質問「『NGOは国の対等のパートナーか』他

(平成10年2月27日参議院国際問題に関する調査会対外経済協力に関する小委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 参考人と局長にお伺いいたします。
  いろいろあるんですけれども、基本的に突き詰めていきますと、最終的にODAというのは、一種の日本外交、対外的な国家意思の表明という部分はぬぐえないと思うんですが、それに流れる、そこからうかがえる国家意思、日本は何をもって国益と考えているかということの理念というものがなかなかうかがうことができないというところに問題があるんじゃないかなという気がするわけです。そういうふうなことをいろいろ、基盤がないものですから、そのときそのときの場面においてのやり方ということに関してはそれなりに整合性をとっているかもしれないんだけれども、全部通しで見るとぎくしゃくして矛盾が見えてくる。広く言えば、これは日本外交の理念というのは何なのかという、そこのところにも帰着すると思うんですが、その辺についてお伺いしたい。
  具体的に言えばNGOの問題なんです。NGOに対して先ほどもちょっとありましたけれども、対等なパートナーという表現からいけば、NGO側もある意味では財政基盤がしっかりしてなければ対等のパートナーたり得ない。国から援助をされていて対等なパートナーかということがあるわけで、今回のNPO法案も、政府側と与党側の一つの大きな意思として、財政基盤を拡充する大きな問題、具体的に言えば税制上の優遇措置というものが見送られたと。衆議院においては、条文に入れるところを附帯決議にしろということで、最終段階でどんでん返しがあったと。こういったことを見ますと、言葉だけじゃなくて、本気にやる気があるのかいというふうに言いたくなる部分があるわけです、私からすれば。
  それで、NGOということからいけば、ある種の日本政府がやれないことを対外的に、悪い言葉で言えばダミーとしてやれる。これはいい意味でダミーとしてもやれるという部分は確かにあるわけで、そういう意味での協調関係というのは極めて必要ですけれども、それじゃ本来のNGOというのは政府の意思とかかわりのないところで、国民の意思として、あるいは人類的な理念のもとにそれを求める人たちの集団がやろうとすることであって、国家として、あるいは社会として認めてそれを育てようという国民的合意がないところにこれがあったところで非常に難しい。
  西欧において、教会に行って喜捨をするというのは当然の国家、みんなで金を出し合って教会をつくろうという国でできたNGOと、古来、一つの政府のといいますか制度の中で、お上に対しては金を取られるだけ、お上はそれを施すだけということをならされてきた日本国民にNGOの精神というものを根づかせるのは極めて大変だと思うんです。その辺を余りにも今日的な話題に日本では取り上げてそれに乗っかろうとしているんじゃないかというふうに、長い目で見るとかえってどこかで落とし穴が出てくるんじゃないかというふうに危惧するんですが、そういう考え方に対する御感想を杉下参考人並びに大島局長にお伺いしたいと思います。

○政府委員(大島賢三君) 今の国益全体の中で、山崎先生の御指摘いただきました点は私も先ほど申し上げたとおりでございまして、対等なパートナーという言い方にするか、あるいはNGOと政府の関係は一種の緊張ある協調関係とかいろいろなことで言われておりますが、開発援助に関する限りは非常に貴重なパートナーだ、そうあるべきだというふうに私も思います。
  今、NPO法案が成立に向けていい方向にあるというふうに聞いておりますけれども、NGOも含みます。そういう活動、あるいは日本におけるいわゆる英語で最近言われておりますシビルソサエティーの育成に向けてこういった法案が大きな力を発揮するということで、まだまだ足りないところもあるかもしれませんが、少なくとも第一歩になる重要なステップであるというふうに個人的に私は考えております。望むらくは、財政的な側面について強固な基盤ができるような措置が組み込まれるということであればなお望ましいということじゃないかと思いますけれども、第一歩としては非常に評価すべきものであると考えます。
  ODAの範囲でできることは、先ほど申し上げましたけれども、一般会計、税金に伴います資金の運用について制度面からくる制約等がございますのでなかなか使いにくいとか、さらに工夫が必要とされているとか、いろいろ言われております。これは、私どもとしましてはできるだけ柔軟
に受けとめまして、政府としてできるところについてはとにかくできるだけ柔軟に対応することによって要望に沿いたいというふうに思います。
  大きな役割をNGOが果たしていただくということは、これはもう国際的に大きな流れでありますし、現実であります。日本については、ここ十年ぐらい大分変わってきたという印象は大いに持ちますけれども、国際比較をしてみますとまだまだ立ちおくれているというのが現実であろうかと思いますので、国際社会においてこのNGOの果たす役割というのをぜひ強めていただきたい、こういうふうに思います。
○参考人(杉下恒夫君) お答えします。
  最初の問題ですが、確かに国益とは何かということで私もおっしゃるとおりだと思うんですね。ぎくしゃくして見えるのは、それは例えばODA大綱とか基本法の理念とかそういったものじゃなくて、もっと大きく、日本という国が国際社会の中においてどういう存在をしようとしているかという大きな枠ができていないからぎくしゃくするのであって、これはもう外交を既に超えた問題じゃないかと。そういった大きな方向があって初めて、経済協力というものの方向もぎくしゃくしないスムーズなものになる。ですから、まず決めてもらいたいのは、日本という国が二十一世紀にどういう国家で存在するのかということが大きなテーマになると思います。
  二つ目のNGOの話なんですが、確かに日本のNGOはお金がなくて非常に皆さん四苦八苦して、極端に言いますと、今、日本のNGOの事業というのは外務省のNGO事業補助金でほとんど食べている。また、ちょっと前までは郵貯ボランティアのお金でやっていると。政府なり公的な資金に頼っている部分がございまして、非常にそういう点、財政基盤が脆弱です。
  ただ、幾つか言えるんですが、日本のODAが、じゃ欧米の国際的なNGOのような組織になることが果たしてそのままいいのかどうかという議論もあると思うんです。というのは、非常にビジネスライクな仕事になりますので、彼らの持っている理念というものが、国家とは違うかもしれませんが、例えばOXFAMとかCAREとかいうものの持っている理念というものが、本当の手づくりというか人間的なものからちょっと外れている部分も出てきているので、日本のODA、NGOの持っている細かさ、小ささというのが非常に人間的であるという点が重要なので、これも余り無視しちゃいけないなと思うわけですね。
  それともう一つは、日本のODA、NGOも確かにまだ、例えばNGOというのは組織が小さいわけですから、日本の場合、横の連絡をもっとしなさいといってもなかなか横の連絡をとりたがらない、協調したがらない、そういった点とか、政府と協力するのは嫌だとか、そういったNGOがあります。いろいろと最近NGOの方とつき合っていて、むしろ驚くのは、私もかなりNGOのことは知っているつもりなんですが、彼らは、日本のNGOというのは私たちが予想している以上に非常に進歩しています。
  ですから、先生がおっしゃったように今日的な話題としてNGOをもてはやしている以上に、もちろん全部じゃございません、でも一部のNGOというものは大変進んでいると。私は、日本のNGOというのは方向は今非常にいいんじゃないかというふうに考えています。
(後略)