でも、話題になっていないものを少し述べさせていただきたいと思うところでございます。
  例えば、戦争だとか核の問題、ミサイルの問題、そういう問題は本当に大切な安全保障の問題ではあるんですけれども、でもそれは、比較的大きくは大人の男性の立場ということで一つ解釈できるのではないでしょうか。戦争が終わって一番大切で困っている問題というのは、やはり女子供の問題であるというふうに思います。それから、人的交流の中においてもそういう問題も大きな中身のある問題であると思うんです。
  特に、アジアの問題を考えていきますときに、貧困という問題が一つ取り上げられるのではないか。貧困ということの中には麻薬の問題も大きく取り上げられてくる。今、もっと大きな話題になっているのは、いわゆる児童の権利という問題があると思います。大人の権利もさることながら、我々はやはり児童の権利も守っていかなければならない。その中であらわれてくるのが、やはり買春の問題が東南アジア、日本のかかわりということの中でも大きく出てきております。
  これは今、大きな話題になっていることで、どの先生方も御存じだろうと思います。人的交流をするというところの中にはそこら辺の問題も多少発生してくるということでございますので、いわゆる人格を持った人間同士の交流ということが望まれなければならないというふうに思います。
  よその国の文明も大切です。または文化、スポーツを通しての交流も大切なんですが、そこでやはり我々が考えるのは、日本人らしさというものをどこに持っていくのか。いや、日本人らしさじゃなく、これは地球人としてのかかわりということになるのかもわからないんですが、やはり人格を持った者同士の交流というところに基本を置いて交流を考えないといけないのではないかなというふうにも思っております。また、そういう環境をどう整えるかということも大切なことだろうというふうに思っております。
  取りとめないことでございますけれども、一番基本になるのはやはり子供たちの人権をどうするのか、そういった交流を図りながらこれからの二十一世紀の交流ということを考えていく、その基本には教育という問題も大切な課題として残ってくる。安全保障の問題を子供たちにどう教育していき、日本のアジアにおける立場をどう教育していくのかということも一つの課題だろうというふうに思っております。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) まだまだ議論が尽きないと思いますが、予定している時間が参りましたので、アジア太平洋地域における安全保障についての自由討議はこの程度とさせていただきます。
  委員各位には貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございました。
  本日の調査会を踏まえまして、理事の皆様とも協議の上、二年目の中間報告を作成してまいりますとともに、最終年の三年目を迎えるに当たり、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」のもと、さらに議論を深めまして、具体的な成果が得られるよう運営に努めてまいりまするので、何とぞ委員各位の御協力をお願い申し上げます。
  本日はこれにて散会いたします。
    午後三時五分散会