意見交換「『果たすべき日本の役割』ほか

(平成10年3月11日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(林田悠紀夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
  国際問題に関する調査を議題といたします。
  本調査会では、設置以来、アジア太平洋地域の安定と日本の役割のテーマに基づきまして、さまざまな角度から調査を進めてまいりました。
  本日は、これまでの議論及び最近のアジアの経済情勢等を踏まえ、政治・安全保障及び経済の両面にわたりまして同地域の安定に果たすべき日本の役割について、午後四時を目途に委員の皆様方で自由に意見交換をしていただきたいと存じます。
  運営につきましては、まず大会派順に各会派から一名ずつ十分以内で御意見をお述べいただいた後に、委員相互間で意見交換を行うことといたします。
  なお、意見はおのおの十分以内でお述べ願うことになっておりますので、時間をお守りくださいまするようにお願い申し上げます。
  それでは、順次御意見をお述べいただきたいと存じます。初めに、馳浩君からお願いいたします。
○馳浩君 自由民主党の馳です。よろしくお願いいたします。
  今回のアジア太平洋地域の安定と日本の役割を論じるためには、一連の東アジアの経済危機の原因、内容を正確に把握する必要があります。とりわけ、その発端となったタイの経済危機を理解することが必要であると思います。
  ポイントは、東アジアに投資をする際に為替リスクを解消させ、域内の経済成長の恩恵そのままを受け取らせることになったドル・ペッグ制のマイナス面が顕在化したことであります。
  すなわち、アメリカ経済の回復に伴い、円安ドル高、マルク安ドル高が発生。この状況は、とりもなおさずドル・ペッグ制のもとでは東アジアの製品価格を上昇させ、ひいては輸出の減少を招きました。不幸なことに、ほぼ同時期に中国元の通貨切り下げが行われており、輸出減少に輪をかけました。その結果、経常収支の赤字が拡大したのであります。これを埋め合わせるために巨額の外資が不可欠となり、タイ政府は外資導入向けの政策をとりました。しかし、何を導入するかで失敗がありました。安定的な直接投資がなされず、国際金利差で動く不安定な短期資金による投資が過度に行われたのであります。この短期性外資が、後に触れるバブル崩壊後、瞬時に流出してしまい、今日の経済危機が現実のものになったのであります。
  問題は、なぜ短期性外資がこうも過度に流入したのかであります。これもドル・ペッグ制がかかわってまいります。
  すなわち、タイ政府はドル・ペッグ制を堅持するためにバーツを支えてドル売りバーツ買いに走り、そのための緊急性の外資、ドルを確保すべく国内で高い金利を設定しました。結果、短期物の金利が上昇しました。これに目をつけたのが投機的国際金融資本であり、オフショア市場を通じて短期性外資が多量に流れ込んできたのであります。しかも、この短期性外資は不動産投資に注がれ、不動産バブルを発生させました。この間もアジア経済は高い成長率を維持しておりましたが、以前ほどの伸びがなく、やがてバブルが崩壊しました。これを機に、一気に投機的な短期性外資が国外に逃げたのであります。ここまでになればもう万策尽きた状態になり、とうとうドル・ペッグ制を事実上放棄しました。残されたのは金融機関の不良債権のみとなりました。
  これがタイの経済危機の全容でありますが、その後、世界の予想もつかないスピードでこの危機が伝染し、インドネシア・ルピアや韓国ウォンの通貨危機へと発展したのであります。
  以上からもわかることでありますが、今回の東アジアの経済危機は、メキシコの経済危機、すなわち経常収支の赤字による危機と異なり、資本収支の赤字によるまさしく資本の危機であり、カムドシュIMF専務理事が言いました二十一世紀型の金融危機であります。世界じゅう同時情報で巨額の資金が瞬時に動く、世界のどこにでも発生しかねない危機なのであります。
  現在、IMF、日本、欧米の援助を受けて、韓国、タイの経済は鎮静化したと言ってよいと思います。しかし、インドネシアは鎮静化せず、各地で政治暴動が発生しており、予断を許さない状況に至っております。
  以上を踏まえて、果たすべき日本の役割について論じてみたいと思います。
  まず第一に、経済面について。
  一つには、日本の景気回復であります。しかも、内需主導型でなければいけません。東アジアの村域外輸出の三五%を吸収する日本が不景気では、東アジアの外貨獲得はままならないからであります。現段階では、東アジアの製品をより多く買って、東アジアの外資不足の解消に貢献しなければなりません。橋本総理が言うように、日本発の世界恐慌だけは決して起こしてはいけないと思います。ただ問題は、そのために行われるであろう大型の補正予算等の財政出動が一連の財政再建と抜き差しならない関係に立つことであります。この点について私は、長期的には国債等の累積赤字を減少させていくことは国是と考えます。そこで、財政出動は即座に大型に行い、速やかに日本の景気を回復させて、以後、財政再建に全力を尽くすというめり張りのついた政策を実施すべきではないかと考えます。
  二つ目に、日本は、東アジア支援という大義のもと、アメリカを説得して円・ドル相場が中期的に予見可能な範囲に安定するようなシステムの実現に向けて努力すべきであると考えます。今回発生した東アジアの通貨危機は、東アジアのドル・ペッグ制のもと、基礎的経済条件の変化では説明できない大幅な円安ドル高のために輸出競争力が低下し、日本への輸出減により起こったこともその一因だからであります。アメリカにとっても、今後、事実上の通貨切り下げで輸出競争力をつけた東アジアの製品、さらには円安による日本の製品の輸入増大による一層の経常収支赤字を免れるためにも、円・ドル相場の安定が不可欠であることはわかっているはずであり、努力するに値する政策と考えます。
  三つ目には、今回の通貨危機は、過度の巨額な投機的短期外資の流入流出がその一因と言われております。これを監視するだけの金融市場、金融制度の整備が不可欠であると考えます。したがって、これらの整備と速度を合わせた国際資本取引の自由化を行っていくべきであります。そのためにも、日本を初めとする債権国と債務国が双方協力し、監視体制の確立に寄与すべきと考えます。
  第二に、政治面において意見を申し上げます。
  日本の果たすべき具体的役割を論じる前に、確認すべきことがあります。それは、世界と深くかかわるアジアの経済危機は地域の政治的安定や安全保障にもはね返るおそれがあるということであります。指導者の力量や国際協調が問われる正念場であります。
  以上を踏まえて各論に入ると、第一に、インドネシアの政治的安定の確立が日本を初めとするアジア太平洋諸国の喫緊の課題と考えます。ここでの政治不安定は、イスラム原理主義を吹き出させ、ひいてはマラッカ海峡の安全が脅かされると考えます。当面は、いろいろ問題はあるにせよスハルト体制の維持が大前提であり、その体制のもとで諸改革を実行せざるを得ないと考えます。日本の外交手腕が試されるときであります。円借款を見送ってインドネシアの痛みを模様眺めするのではなく、インドネシアとIMFの橋渡し役を政府は積極的にすべきであると考えます。病めるインドネシアが求めているのは強者の側に立っての説教ではないと思います。
  第二に、EU、アメリカ大陸の経済統合を見ていると、世界は次第に排他的になっております。一方、アジアは今回の危機でその求心力がないことを露呈させました。日本、中国、さらにASEANにも、域内をまとめる意思も能力にも欠けております。早急にこの地域の政治経済の安定のために、透明な情報交換、苦言をも呈するほどの信頼関係、基本的には金融機関でしかないIMFを頼らない域内の緊急資金援助体制の確立が、経済実態に対応した危機管理体制と考えます。
  簡単ではありますが、以上意見を申し上げさせていただきます。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、寺澤芳男君からお願い申し上げます。
○寺澤芳男君 アジアの経済発展のために日本がどんな役割を演じることができるかについて、私は投資、インベストメント、それから教育の二つの点で所見を述べてみたいと思います。
  今、発展途上国への経済援助という場合に、どちらかといえばお金を貸す、すなわちローンというところから、いわゆる投資をする、インベストメントというふうに形態が変わってきている。それから、政府が発展途上国の政府にお金を貸すというところから、逆に先進国の民間企業が発展途上国に資本を投資して企業活動をする、そういう流れが今顕著であります。これは、考え方としては、豊かな国からそうでない国に魚をたくさん与えても、魚は食べてしまえばなくなってしまうけれども、魚の釣り方を教えればおなかがすいたら自分で魚を釣ればいいのであってという、そういう考え方が基本的にあります。
  具体的には、民間の会社が発展途上国に直接投資をする。いわゆるエクイティーインベストメントをするときの一番恐ろしいことは、果たしてその国に内乱が起こらないだろうかクーデターが起こらないだろうか、あるいは革命が起こらないだろうか、そういうカントリーリスクであります。
  実際、皆さん御存じのように、三井物産がイランのイラン・ジャパン石油化学コンビナートというのに一千四百億円の投資をしたら、考えてもみなかったホメイニがあらわれて全部国有化されちゃった。それで、三井物産は通産省の投資保険というのに入っておりましたので、結局は通産省が三井物産に対して三井物産の損失一千四百億円を支払ってこれは一件落着したわけです。
  その通産省の投資保険というようなことを各国の先進国の政府はそれぞれの形で行っておりまして、たまたまそれを国際的に大々的にやろうではないかということで、一九八八年に多数国間投資保証機関というのがワシントンに設立されたわけであります。これは世界銀行の姉妹機関でありまして、たまたま私自身四年間ばかりそこで働いたわけですが、結局、発展途上国の経済開発ということに最も効果のあるのはやはり直接投資ではなかろうか。
  仮に、具体的にイメージをしていただきたいのであえて申し上げるんですが、例えば日本のABCという自動車会社がジャカルタに組み立て工場を建設する、百億円かかった、二万人のジャカルタの労働者をそこに雇い入れると。それで、最初はもちろん百億円の資本というのは日本のABC自動車会社の全額出資でありますが、徐々にそれをインドネシアの民族資本に切りかえていく。例えば十年後にはインドネシアの人が全額その株式をインドネシアの民族資本に持つ。結局、その自動車の組み立て工場で組み立てた自動車をインドネシアは輸出していわゆるドルを稼ぐ。今までインドネシアは原油とか天然ガスとかそういうものでしかドルを稼げなかったのが、自分のところで生産した自動車を輸出することによってドルが稼げる。ドルの借金が多いものですから、自国の通貨が四分の一とか五分の一に目減りしてくるとこの借金を返すのねもう不可能です。
  そういう形で民間資本を発展途上国へ投資していくという流れが今後ますます強まってくるのではなかろうかと思います。
  ちなみに、一九九〇年、九十二億ドルだった日本のアジアヘの資本取引の対外資産額、これは一九九六年は百九十五億ドルになっておりまして、このうち直接投資額は百五十億ドルというふうに非常に急速に伸びております。今、多数国間投資保証機関というのは日本が約一〇%出資しているわけですが、こういう地味ながら発展途上国の経済開発のために活動している保証機関等に対してのしかるべき経済援助というのは今後とも続けていくべきではなかろうか、こう思います。
  二番目は、教育の問題であります。
  結局、アジアの人材養成というのは大変残念ながら日本では余り行われていない。ほとんどの優秀な連中はアメリカへ留学いたします。あるいは一部は英国へ留学いたします。日本でも今、立命館とか早稲田がアジア太平洋研究センター等を設けて、アジアからの優秀な人材を日本で何とか教育しようということで大学院レベルの教育を始めておりますが、私は四つ問題点があると思っています。
  一つは、授業を英語でやらないから、日本語でやるからなかなか東南アジアの留学生は来つらい。二つ目は、アメリカのフルブライトのような潤沢なスカラシップが日本の中ではなかなか行われていないから、そんなに金持ちではない、非常に優秀な人材が来ない。三番目は、大変残念ながら日本にまだ残っている一種の人種偏見、それで非常に日本に来ているアジアの留学生は不愉快な思いをする場合が多い。それから四番目は、アメリカのビジネススクールで簡単ではないけれどもMBAという学位を割と出すのに比べると、日本の大学というのはなかなかこの学位を出さない。留学生の人たちは、将来いい就職口、日本の早稲田のMBAを持っているということでいい就職口を探そう、当然のことながらそういう実利的な目的があるわけですから、それがなかなか今のところ達成できない。
  だから、逆に言うと、この四つの問題点をクリアにすればアジアからの日本への留学生はふえる。留学生受け入れ十万人計画が進められているにもかかわらず目標の六〇%にも達していないのが現状でありますが、多分こういう四つの点をおろそかにしているのではないかと思います。これからの五年先、十年先、あるいは二十年先の日本とアジアとの関係を考えると、やはり人と人とのつながり、それも日本で本当に教育された人たちがアジアの指導者になっていくということは非常に大事なことだろうと思います。
  もう一つは、日本のそれぞれの大学がもっともっと国際的になって、例えば早稲田のアジア太平洋研究センターでは、ハーバードあるいはエール、どこでもいいんですが、全部英語ですからアメリカの先生がいきなり来て留学生を教えるということがあってもいいわけですし、最も適当な、最も適切なプロフェッサーが全世界からやってくる、そういうアジアの将来の指導者の研さんの場をぜひ日本で持つようにしていただきたいと思います。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、魚住裕一郎君からお願い申し上げます。
○魚住裕一郎君 御指名ありがとうございます。
  アジア太平洋地域の民族、文化の多様性を大切にしながら日本はどのような役割を果たすべきか、述べてみたいと思います。
  第一に、平和外交、日米安保体制を基本に地域の安定に貢献するとともに、ASEAN地域フォーラムあるいはAPECの政治・安全保障面、さらにまた経済協力の両面にわたって地域協力に積極的に貢献すべきであると考えております。その基本には、何よりも紛争の解決に武力を求める時代から決別する、こういう姿勢をきちっと据えることが大事であろうと考えております。
  第二に、参考人からも意見がございましたが、唯一の被爆国として非核の立場から核兵器の廃絶を進めるとともに、軍縮による平和の配当を持続可能な経済発展に振り向ける、この方向性を鮮明にすべきと考えております。
  この観点から、アジア太平洋地域の平和と繁栄の確保、また、紛争の原因となる国際間の相互不信や貧困、環境問題等の解決に向けて、我が国の経済力また技術力を中心に我が国ならではの寄与を果たす必要があろうと思います。
  アジア太平洋地域では、ASEANの発展がモデルとなりまして、緩やかで自発的な協力体制、開かれた地域主義としてのAPECが地域を覆うシステムに発展し、安全保障面ではARF等が活動しております。このような緩やかで多様な要素を含む地域主義を冷戦後の秩序の受け皿として育てていくことが大事ではないかと考えます。
  このような視点から、五百旗頭先生もおっしゃっていましたが、我が国の役割としては、日米安保体制のアジア側出口の適切な管理ということが大事であろうと考えております。また、日米安保体制を軍事的側面としてのみとらえるのではなくして、自由主義的な国の連帯を示すシンボリックな存在としてとらえていくことも大事ではないかと考えます。
  そこで、アジア太平洋地域でも、欧州の平和のためのパートナーシップ計画に倣い、ARF等の場で防衛関係者の交流でありますとか防衛白書の公表、交換等をさらに進め、紛争防止のための協力計画を作成することが必要であろうかと思っております。また、PKO等の活動に迅速的確に対応できますように、PKO共同訓練センターの早期設置を推進すべきではないかと考えております。
  また、アジア太平洋地域にとりまして中国の存在というのは非常に大きな要素になってまいります。我が国としては、日米を基軸としながらも、日中友好の両立を図っていく努力が必要ではないか、大切であると考えております。
  朝鮮半島の安定、平和統一ということがこのアジア太平洋地域での安定に不可欠であります。我が国からも、北東アジアの安全保障対話、その機構化、その場というものの構想を示すべき時期に来ているんではないかというふうに考えております。
  また、このアジア太平洋地域は非常に多様な文化、価値観を有しております。この特色というものを大事にしながら諸国民の相互理解を深めていくことが、安全保障面という観点からも非常に大事ではなかろうかと考えております。第二年目の中間報告でアジア太平洋大学創設というのが出ておりました。これもぜひ最終報告に盛り込んでもらえたらというふうに考えております。
  また、今、寺澤先生からもお話がございました人的交流ということでございますが、留学生の問題も抜本的な改善を提言していくべきではないかと考えております。既にもう十万人計画も危ぶまれている状況でございますが、先ほど寺澤先生がおっしゃったような四つの課題もございましたが、こういうことを含めた改善に向けて提言すべきではないかと考えております。
  また、我が国の外務省におきましても、アジア太平洋局というようなことを思い切って考えてもいいんではないか、機構改革をすべきではないかと思っております。
  また、三年前にこの調査会が発足したときは、この地域は世界の成長センターというようなことで出発をいたしましたけれども、昨年七月からの金融・通貨危機により危ぶむ声が出ておりますが、基本的な要素としては、まだまだ勤労意欲もあり、また生活向上を求める心というのもエネルギッシュでございます。今後も、このアジア経済の発展基盤はあると思いますし、また、していくだろうと思います。
  そのアジア太平洋地域に持続的な発展をどう根づかせていくか、エネルギー、食糧、環境とかの中長期的な課題にどう取り組むかということも大変大事ではなかろうかというふうに思います。多国間の地域協力に我が国も積極的に寄与していくことが大事ではなかろうかと思います。ODAを中心として経済協力をより一層充実させていきたいし、また、貿易、投資との連携とか、NGOとかそういう国民参加型の援助も考えていくべきではないかと思っております。
  そして、このアジア太平洋地域にプラス志向の経済発展を広げていくということが大切であると思います。どこかの国が繁栄すればどこかが貧困になってしまう、これではまた紛争の要素をつくってしまうわけであります。また、一国の中で繁栄してもその成果というものが国民各層に行き渡らないとやはりそこに国内紛争の要素をつくってしまう、そういうことになります。
  そのような意味からも、まずはとりあえず我が国の経済の回復、安定軌道成長に早く回復させること、そして経済の構造改革、さらに我が国の経済の透明性、そういうことを進めること、そしてどのような国づくりを我が国がしていくのかということを、骨太な発信というんでしょうか、これを進めていくことが大切ではなかろうか、このように考えております。
  終わります。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、田英夫君からお願いいたします。
○田英夫君 ありがとうございます。
  二十一世紀を見詰めたアジア太平洋地域の安定と日本の役割ということで、二つのテーマを申し上げたいと思います。
  第一は、日米中トライアングルという視点であります。
  第二次世界大戦後、この五十年間は、日米基軸ということで日米安保条約を中心に考えるというのが日本外交の基本であったわけでありますが、最近の冷戦構造の崩壊、そしてそれに伴うイデオロギー対立が政治の主たるテーマではなくなってきたという国際情勢の変化をとらえて、やはり今後は新しい世界秩序、世界の構造を皆で協力して構築していかなければいけない、こういう時代になってきたのではないかと思います。
  こういう中で、今日本では、沖縄の米軍基地の問題、あるいは昨年来出てまいりました日米防衛協力のための指針、ガイドラインの問題、つまり日米安保条約を強化することの是非というような問題が議論されているわけですが、そうしたことも頭に置きながら考えますと、最近、日米中トライアングルという考え方が急速にアメリカ、中国、日本でくしくも同時に台頭してきているという気がいたします。
  アメリカでは、昨年来、目立ちますのは、一人はブレジンスキー氏、カーター大統領のときの安全保障担当補佐官、それからワシントン・ポストの著名な外交記者であったオーバードーファー氏、こういう人たちが同じような日米中トライアングルという主張をしております。また、中国でも、国際政治学者の間で複数の人たちが中日米三角形という言い方で同様の意見を言っておりますし、日本でも、国際政治学者あるいは松永元駐米大使もこの日米中トライアングルという主張を展開されております。
  この皆さんに共通している点は、いきなり政府間の協力というところを目指すことは無理がある、まず民間のシンクタンクの交流というようなところから始めていくべきではないかということ。そして、その大前提に、イデオロギー対立というものが崩壊しつつある中で反共意識というようなものを払拭していくことが前提になるのじゃないかという主張であります。
  この日米中トライアングルというものを構築していく過程で留意すべき点は、一つは、今、馳さんからも言われました経済の問題ももちろん大きくありますが、そうした中で、日本の支援、あるいは中国、アメリカの態度、こういうものもかかわるわけですから、不必要な警戒感をASEAN諸国に持たせる、日米中が協力して自分たちに対して支配するような印象を持たせることは最も警戒しなければいけないことであります。
  また、ロシアの存在も忘れるわけにはまいりません。最近は日米中ロ四カ国という言い方も出てきておりますが、これは私見ですが、まず構築すべきは日米中トライアングルではないか、ロシアももちろん視野の中に入れつつと、こういうことであります。それから、ヨーロッパとの関係も無視することはできません。幸いにして四月にASEMの会議があります。橋本総理も出席されるということでありますが、こういうヨーロッパとアジア太平洋との関係というものもいつも視野の中に入れていく必要がある。それから、インドなどの存在も忘れてはならない。そんなことを配慮しつつ考えるべきことではないかと思います。
  もう一つのテーマは、今、アジア太平洋で最も不安定な要因であると言われている朝鮮半島の安定の問題であります。
  幸いにしてと申しますか、韓国に金大中大統領が誕生したということの意味は極めて大きいと思います。金大中大統領は、就任直後、就任式の演説から始まって、北朝鮮との融和姿勢あるいは対話姿勢と言ってもいいかもしれませんが、既にそうしたものを打ち出していると思います。まず最初に就任演説で出しましたのは離散家族の問題であります。離散家族が双方とも老齢化している中で、南北の離散家族が再会できるようまず南北で協力すべきではないかと。また、北朝鮮に対する基本姿勢として平和と交流ということを挙げております。これは、平和はもちろんですが、あらゆる分野、階層の交流を進める中でおのずから雰囲気ができてくる、こういう説明をしておられます。
  注目されるのは北朝鮮の金大中大統領誕生に対する反応でありますが、今のところ、まだ明快にあらわれておりません。金大中氏自身、先日会ったときに、北はまだわかりません、わからない部分がたくさんありますという言い方をしておられます。しかし同時に、報道によると、北朝鮮の側から韓国の特定の人物の名を挙げて、こういう人たちと対話しましょうという呼びかけをしているという報道があります。この辺を見ていく必要があると思います。
  それから、日本がその中で第一にやらなければならないことは、日朝国交正常化交渉を推進することである。このことは、金大中大統領も就任直後から日本とアメリカが北朝鮮との関係を改善していくことが非常に重要だと思うということを述べ、また、日朝国交正常化交渉が進むことを私も望んでいると言っていることを念頭に置きながら、この日朝国交正常化交渉を進める。もちろん、日本の立場からすれば、いわゆる行方不明者の調査というようなことを約束しているわけでありますから、このことも考えながら、同時に、もっと北朝鮮が国際社会に対して、特に日本、アメリカ、中国その他周辺諸国に対して柔軟な姿勢をとること、そういう転換を示すことが重要でありますし、金大中大統領が言っている日米中ロに南北を加えた六者による協議ということも日本としても真剣に考えるテーマではないかと思います。
  最後に、そうした方向が確立していく、つまり朝鮮半島の安定が進んでいく中で、日本を中心に朝鮮半島と日本の非核地帯という姿が見えてくるのではないだろうか。それには、もちろんアメリカ、中国、ロシアという核保有国に囲まれた地域でありますから、その理解が必要だということは言うまでもありません。
  以上のようなことで二十一世紀を見きわめて雰囲気を変えていく努力を日本が積極的に進めるべきだという考えであります。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、上田耕一郎君からお願い申し上げます。
○上田耕一郎君 調査室がまとめてくださった資料によりますと、この三年間に三十一名の参考人の方の意見を聞いていてかなり勉強したなと思ったんですが、「参考人の意見及び委員の発言の要旨」というのも読ませていただきました。
  それで、三つの問題について感想的意見を述べたいと思います。一つはアジアの通貨危機について、もう一つはアジアの平和と安全保障について、三つ目はODAについてです。
  多くの参考人の方が世界でも非常に注目されるアジアの経済発展について述べておられるんですが、昨年夏以来、急激な通貨危機が起こりました。これは大きな問題だと思うんです。小島明参考人は、馳委員も先ほど言われましたが、二十一世紀型の新しい危機だとして、それがわからないのでIMFは従来型対応をして失敗しているという評価がありました。それから寺島参考人は、世界の外国為替の取引高が実需の六十倍にも達している、こういうところに問題点を求めておられました。
  私も代表質問でその問題に触れたんですが、クリントン大統領の元選挙参謀のディック・モリス氏が産経新聞一月二十三日付でこの問題を論じていまして、一種の世界政府ができたみたいなものだ、だれもコントロールできない、その判断基準というのは利益と保障だけだ、これでは公共の利益だとか環境問題に対する投資はどうなるんだろうかという問題を出しています。私は、この問題というのは非常に重大な今の世界経済の最大の構造変化で、これにしっかり対応しませんと世界経済はどうにもならぬと思うので、これに対して国際的には、単なる規制緩和じゃなくて、こういう無法なというか無秩序な国際的投機に対する共同の規制を本当につくり出さなきゃならない段階に来ておると思うんです。
  それからもう一つ、アジアからの要望は、リム参考人なども日本は輸入拡大してほしいということを述べておられます。そのためには、日本のこれまでの従来型の行き詰まった経済運営でなくて、やっぱり抜本的に本格的な内需拡大、強い要求がありますけれども、GDPの六割を占める個人消費をもつと豊かにするような、減税とか中小企業に対する支援とかそういう本格的な政策転換をやることがアジアの通貨危機に対しても日本
の大きな貢献になるんではないかと考えています。
  その次に、アジアの平和と安全保障の問題についてです。多くの参考人が触れられておりますけれども、中間的な御意見もありますが、やっぱり両極の意見がある。一つは、朝鮮問題、台湾問題等々、アジアの不安な諸問題に対抗するためにアメリカのプレゼンス、日米軍事同盟が非常に必要だという御意見。それに対して、いや、むしろ日米軍事同盟の強化が危険な根源になっているので安保条約はなくす方向、アジアに非核・非同盟の方向を強めるべきだという御意見が対立しています。
  私はもちろん後者の意見です。つまり、ソ連とワルシャワ条約機構が解体した以上、仮想敵国を持った軍事同盟というのはすべて解消して、国連憲章が理想とする国際的全体の集団安全保障、また地域的な集団安全保障に真剣に取り組むべき時期が来ている。にもかかわらずアメリカは、逆にNATOの拡大それから安全保障条約の強化拡大をやって、日本政府もそれに追随して新ガイドライン、こういうものをつくっているわけです。
  私は、今度のイラク問題を見ていても、アジアにとって最大の脅威は実はアメリカの軍事介入、それに対する日本の積極的協力、軍事協力となりつつあるというふうに思うんです。
  その証明は、例えば九四年の北朝鮮の核疑惑問題。あのときアメリカは、本格的な戦争準備をして、日本に対しても千数百項目の要望を出してきた。ところが一当時は羽田内閣のときで何もできないということもあって、カーター訪朝があり、それで平和的解決の方向へ行き、十月に基本合意ができたんですね。ですから、あの事態は、アメリカ側が本当に軍事介入をやろうとする戦争の瀬戸際まで行きかけていたわけで、平和平和を言いながら実はアメリカが一番危険な存在だということを示したものです。同時に、日本の動向が決定的な役割、あのときは消極的な意味なんだけれども何もしないということで平和解決の方向を促進したので、むしろ日本の動向というのが非常に大事だというように思うんですね。
  朝鮮問題についても多くの方が触れておられますけれども、やっぱり中国の脅威ということが幾つか言われています。
  それで最近、中国の李鵬首相がアメリカの雑誌とのインタビューをされまして、人民日報の二月二十日付に掲載されています。李鵬首相はこの脅威論に反論しています。中国を訪れる多くの外国人は上海、北京、シンセンなどの発達した都市しか見ない、中国中西部のかなり貧しい立ちおくれた地域に行く人は比較的少なく、彼らは中国で貧困から脱していない人がまだ五千万人いるとは想像もつかない、我が国は三段階で進む発展戦略を定め、次の世紀の半ばには中程度の発展国の水準に到達する計画だと、二十一世紀の半ばにようやく中程度まで進む力だということを言っているんですね。それで中国は覇権を唱えないとか脅威にならないと言っているんです。私は、中国外交には大国主義がありますから一切そういう中国の大国主義外交の危険がないとは申しませんけれども、経済問題としては李鵬首相が言っているようなところが実際だと、そう思うんですね。
  むしろ、この中国問題で危険なのは、九六年三月の台湾海峡事件が示しましたように、アメリカが台湾関係法というのを持っていて、もし台湾が独立を目指し中国が内政問題として解決しようとした際、アメリカが武力をもって台湾を守ると。日本は今度の新ガイドラインで台湾は除くと絶対言いませんから、日本がまたアメリカに追随してそれに手を出すということが、実は中国問題、アジアの平和にとって将来大きな危険になり得る要素が強いわけですね。
  そういう点で私どもは、仮想敵国のない集団安全保障をつくり出す上で、唯一の被爆国でもあり、安保条約で苦しみ、沖縄問題を抱えている日本として、やっぱり安保条約をなくして日米の間に新しい友好平和条約を結ぶ、それで非同盟の国になる。国連憲章は非同盟を目指しているものですので、アジアに二十カ国、非同盟諸国会議に参加している国がありますので、そういう国々とともに軍事同盟をなくし核兵器をなくしアジアに集団安全保障体制をつくる、その方向に努力すべきだと思うんですね。参考人の中には、逆に集団的自衛権を持つべきだという御意見を述べた方も何人かいらっしゃいますけれども、これは全く日本の憲法の前文並びに第九条に反するものとして我々は反対です。
  それから、三つ目はODAについてです。
  小委員会でもずっと議論中なんですけれども、私は、今のODAの重要性からいってもやっぱりODA基本法をつくる努力を強化すべきだというように思うんです。
  先日も小委員会で若干述べたのですが、発展途上国にとってODAというのは非常に比重が大きいんですね。国連の資料を分析しますと、九十カ国について、資金移転のうち、八〇年代は五割、それから九〇年代は三割、ODAが占めているという比重を持っているわけですね。今の日本のODAは金額でアメリカと並んで一位、二位を争っていて非常に大きいわけです。国の多様性といいますと日本が一番広いんですね。日本のODAが一位を占める国、これはアジアに十六カ国、中東に六カ国、アフリカに四カ国、ラテンアメリカ三カ国、大洋州三カ国というように、世界じゅうの発展途上国に日本はODAを非常に広く供与しているという点で特徴的なんですね。
  前の衆議院議員で日本共産党の経済政策委員長だった工藤晃氏がODAの分析の論文を書いているんですが、彼が詳細な統計に基づいて分析したものによりますと、タイプがあります。アメリカは徹底した戦略的・安全保障目的型で、アメリカの経済援助の半分は軍事援助を補完するESFというものなんですね。しかも、地域的にも非常に偏っておりまして、戦略目的、政治目的に完全に徹底したやり方をとっています。日本とドイツはアメリカ戦略補完型、同時に経済進出目的型、共通のタイプだと。フランスはフランスの旧植民地中心型、イギリスは英連邦中心型。工藤さんはこういうタイプ分けをしているんですけれども、大体これは正確だと思うんです。
  そういう意味では、日本が先進資本主義国の中で最も多額のODAを出している国として発展途上国の自立的な経済発展を本当に援助するようなODAにすることは、世界でも新しい独自の先進的な役割を果たすことになると思います。そういうふうにするためには、やっぱり国会で国民の支持を得たODA基本法を制定することが必要なんじゃないか。
  三月十日の読売新聞で、日本国際フォーラム政策提言「途上国支援の新方向」座談会というのがある。外務省の大島局長は慎重な検討が必要だと言うんですけれども、伊藤憲一日本国際フォーラム理事長も草野厚慶応大学教授もやっぱり基本法は必要だという御意見を述べておられますので、我が意を得たりということで、ぜひその方向で努力したいと思います。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございます。
  次に、永野茂門君からお願い申し上げます。
○永野茂門君 皆さん方の御意見とはところどころ違いますけれども、ほとんど同じであります。
  最初に、アジア太平洋地域の安定化の基本理念について私の意見を申し上げます。
  皆さん方がおっしゃっているとおりに、政治、経済、社会あるいは教育等を含む全般にわたる協力援助、そしてまた、別な表現をすれば切磋琢磨、助け合い、こういうようなことの推進によって協調的な発展、安定を確保するということが基本的な理念であろうと思います。
  ただ私は、ここで少し注意を喚起しておきたいことは、こういうような状態を確保するために、最終的にはやっぱりバランス・オブ・パワーをもって今言ったような協調的な発展努力を補完するということがどうしても残る、そしてまたそれは極めて重要なことであるということを申し上げておきたいと思います。
  しからば、アジアの中でその安定化のためのシステムをどうするかということについて申し上げますと、一つは今、上田さんは大反対だと、同盟関係は速やかに解消すべきであるということをおっしゃいました。そしてまた、集団安全保障システムをアジア地域につくれ、地域集団安保を早くつくれということでございます。確かに集団安保に進んでいくという方向性については私も賛成でありますけれども、二国間の同盟によってそれぞれの国がみずからの安全を確保するという大事なシステムは、またこれを取り除くわけにはいかないと思います。これが第一点です。
  それから、第二点は多国間のシステムであります。その中で、安全保障の関係を除いて、完全に除くわけではありませんけれども大体除いて、その他のことについてAPECを中心に、経済でありますとか社会全般にわたる協力、あるいは相互の援助を拡大強化していくということは極めて重要なことであろうと思います。
  さらに、田先生から日中米のトライアングルの問題が提起されましたけれども、私はARFの方も強化する必要があると思いますが、現在のところは、日中米ロによる多国間の協力フォーラムというものをつくって大きく紛争を防止し、そしてアジアの発展、ひいては世界の発展に対する意見を交換し、協力の実を上げていくというシステムをつくっていくということが極めて重要であろうと思います。
  ロシアは、全くヨーロッパの国と言うわけにはいかないし、アジアに非常に強くコミットしている国でありますので、相互の安定を求めていく、あるいは安定的発展を求めていくというためにもアジア諸国と協力しなければいけないし、それから相互の牽制によって、アジアのいろんな地域において難しい問題を生起していくことをストップさせる力においても大国的な力を再びつけつつありますので、このロシアを軽視するわけにはいかないと思います。
  いずれにしろ、一番最後に申し上げました四大国といいますか、日中米ロによる多国間のフォーラムというのは、アジア太平洋地域諸国のための世界大戦略、私が戦略と言うとすぐ軍事的な面の戦略というように読まれる人がいらっしゃいますけれども、私はそんな狭いことを言っているのではなくて、世界をどういうように経綸していくかそれが人類のためにどう役立つのか、特にアジア地域の持続的な発展にどういうようにしたらうまく政策が組まれお互いの協力ができるのかというような意味の世界大戦略をこの多国間フォーラムでつくっていく。そして、それを行く行くはAPECのようなもっと拡大した国の間において協力、審議しながら確立して、実行していくというようなことが極めて重要であろうと思います。
  したがいまして、この多国間フォーラムの方は、単なる軍事的な問題だけではなくて、世界的に環境問題をどうするとかエネルギー問題をどうするとか、あるいはまた狭い意味で言えばテロ対策をどうするとか難病対策をどうするとか、そういうことをトータルにディスカッションしてちゃんとした方策を方向づけていくというようなことに使う、そういうシステムをつくっていく、これが極めて重要なことだと思います。安定化のためのシステムとしては以上でございます。
  そこで、日本は何をやるのか、日本の役割は何であるかということを申し上げますと、その第一は、今、多国間フォーラムのせっかく働かなきゃいけない日中米ロの四極の問題を申し上げましたが、日本はこの四極の一つとして、特に米国と協力しながら地域の安定化あるいは地域の持続的発展のための推進役としての責務が広く深くあるというのが第一点であります。
  それから、狭い安全保障問題のことについて一つ申し上げますと、日本の仕事としては、周辺事態生起を防止し抑止するということ、これは単に軍事的に対応してそういうことであるということじゃなくて、総合政策として、そういうようなことを日本にとっての極めて大事な役割として認識する必要があると思います。これが第二点であります。
  さらに、国連との関連を申し上げますと、私は、国連の平和維持活動はもちろんでありますが、それだけではなくて、国連の決議に基づく制裁活動に対しても積極的に参加していくということがアジアの安定そして世界の平和的発展のために極めて重要なことであり、これはちゅうちょしてはならない、こういうように思っております。
  最後に二つだけつけ加えますが、一つは中国の問題です。いろいろ言いたいこともありましたけれども、一言に言って中国の覇権指向は防止しなきゃいけない、抑止しなきゃいけない。そのためのいろいろな協力をしっかりやらなきゃいけない。北朝鮮について言いますと、冒険主義を同じように防止し抑止しなきゃいけない。そのためにいろんな協力あるいは節度ある人道援助をしっかりやっていかなきゃいけない。こういうように考えます。
  以上です。
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  次に、山崎力君からお願いいたします。
○山崎力君 山崎でございます。
  長い間のいろいろな参考人の意見それから皆様方の御意見、最後の意見表明という形になろうかと思うんですが、表題における「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」という調査目的を考えたときに、まず安定とは何か。一言で言えば紛争のない状態と言ってよかろうと思うんですが、そういったものが望ましいことは当然として、そこのところに日本の役割をどうとらえるか。何をなすべきかあるいは何をなさざるべきかという役割をどう認識するか。その次に、それを本当に我々は果たせるのかという段階でこの問題を考えてきたときに、なかなか難しい問題があるなというふうに思っております。
  まず、紛争の防止でいけば、いろいろまくら言葉で言われている冷戦終結後という言葉がございますが、そういった意味で言えば、世界的に言う冷戦終結後ということがコンプレックスといいますか、非常に複雑な形で残されているのがこのアジア太平洋地域であろうと私は思っております。
  経済の面からいけば、まさにグローバルスタンダード、そしてまたもう一つつけ加えればメガコンペティションという両方とも横文字の方が通じているような状況の中に置かれていたアジアの、特に東南アジアの経済発展がここに来てとんざを来しているという現状がございます。これは、とんざする前と後では日本の役割は違ってくるだろうということは当然でございます。
  それから、イデオロギーの時代ではなくなったということ。確かにその面はあろうかと思うんですが、政治という面から見ますと、これは軍事という、安全保障の面も含めてですが、その意味からいくとむしろ小規模な紛争は宗教とかあるいはイデオロギー的と言っていいと思うんですが、価値観による差あるいは民族というような問題でのことを抑える力がなくなった。
  そしてもう一つ言えば、そこを閉じ込めるといいますか、冷戦時代の陣営の力で閉じ込めていた部分を封じておくための理由がまだ構築されていないという状況がございます。今の東南アジアの問題、アジアの経済危機の問題で言えば、経済的発展で閉じこめられていた不安がこういう経済危機によって再出するのではないか、また再び噴出するのではないかということが大づかみに見ての一番の問題であろうと思うわけでございます。
  その中で、それでは日本の役割とは何かという問題が当然出てまいりますが、一言で言えば日本は大国である、少なくとも経済的には大国であるということは、これは世界の常識であろうと思います。ところが、よく参考人からの意見で出てきたのは、国民あるいは国として大国の自覚を持っているのかという問いかけに対して、我々といいますかここの調査会の委員も含めて、明確なものが出てこない。ある人の言葉で言えば理念系が出てこない、理念が出てこない。それでは小国でいいのかといえば、実際上、小国としての役割に甘んじるという状況でもない。じゃどうするんだということが今回の日本の役割における一番の問題であろうと思うわけでございます。
  第二次世界大戦、太平洋戦争、呼び方はいろいろありますが、日本がさきの大戦において敗北を喫してそれまでの価値観を取り払わなければいけないという状況に置かれて、新しい憲法のもとに平和主義的、民主主義的あるいは自由主義的な国家像をつくろうとしてきた。しかしそれは、アメリカの占領下におけるいい意味でも悪い意味でもアメリカの教えたことに対する優等生。その中でいかに自分たちの能力を発揮できるか、そういったときに、豊かになろうと。一言で言えば、戦前我々が大きな失敗をしたのは、貧乏からいかに脱出するかということで無理をしてああいうことになってしまった、プラスアルファで、そのときに世界的に見ても道義的に許されざる行為をしてしまった、こういうところがあろうかと思うわけでございます。
  そういったところをやるにはどうしたらいいか。要するに働いて金もうけをして豊かになる、これが日本のあの当時の状況の中で許された方向性として我々はやってきた。それに一応成功した、うまくいった、今問題はあるとしても。その中で、いろいろ困難な状況にある我々のいるところのアジア太平洋地域の安定に対して、どういうことがそういった経過を持った日本としてできるのかといった場合、まとまらない意見でございますけれども、一言で言えば余りよそ様に自分から進んで何かをするという意識は持たない方がむしろいいんじゃないかということを言いたいわけでございます。
  例えて言えば、先ほどの上田先生の論で言えば、最終的に国連の目指す集団安全保障体制へ持っていきたい。これは、日米安保を脱ぎ捨てた形で上のステップに行きたいというときに果たして集団的自衛権を認めない憲法で我々はそこのところに行けるんだろうか、あるいは地域の安定といいますけれども、何か本当に紛争が起こったときに仲裁役として最後は自分の身に火の粉が降りかかるようなところの仲裁まで行けるのであろうか。
  そういった点でそういった覚悟を持つ国が今世界にどれだけあるか。それをいい意味でも悪い意味でも、自国中心と言われようと一応世界的な規模で介入できる国というアメリカ、そういったものとこれからくっついていっていいんだろうかどうだろうか。私どもはいいだろうということでやっているわけですが、その点についての議論すら国家の意思として明確に出されているかどうかという点がまだ疑問なわけでございます。
  私自身からいえば、アメリカが外圧として要求してきたことにこたえるのにきゅうきゅうとしているのが現状であって、みずからの国がかくあるべしというところでアメリカとこういった安全保障の問題でも交渉していないんじゃないかという意識がございます。そういった国が、ある意味で理念が欠けているという国がいろんなことを対外的にやろうとしても、僕はそごが出てくるのが落ちだと。そうすれば、やはりおずおずと後ろからくっついていくしかないんじゃないかというふうに意識した方が、むしろ世界的あるいはアジア的な中でいいのではなかろうかという気がするわけでございます。
  水をぶっかけるような言い方で非常に恐縮なんですが、さはさりながらというところから出たところが私どもの国が結果的にアジアの安定に資するものではないだろうか。まず、彼らが何を求めているか。日本の経済力です、それも余り文句を言わない経済力。しかも、彼らは彼らなりの国家としての国益あるいは政府益を考えた場合、ある意味で言えば非常にわがままな要求をしてくることは当然のことでございます。それに対して拒否するだけの信念が、この問題はあなたのところにちょっと問題があるから出せませんというようなことが、経済問題でなくて理念系において拒否できる体制をとれるかどうかということの方がむしろこれからの日本で重要だろうと私は思っております。
  そういった点をトータルに考えてみますと、現状を大きく変える、みずから起こして変える必要はない。要求されたことをできるだけ忠実に相手の置かれた立場に立って打っていくということが日本の現状において一番果たせる役割ではないだろうか。そのときに、この程度のことはやるべきだ、この程度のことは言っていいんじゃないかということを国民に納得させていく政府、これが今一番求められているのではないかというふうに私は思っております。
  そういった意味において、外交という問題からいけば、まさに対外的な問題の中でそういった文句をつけるというか注文をつけるということはある意味では内政干渉になるわけですから、そういったことまでやっていいんだということを私どもが国家として国際関係を持つときに国民の理解のもとにやる体制をつくる、まずそのような方向でいくということが将来のアジア太平洋地域の安定に資する日本の一番最初の果たすべき責務ではなかろうか。それがあって初めて、永続するよい役割が果たせるのではないかというふうに考えております。
  以上でございます。

○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
  以上で意見の表明は終わりました。
  これより意見交換を行います。発言を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って御発言願います。
  なお、限られた時間内で意見交換を活発に行うため、一回の発言時間を五分以内に制限いたしたいと存じまするので、御協力をお願い申し上げます。
  それでは挙手をお願いいたします。
○高野博師君 今までの先生方の御意見を聞いていまして、この議論が全部パワーポリティックスという、あるいはバランス・オブ・パワーという力の均衡の発想から全然出ていないのではないか。日米中のトライアングルを構築すべしという田先生のお話、あるいはロシアも入れた四極構造、いろんな民間交流も含めて国際的な平和安定を求めるという考えの中で、なぜ日米中ロなのか。これはその国の経済力、軍事力あるいは政治的影響力という観点から国を見ているので、今の国際社会あるいは国際情勢というのをもっと別の視点から見ることはできないかなということが私の考え方なんです。必ずしもアジア太平洋の安定と日本の役割ということにはぴたっとおさまらないんですが、もっと違った視点から見られないか。私がいつも考えているのは、このパワーポリティックスの発想からどうしたら抜け出せるかということなのであります。
  そこで、このバランス・オブ・パワーの発想であれば、平和とか安定といってもそれはバランスが崩れれば一気に不安定になるのであるし、紛争が起きるということなんで、これではなくて別の視点から、例えばODAの問題でも、北欧の国では自分のところが世界一のODAをやっているんだ、それは一人当たりで計算すればスウェーデンとかデンマークとか自分のところが世界一貢献しているんだ、そういう発想を持っているので、もう少し何かそういう視点から国際情勢を見られないかなと。
  そこで私は、このパワーポリティックスからソフトパワーというか、文化とかあるいは一人一人の国民の幸福度というような観点から国というものをもう少し見られないかなと。そういう意味で、ソフトパワーという視点、考え方に力を置いた上で国際社会を見ていけばもっと違った見方が出てこないかなというのが私の意見なんです。
  そういう意味では、日本の果たすべき役割は、アジアに限らず、経済協力も含めたソフトパワーでの協力、文化とか教育とか非軍事的あるいは人道的な協力という点でもっと大きな役割を果たせないかなということであります。
  簡単ですが。
○山本一太君 今、高野委員のおっしゃったソフトパワーという考え方については私も基本的に賛同するところがあるんですけれども、高野委員の方から、どうやったらバランス・オブ・パワーを抜け出せるか、新しい切り方、視点がないかということで、ソフトパワーもパワーではあるんですけれども、違った切り口のバランスという発想でソフトパワーという話がありました。今ちょっと考えついたのは、私はこのアジア太平洋の問題をずっとやっていく中で余り出てこなかった一つの側面としてナショナリズムというものがあると思うんです。
  それで、高野先生はソフトパワーと言ったんですが、私が最近、一生懸命毎日自分の中で組み立てようとしているコンセプトがありまして、ソフトナショナリズムというものです。さっき田先生から韓国の話があったり、あるいは今いらっしゃいませんけれども寺澤先生から留学生の問題なんかもあったんですが、きのう韓国の若いジャーナリストでこちらに留学している人と一時間ぐらい御飯を食べて語をしたんですけれども、日本がいかにアジア太平洋の国々とつき合うかという中でナショナリズムをどうやって扱っていくかというのは非常に大事だと思うんですね。
  それで、なかなかコンセプトとして体系化はまだできないのですけれども、いろんな発想があってもいいと思うんですが、外交の中で相手方の感情と言ったらいいのかわからないのですけれども、外交的に見てよくないバックラッシュみたいなものを引き起こすのは私はむしろハードナショナリズムみたいな感じがするんですね。正直言って、恐らくそれぞれ政治家として先生方も信条はあると思うんですけれども、私の立場というのは、ペンデュラムがすごく右にずれたものというのはちょっと違うのじゃないかなというところがあるんですけれども、逆に今度は左にずれ過ぎてもおかしいのじゃないかと。
  すなわち、きのう彼とずっと話していたのは、日本では愛国心と言った瞬間に何かイデオロギー的な響きがあって非常に右寄りみたいな感じなんですけれども、私は、愛国心という言い方はもっとうまい言い方がないかとずっと探しているんですが、日本文化、伝統、それは常に大事だと思うんですね。日本はいろんな歴史の流れがあっても健全なナショナリズムというものを常に持っていかなきゃいけない。しかしながら、ナショナリズムの持ち方によっては、特にアジア太平洋の国々とのつき合いの中でいろんな摩擦があったりする。摩擦があってもいいんです、議論することは。
  右のペンデュラムと左のペンデュラムの間でバランスをとれるような、さっきのソフトパワーじゃないんですけれどもソフトナショナリズムの領域というのがあるのじゃないかと思って、最近、ソフトナショナリズムの定義というのは何だろう、例えばどういうケーススタディーがあるのかというのをずっと考え続けているんです。やはり、先生がおっしゃったソフトパワー、総合的な文化の力のほかに、ナショナリズムをいかに扱っていって、これは経済、政治にもかかわることなんですけれども、どういう対応で日本が国家としてほかのネーションステーツであるアジアの国々に接するかという問題は、もっとみんなで深く考えなければいけないのではないかなという気がしました。
  ほかにもいっぱいあるんですけれども、五分以内ということですので、終わります。
○馳浩君 高野委員の御意見で、ODAに関しては私も基本法に賛成の方の立場なのでそれはまた改めてということですが、ソフトパワーということを考えたときに、高野委員にもせっかくですから議論としてぜひお考えいただきたいのは、エネルギーと食糧と環境ですね。
  このアジア地域にとっての安定的な経済発展、もちろんそれを支えるには政治の力が必要なのでありますが、共通の課題としてある経済発展には電力消費が不可欠でありますから、それを支えるエネルギーの大量供給をどういうふうに我々が確保していくか、アジア地域として確保していくかという問題。
  それから、食糧ということを考えますと、いよいよ二年後にマラケシュ・ラウンドを控えて、三月五日にもOECD加盟国による農相会議が開かれまして、日本は農産物の自由化に対してニュージーランドなども含めて懸念の声を表明しているわけであります。言うまでもなく、アジア地域の主食は米であります。これが欧米のいわゆる農産物自由化の波にさらされますと、一気に基幹産業の衰退ということも含まれております。まさしく途上国にとっては食糧危機というのは国の危機にも直結しておりますので、この食糧をどうアジア地域として確保するかということは、これはむしろ日本があらゆる意味で、今金融が先に行っておりますけれども、ビッグバンの世界的な流れに入っていく中で日本がアジアの秩序を守らなければいけない立場にあるのではないかという理念を持つべきだと私は思うんです。こういう観点から、食糧問題についての何かお考えがあればお聞きしたい。
  もう一つが環境。これは、まさしく地球温暖化会議が京都で開かれて、日本は一九九〇年比で二〇〇八年から二〇一二年の間に六%、CO2排出量を削減しなきゃいけない、地球温暖化ガスを削減しなければいけない。自然にほっておけば一〇%伸びるという数字が出ておりますから、合わせて一六%削減しなければいけないというときに、これは日本国内だけの問題ではないわけです。アジア地域の経済発展を考えたときに、この地球温暖化ガスを削減するための努力というのは、これも日本がリーダーとなってアジア地域に対して技術なり資金なりを供与していかなければいけない問題である。これらの面もやはり高野先生のおっしゃるソフトパワーの側面を持っておると思いますが、この点に関しまして議論があればお聞かせいただきたいと思います。
○高野博師君 最初に、山本先生のお話のソフトナショナリズムという考え方、私、非常に関心を持ちました。
  一つは、ソフトナショナリズムと同様に、トランスナショナルという主権国家の併存している今の国際社会を、国家を超えたそういう何か運動、例えばNGO、あしたカーターさんが来られるんですが、あのカーター・センターがやっているようなNGOの運動、こういうものがこれから大きな役割を果たしていくのかなということで、ソフトナショナリズムというような考え方と同時にトランスナショナルというような考え方も必要かなというふうに思っております。
  もう一つは、エネルギー、食糧、環境の話、これは地球的な問題群ということで、人類的な問題だと思うんです。
  これは、国際機関等を通じて地球全体のことを考えながら対応していく必要があると思うんですが、そういう意味で、日本がこういう問題についてもっと大きな役割を果たせないかなという感じを持っています。具体的に食糧問題をどうするんだということについて、私、今明快な解答を持っているわけではありませんが、FAOとかいろんな国際機関を通じてもっと貢献はできないかなと。
  いずれにしても、人類的問題群というか地球的規模の問題群が非常に大きくなりつつあるので、この分野での日本の役割は相当期待されているんだろうと私は思うんです。ちゃんとした答えではおりません、今のは所感です。
○板垣正君 アジア太平洋の平和と安定、こういうことが大きな問題でございますが、私は、やはり現実の問題として中国の動向というのがキーポイントであろう、こう思うわけであります。
  これは渡辺昭夫参考人の言われたことで、中国中心の旧秩序が崩壊し変容していく長い歴史の過程の最終段階だと、現在。これは非常に意味の深い見方だと思うんです。つまり、この中国の動向いかんによって朝鮮の問題なりインドシナの問題、台湾の問題、チベットの問題、その動向が影響される、そういうポイントの中で日本の基本政策というものをやはり明確にしていく必要があるんではないのか。
  そういう点では、さっき永野委員からお話がありました、日本、中国、ロシア、アメリカ、この四カ国の関係。これは、認めると否とにかかわらず、やはり一つのバランス・オブ・パワーと申しますか、それぞれ主張を持つ主権国家として、しかもそれぞれの歴史を持ち立場を持つ、そういう中でこの日本の立場というものをどう組み込んでいくか。現実的なアジア太平洋地域における安定という意味におきましては、日本は受け身ではなく、やはり国家としての総合政策を持つ、理念を明確にし積極的な能動的な姿勢で取り組んでいく。こういう意味における政治の姿勢あるいは国民の意識そのものの変革といいますか、これが戦後五十何年迎えて、行革とか、いわゆる旧システムは全部見直さなきゃならない、当然そういう大きな転換期に来ている。
  この転換期の一番大きなのは、ブレジンスキーじゃありませんけれども、日本というのはアメリカのしょせん保護国みたいなものなんだ、こういう位置づけであるという現実というものを脱皮していかなくちゃならないんじゃないのか。そういうふうに私は考え、かつ、そういう中でいかに日米安保体制を基軸にしながら、しかもこれは単なる軍事同盟というよりは、もちろん中核としての軍事同盟的性格はありますけれども、むしろこれは橋本総理も言われた、日米安保体制はアジア安定・平和の公共財なんだと、そのくらいの自信を持って対処していく必要があるんではないのか。
  そういう面で、沖縄基地問題等々いろいろありますけれども、いわゆる日米安保体制、今の姿がいつまでも永遠に続くものかどうかこれでいいのかと。そうなりますと、まさに従属国という立場を脱皮していくといいますか、基本的に日本の平和理念というものは中心としながら、しかし能動的にアジアの紛争を起こさせないという立場で積極的な役割を果たしていこうとするならば、やはり四カ国の話し合いの中からさらに枠を広げた多数国の安全保障体制というものも近い時期に描いていかなくちゃいけない、その中における役割も果たしていく必要があるんではないのか。その際に、今のように憲法の制約のもとで、集団自衛権も持てません、危ないところには行けません、武力行使と一体とみなされることもできません、こういう姿勢というものがいつまでも貫けるのかどうか、それがふさわしいのかどうか。
  もうそろそろその辺は脱皮して、私は、日本の平和国家としての国民の平和意思という立場から立つならば、言ってみれば物の言える同盟国として、物の言える国の立場になって取り組んでいく姿勢、そのほか言われたODAの問題等、大変大事だと思うし、いわゆる地球的課題にも積極的に取り組んでいかなければならない。こういう基本にある姿勢、骨格にあるものは、やっぱりある意味における戦後体制脱皮。過去の歴史をすべて否定し何か後ろめたいような姿勢、その時期をもう乗り越えていかなければならない。つまり戦前の問題、戦中の問題、あわせて戦後のこの日本のあり方はどうだったのか、戦後五十年というものを総括して、新しい世紀に臨む国家としての基本理念、基本姿勢、そして今申し上げたような新しい対応というものが私は一番求められているものと信じております。
  以上です。
○広中和歌子君 話をもとへ戻して大変恐縮でございますが、高野先生が御発言になったソフトパワーにつきまして、その関連で発言させていただきたいと思います。
  私は、昨年の一月でございましたか、ユネスコで開かれました科学諮問委員会に出席いたしました。その諮問委員会でのメーンテーマというのが、二十世紀の終わりに世界科学会議を開きたいということで、その是非についての討議でございました。私はその場におりまして、決して日本の代表という立場ではなかったわけですけれども、絶対これは開くべきだということが一点と、そして開くのであればぜひ日本で開いてほしいと切実に思って、そのような発言をしたわけでございます。
  なぜ科学か、なぜ技術がということですけれども、もう二十世紀が終わりに近づこうとしておりますけれども、二十世紀を特徴づけるものとして何か一つ挙げるとしたら、私は科学技術ではないかと思っているんです。
  要するに、二十世紀初頭から現在に至るまで、世界の経済が当時のGNPから二十倍を超える成長をしたと言われておりますけれども、その経済を助けたのも、そしてまた経済の行き過ぎによって環境問題といったようなさまざまなマイナス面を引き起こしたのも、また今人口爆発と言われておりますけれども、こんなふうに我々が長生きできるようになったのも医療の進歩でございますし、ありとあらゆることによくもあしくもこの科学技術が影響している。そして、二十世紀はまた戦争の世紀と言われているわけですけれども、この戦争を非常にむごいものにしたのも科学技術であり、またそれが究極的には核兵器の開発によって、皮肉なことにそれが今世界的な大戦争をとめる抑止力にもなっているということがあるわけでございます。
  それで、なぜ私がアジアで世界科学会議を開きたいかと言いますならば、日本ぐらい比較的投資をせずに科学技術から学んだ、そして利益を得た国はなかったということ、そしてまた日本はその科学技術をアジアに伝えていく使命を持っているんじゃないか、その会議がヨーロッパ、フランスとかその他の国で開かれますよりも、アジアで開かれる、なかんずく日本で開かれるということはそれだけインパクトがあるんじゃないかなと思ったわけでございます。結果といたしまして、日本で開かれることはなく、結局ハンガリーのブダペストで開かれることになるわけですけれども、しかしこのような投げかけがあったときに、日本が進んで手を挙げてイニシアチブをとるような国柄であってほしいなとしみじみ思ったわけでございます。
  それから、寺澤先生の言われた教育に関する貢献でございますけれども、先生はなぜ日本にアジアの留学生が十分に来られないかということで、語学の問題とかスカラシップ、人種的偏見、学位が取りにくいというようなことをおっしゃいましたけれども、語学というのはどうにもならない問題があるんじゃないかと思います。しかし、科学技術の分野においては比較的ハンディは少ないわけでございまして、文化を超えて私どもが世界に発信できるものというのはやはり科学技術の分野じゃないかと思います。
  そういう意味で、今後留学生を通じて、あるいは技術移転を通じて、あるいは産業移転を通じて日本がアジアの国々に貢献できればいいと思います。その科学技術の多くは、単に経済の面だけではなくて、先ほどお話に出ましたような環境面であるとか、医療の面であるとか、さまざまな面で応用できるわけでございまして、そういう意味で日本がソフトパワーを発揮できればすばらしいなと思う次第でございます。
  以上です。
○上田耕一郎君 先ほど板垣理事がブレジンスキーの言う保護国からの脱皮、それから多国間安保という主張をなさいまして、大変興味を持って聞いたんですが、多国間安保というのがもし軍事同盟の多角化だという意味だったら私は賛成できないんですけれども、アメリカは多国間安保という考え方そのものも許さないんですね。
  何年か前、防衛問題懇談会の報告が出て、あの中でかなり多国間安保の方向が出たんですね。これがアメリカの右派に物すごい衝撃を与えて、何だ、ソ連がなくなったら日本は安保を軽く見て多国間安保へ行くのかというので始まったのがジョセフ・ナイのイニシアチブで進んでいきまして、それで東アジア戦略になったわけですね。それで、日米安保共同宣言になっていった。
  船橋洋一氏の「同盟漂流」を読みますと、普天間基地返還問題が意外な形で出てきて、それで日米安保共同宣言を結ぶ三日前にペリー国防長官と橋本首相の会談があって、そのとき初めて新ガイドラインの問題が出た。キャンベル国防次官補代理は、徹夜でやれというので徹夜でガイドライン見直しを日米安保共同宣言に書き込んだというんです。
  だから、多国間安保反対で、とにかくアジアでは日米安保の強化なんだ、これが柱にならなきゃだめだというのがアメリカの態度なんですね。それに完全に日本政府が追随していく。山崎委員は、アメリカへの協力以外にないんじゃないかという趣旨のことを述べられましたけれども、アメリカの世界戦略と原則、それから行動様式、それに対する日本の無条件追随がいかにひどいことになったかというのが今度のイラク問題ではっきりしたと思うんですね。
  イラク問題でアメリカは、ベーカー報道官が一月に核使用も排除しないというのを新聞記者のインタビューで答えまして、二月の初めにコーエン国防長官は公聴会で、もし生物化学兵器をイラクが使えば徹底的打撃を受けるだろう、そういう趣旨の言葉を述べたんです。大量破壊兵器や生物化学兵器をなくすために査察するんでしょう。査察を拒否しているといって大量破壊兵器を使うというのは、全く矛盾しているんですよ。九四年の北朝鮮でもそうですよ。核兵器をつくる疑惑があるというので、僕は国会でも質問したんだけれども、核兵器使用の選択肢まで持った戦争計画をやるんですから、こんなめちゃくちゃな話はないですね。
  今度のイラクに対するアメリカの武力行使というのは完全に国際法違反です。国連決議もないし、それから武力攻撃を受けてないんだから国連憲章五十一条にも合ってないんですね。それをとにかく無理やりやろうというわけでしょう。
  それで結局、最後はつらい話で、アメリカのあの行動を支持したのはイギリスと日本だけですよ。安保理決議までイギリスに言われて日本は乗って出すわけでしょう。結果は、結局フセイン政権が強化されたんですよ。アラブ諸国もアメリカに対する批判を猛烈に強める。フランス初めヨーロッパの世論もそうで、だからアメリカの今の一極支配というのは、イラク問題のあのやり方で非常に孤立と破綻を進めていって、それに日本が追随していることが大変な状況になっているんですね。
  九三年のボトムアップ・レビューで、アメリカは二正面作戦というのを決めたんです。イラクのクウェート並びにサウジアラビアに対する侵略、北朝鮮の南朝鮮に対する侵略、この二つの戦争、大規模な地域戦争に同時にやると。九四年に北朝鮮に対する攻撃計画を、これは失敗はしたんだけれども立てて、今度はイラクでしょう。こういうのに日本が追随していったらどんなことになるかと私は思うんですね。ですから、アジアでアメリカが平和、安定のきずななんて、全くそれはフィクションですよ。
  かつて私は、ごろつき国家論のことをかなり言ったんだけれども、ごろつき国家というのは北朝鮮とイラクとイランとリビア四カ国だ、ごろつき国家があるから軍備が必要だというんじゃもう間に合わなくなりましてね、最近はピア。僕は英語が余り詳しくない。ピアというのは自分と対等の能力を持つ存在だというんだけれども、ピアステーツ論というのが国防報告に出てきまして、結局、核兵器を持ってアメリカと対等になり得る潜在的敵国だというんですよ。ロシア、中国、インドですよ、名前が出てきているのは。そういう国があるからこういうこれだけのハイテク軍備をどんどんやらなきゃならぬということでやっているわけなんです。
  アジアでアメリカに対抗できる国なんてありはしないんですよ。日本は経済第二大国だが、アメリカと日本が一緒にやっている、これに何か挑戦する国があるかのように言っていろんなことをやっている。これは全くのフィクションですよ。そういうフィクションに乗っていくことが日本の安全を守ることか、それは全く違うと。
  だから僕は、フィクションを除いて、リアルにアジアと日本、世界の現実をみんなが見て討議して、その中で板垣さんの言われる保護国から脱皮した日本独自の道を探求していくことが大事だというように思うんです。
○永野茂門君 いろいろありますが近いところから申し上げますと、アメリカが多国間のシステムによる安保に反対であるとおっしゃいましたけれども、かつてはそうでしたね。全面的に不賛成だったですね。今はそれが、日本が勝手にリードする多国間安保は困る、こういうことを言っているのであって、アメリカが入っていればいいんです、その中に。それから、核の寡占状態というのは私も決していい状況ではないと思いますけれども、アメリカはイラクに対する報復にマス・デストラクション・ウエポンを使おうとはしていないと、大変なダメージを与えるとは宣言していますけれども。その二つ、ちょっと気がついたものですから申し上げておきます。
  それから、英語の問題です。日本にも英語だけでやっているのが埼玉にあるのは御存じだと思いますが、政策研究大学院大学、あそこは英語以外使わないように学長の英断によってやっているそうです。ごく最近、聞いたばかりなんですが。
  それかも、ソフトパワーとハードパワーの問題で、このごろいろいろと論議されている内容でありますけれども、私が申し上げたのは、パワーポリティックスそのものを申し上げたんじゃなくて、いわばソフトなパワーによるいろんな力でアジアの安定、平和、発展を継続するように協力していきましょうということで、ハードパワーはほとんど入っていないのでありまして、したがって高野君を言うようにパワーポリティックスを通したとは思っておりません。
  それから、この際、少しハードパワーとソフトパワーについて。これもごく最近、ある研究会に行って私は申し上げたんですけれども、ハードパワーの時代からソフトパワーの時代にと、こう言いまして、そのときの説明で、イラクに対するアメリカの今の状態が戦争遂行であるとするならば戦争遂行として、ソフトパワーによって一応おさめつつあると。このときの概念の中には、今アメリカが使っている力はハードが後ろに控えているんであって、それをバックにしたソフト、説得といいますか、これの力を使っている、こういうことでこれからの時代はソフトパワーの時代だということを一言おうとしていたわけであります。
  馳君だとか山本君が言っていることはそれと全く一致していると申し上げるわけではありませんけれども、一般的にソフトパワーにはバックにハードパワーがあって、そのハードパワーの力がバックにないとソフトの力は発揮できない場合が多いということは一般的に言えることである。そのほかのソフトパワーもあるわけですが、その点は申し上げておきたいと思います。
  それから、ソフトパワーは非常に善なるパワーである、こういう論もあるわけでありますけれども、果たしてそうだろうかということも注意を喚起しておきたいと思います。説得というのは最終的に洗脳を含むわけでありまして、これは悪意を持ってソフトパワーを使えば大変な悪な力になる。
  いずれにしろ、先ほど出た愛国心にしたってこれはまさにソフトパワーですけれども、それが洗脳によって成り立つとは申しません。申しませんけれども、精神的な作用、頭脳の中の作用によって生じてくる。山本さんは今御勉強中ですから勉強の結果を改めて承りたいと思いますけれども、その脳の中の動きというものが作用しなければ、それにどこからか力が入らなきゃそういう力は出ない、こういうことは考えておく必要があるんじゃないかと思います。
  以上です。
○笠井亮君 アジアの通貨危機の問題に関連して、二点ほど発言したいと思うんです。
  先ほど馳委員が発言の最後のところで、IMFに頼らない域内の緊急援助資全体制の確立ということも提起されたわけですけれども、私もその部分は大変興味深く聞いていたんです。
  今回のアジア通貨危機への対応をめぐって、ASEAN諸国の提案に日本が乗る形で一時アジア通貨基金の設立構想というのが浮上して、我が国の政府もこれの推進に向けて動いたということが
言われております。これは、いわば支援という名前のもとでIMFによる厳しい条件というのがつけられるのを嫌うようなアジア諸国と、それからもう一方ではアジアでの一定のイニシアチブということをとりたいという日本の利害といいますか、それが一致しかかったことを示したのかなというふうに私は見ておりました。しかし、その構想がアメリカ抜きで行われることにアメリカ政府が警戒感を持って圧力を加えたということで、結局我が国の政府も後にこの提案を取り下げだというような経過があるようであります。
  アジアの通貨危機に対する対応に関してアメリカがそういう経過の中であくまでIMFの枠内での処理に固執したということで言えば、やはり一般教書でもありましたけれども、アジアのこの危機という問題、東アジアの危機の問題がアメリカの安全保障にかかわる問題という位置づけをアメリカがしている、そういうもとでアメリカのアジアにおける権益を擁護するという点でこのIMFの枠内での処理ということにこだわったのかな、そしてIMFがその目的にこたえられ得るものとアメリカ自身は考えたんではないかというふうに私は見ていたんです。
  先ほど馳委員が言われたIMFに頼らない域内のそういう体制の確立という点で具体的にはどのような構想をお持ちなのか、ひとつ例えればというふうに思っています。
  それからもう一点、私が述べたいことは、それとのかかわりもあるんですけれども、IMFの改革をめぐる問題です。
  まさに今のアジアの通貨危機の対応を含めて、一九九〇年以来の、久しぶりということになるんでしょうか、IMFの増資ということが今提起をされているわけですけれども、四月には暫定委員会があるということで、国際的にもIMFあるいは国際金融機関のあり方をめぐる、あるいは通貨機構のあり方をめぐる議論というのがさまざまあって、そういう中で新たなブレトンウッズ体制づくりということも取りざたされているという、いろんな議論がある中だと思うんです。私は、そういう中で平等、公平の新たな国際経済秩序ということを展望するならば、やはり国際金融機関の改革というのは不可欠だし、その点で特にIMFについて言えば二つの点があるんじゃないかというふうに思っているんです。
  一つは、投票権の是正の問題です。いわゆる八五%ルールというのがあって、今一七%強をアメリカが投票権を持っているということで拒否権が事実上あると。一国が反対すれば途上国の要望が実現できなくなる仕組みがある。これはどうしても是正が要るんじゃないかというのを一つ思っています。
  それからもう一つは、アジアの支援の問題で、まさに融資の条件といいますか、処方せんの問題というのが非常に議論になっていますけれども、やはり相手国の経済政策だとかあるいは経済システムそのものを変えろということまで迫るような条件をつけることはその国の自主的あるいは自立的な経済発展を妨げることになるし、いわば内政干渉にもつながるんじゃないかというふうに思いますので、そういう条件の押しつけをやめて、そして融資の条件を緩やかにするという点での改革というのはどうしても必要だというふうに思っているんです。その点でIMFへの出資率第二位の日本の果たす役割は大きいし、そういう点での努力が要るというふうなことを強く感じているところです。
  その点でも、馳委員が先ほどIMFの問題に触れられましたので、お考えがあれば伺いたいと思うんです。
○馳浩君 笠井委員は以前出ておりましたアジア通貨基金のことで申されましたけれども、日本としては、例えばOECF、海外経済協力基金であったりあるいは輸銀であったり、それぞれの項目によって今回の東南アジアの支援体制を組んでおるわけでありますね。そういう形で日本だけから出てくるという発言力がこれは外交的に連動する発言力として非常にまだ弱いというふうな観点から、日本がリードして、以前ありましたアジア通貨基金に匹敵するような、IMFには頼らないような支援体制というのをアジアの域内でつくるべきではないかということで、さらに具体策ということになると、どこの分野を日本で対応するのかということまではまだ頭にはございません。
  それから二点目は、非常に意見を同じくする点であります。
  融資条件を、IMFの基準をアジアの国に当てはめる、押しつけがましく今回例えばスハルト体制に対してやるということに対して、私はむしろ画本は段階的な緩やかな経済改革を例えば指導すると。援助するというふうな発言権をもって、経済改革をしなければ融資を延期するぞと、日本も円借款を今延期しておりますが、そういったことを私はすべきではないというふうな意見でありますし、その点に関しましては笠井委員の御意見とは意見を同じくするところであります。
○山本一太君 さっきいろいろお聞きしようと思ったんですけれども、時間が足りなかったので一問に絞ったものですから。
  今、笠井先生のおっしゃった話なんですが、IMFのフォーミュラをそのまま押しつけることについて問題がないのかどうかという話を私もずっと興味を持っていろいろ考えてきました。この間も日経の小島さんが言われたみたいに、今までの通貨危機と違うにもかかわらず、むしろ民間の債務が膨れていったという資本市場での出来事にもかかわらず、従来どおりのパッケージをやっているというところがあると。いろいろ考えてみますと、細かくいろんなことは申し上げませんけれども、今の状況でほかの選択肢はなかなか私はないんじゃないかと思います。
  今、先生のおっしゃったエージャン・ディベロプメント・ファンドの話を中心的に進めたのは御存じのとおりマハティールですから、二週間ぐらい前にアンワル副首相が来て議連の関係で一時間ぐらいお話ししたんですけれども、そのときにアンワル副首相がエージャン・ディベロプメント・ファンド、ADFのことについて、日本の対応にはがっかりした、アメリカが言い出した瞬間にバックオフしちゃったということをしきりに言って、このADFのお話をしていたんです。今、IMFの枠組みがある中でさらにADFをつくるということの効率性とかあるいはアメリカとの関係とかいろんなことを考えますと、細かくここでは申し上げませんけれども、域内のシステムで、もちろんADFみたいなもので対応するのはやはり現実的にはかなり難しいんじゃないかと最近思っておりますので、また詳しくいろいろ先生と議論させていただきたいと思います。
  それから、永野先生がおっしゃったお話で、私もなるほどなと思って勉強させていただいたんですが、やはりソフトパワーの一番の顕著な例というのは、さっき寺澤先生がおっしゃったように、途上国のエリートは、私も東南アジアを回ってきたんですけれども、例えばシンガポールだったらリー・シェンロン・クラスから、次代のリーダーはみんなアメリカかイギリスで教育を受けているんです。トミー・コーなんという三十歳ぐらいで国連大使になった彼は、ハーバードとオックスフォードに行っていたりしてですね。そういう意味で、ソフトパワー、途上国の国づくりをする人たちが欧米型の教育を受ける、アメリカの考え方を身につける、アメリカの価値観を身につける、そしてアメリカのライフスタイルを身につけるということは、これはもうそれだけでも国の安全保障に大きな力があるのかなと思うんです。
  でも、先生のソフトパワーの後ろには必ずハードがあるというお話を聞けば、確かにハードの面でアメリカは世界一の経済大国であり世界一の軍事大国であるということがあるのかなということを改めて勉強させていただきました。私がさっき言ったソフトナショナリズムの領域、右と左のペンデュラム、どっちにも偏らないバランスのとれたソフトナショナリズムの領域というのは、自分の歴史を否定するとか誇りを持たないという意味では全然ないんですけれども、ただソフトナショナリズムの後ろにも、ハードナショナリズムと呼んでいいかわからないんですが、しっかりと自分の国益、それから歴史、主義主張、ライフスタイルというものを主張するハードな部分があってやっぱり生きるのかなというふうに勉強させていただきました。
  もう一点だけ。これは質問なんですけれども、山崎先生がさっきいろいろおっしゃって、日本はむしろパッシブな方がいいんじゃないかと。山崎先生のその言葉はもっとちゃんとした国になってほしいと、私にはそういう気持ちに聞こえたんですけれども、覚悟を持つ国になるかというのはすごく何か心に響いた言葉です。国連に勤めていたときかその前がわからないんですけれども、カダフィに対して、たしかマーガレット・サッチャーが物すごく強く国際社会、国連の場で非難したことがありまして、そのときに思ったことなんですけれども、サッチャーがあそこでカダフィを批判することでもう国内にテロリズムの危険を招くわけですね。日本政府はそういうことはなかなかしない。つまり、イギリスというのは歴史の中で常に国際関係をリードしてきたプライドがあって、それだけの対価を払う覚悟がある。言い方はちょっと、今、常任理事国問題をやっているものですから。
  それは先生のおっしゃるとおりだと思うんですが、しかし先生がおっしゃっているとおり、アジア太平洋において日本は要求されたことをできる範囲でやっていけばいいということで、本当に日本が国際社会の中でやっていけるのかどうか。望むと望まざるとにかかわらず、やはり日本は私はすごく大国だと思います。国連の場所にいて開発の分野を見ても、さっきODA基本法のお話が出ていましたけれども、相当多くの国に対してナンバーワンのドナー国ですし、そういう中で本当に先生は要求されたことだけやっていけばいいと思っておられるのか理念を日本として立てていくとすればそこら辺についてどういうお考えなのか、もうちょっと本当のところを聞かせていただきたいと思います。
○山崎力君 私の言いたかったことは、覚悟をまず持つといいますか、理念を持つことが先決で、それまでは言われたことをやった方がいいんじゃないかという意味なんです。
  ですから、その点でいけば、例えば平和主義、結構だと思うんです、言っていることは。じゃ、その平和主義というのは、カンボジアのポル・ポトが自国民を何百万も殺しているときに、内政干渉になるからといって黙って見ているんですか、それでいいんですねという問題もあります。
  それから、いろいろ上田先生からも出ていたんですけれども、北朝鮮、イラクの問題。これは先ほどのカダフィのリビアの問題等もあるんですが、あの問題というのは国際的に約束したことを北朝鮮なりイラクなりが履行しなかったという前提がありまして、そのことに対してアメリカが、オーバーコミットメントかはともかく、けしからぬから腕ずくでもという姿勢をとった。そのことがいいか悪いかということは言いませんが、もしそれがだめだと、戦争で人を殺すことがよくないというのであれば、それにかわるプロポーズをする。こうやればいいじゃないかということを言わないうちは、単なる犬の遠ぼえにしか国際的にはならないんじゃないか。
  だから、そこまでそれに対しての対案を持つ。平和にとってどうやってやるんだという対案を持たない以上は、日本は平和の問題について余りとやかく言うべきではない、むしろアメリカの追随者として見られていた方が国際的には安心される。
  それから、もう一つつけ加えるならば、日本が国家として、あるいは国家社会として何かやろうと積極的に提案したときに、その裏づけになる一貫した理念が今までの外交その他においてあっただろうか、対外的に見てですね。日本はこういう考え方でこういう行動をとる国だということを理解されるということが、これからの国際社会の中において日本が存立する基盤だと思うわけです。それがなくてやれば、動きがわからないまま大国としての経済力を持っている国家として変な動きをすれば、申しわけない言い方だけれども、それだけで小国の人たちは変な影響を受けてしまう。それがわかった動きであるならば、よしあしはともかくとして理解されるだろうけれども、どう動くかわからぬというのではこれはもう迷惑なだけ、大きくてずうたいがでかいだけと、私はそう感じるわけです。日本以外の国民ならそう見るんじゃないか。
  逆に言葉をかえれば、日本は今金があるからまともなつき合いをしてもらっているんじゃないのと。出す金がなかったら、日本は国家としてどのような行動をとれるんだろうか、何かやることは、できることはあるんですかと。要するに、この場で言うのは適切でないかもしれませんけれども、いろんなことを考えるときに、日本が経済余力がなくなったときにどれだけ国際貢献できるかということをまず前提に物事を考えた方が正しい方針が、理解できる方針が出てくるんじゃないかなという気が僕はするわけです。
  ですから、申しわけない言い方になりますけれども、少なくとも私の立場から言えば、何十年来憲法改正を表題に掲げながら具体的な政治日程にのせてこない政党がほとんどずっと日本の政権党であって、それをまた逆に言うと、国民がそのことを支持してきた。現状でいえば、そこのところが政権党であり得る要請であったということがあったとすれば、それはほかの国家の人から見て、ウォッチャーから見て、日本の政治、日本の外交というものがわからないということになるんじゃないか。対外的なことをやるのであればまず足元を固めてからやった方がいい。まだそこの段階に日本は達していないんじゃないかという前提のもとに、消極的で言われたことをやっていた方がむしろ国際社会のために日本はなるんじゃないか、私はそういう見方をしているわけです。

○上田耕一郎君 イラク問題も触れられたが、ちょっと言っておきますけれども、私はイラクに疑惑がないなんてことは全く言っていないんです。イラクは生物化学兵器の能力も持っているし、かなり隠している疑惑が極めて大きいんですよ。だから、我々もイラクの態度を何ら弁護しない。しかし、イラクが国連の決議に反して生物化学兵器なんかのいろんな生産設備その他を隠し、いろんな薬品等々を隠ぺいしている、それでまた査察を拒否しているからといって、武力攻撃は許されない。イラクのそういう問題は、今、経済制裁が非常に厳しいんだけれども、粘り強い外交的努力で解決すべきであって、イラクが守らないからといって、アメリカの計画は相当な死者が出ることは彼ら自身公表しているぐらいで、そういう本格的攻撃をやることは国際法上も許されないし、世界のためにもイラク国民のためにもならないと思うんです。
  御存じと思いますけれども、不戦条約、それから特に国連憲章で、今、国際法上は戦争は違法になっているんです。わずかに例外的に容認されている戦争というのは、国連の決定に基づく共同の戦争と、後でつけ加えられた国連憲章の五十一条に基づく個別的、集団的自衛権に基づく戦争なんですよ。だから、一般的にはもう戦前の戦時立法というのは当てはまらないんですよ。戦時立法、中立国等々が当てはまるのは、安保理事会が決定を何も下さない場合、安保理事会で何も決まっていない場合。個別的、集団的自衛権で戦争が起きた場合には戦時立法、中立国規定とかが当てはまるという、非常に限定された時代になっている。五十一条にも武力攻撃があった場合のみとなって、のみという言葉はないけれども、武力攻撃がはっきり決まっている。
  アメリカもアメリカの同盟国も、何らイラクから武力攻撃を受けてないでしょう。それなのに、国連の安保理事会の決定に違反しているからと。しかし、安保理事会の決定には武力行使していいという決議はないんですからね。オルブライト国務長官だけがもう新しい決定は要らぬと勝手に言っているだけで、ないわけですよ。そういう無法な勝手な武力行使をすべきでない、それは何の役にも立たないということを言っているので、私はイラクを何ら弁護しない。また、九四年の北朝鮮は核疑惑、確かにありましたよ。我々はそれをはっきり認めた上で、それを理由にして大量破壊兵器の攻撃をやるなんというのは全く矛盾しているし、平和のために役立たないということを言っているだけなんです。
  それからもう一つ、日本は、もっと主体的に、世界の平和のためにも世界の経済発展のためにも役立てるという民族的自覚をもっと持っていいと思うんですね、憲法も国連憲章よりさらに広島、長崎のおかげで進んだものでもありますし。そういう意味では非常に先進的な憲法を持っているし、先進的国民を持っているし、エネルギーもあるし、高校進学率九六%で大学進学率ももう五〇%に近いというようなそういう国なんだから、もっともっと自信を持ってやればいいんで、ただその自信が発揮できないのは悪いけれども今の自民党中心の政治がよくない、そう思っているんです。
  以上です。
○永野茂門君 山崎さんにお伺いしますが、日本は非常にだらしない状況にある、志もないし覚悟もできてないし理念もない、だからその間は余りいろんなことをやらなくて追随しておるのが無難であると、こうおっしゃっているわけだけれども、あなたは日本をしっかりさせたいのか、それともこのまま放置しておきたいのか。政治家ですから何とかしたいと言うなら何とかしなきゃいけないと思う。板垣さんはさつきからしっかりさせようとおっしゃっているわけですけれども、どういうようにお考えですか。
○山崎力君 私への質問ですので、お答えいたします。
  その辺の政治家としての基本的なスタンスということでしたが、その前にちょっとお答えしたいのは、アジア太平洋地域の安定と日本の役割という命題で今この議論というのは進んでいるわけで、それを前提として私は話しております。ですから、そういうふうなことでの日本の役割ということで、余り大上段に振りかぶって、これもやろうあれもやろう、できるんじゃないかという議論ばかりやっているということに対してのアンチテーゼとして申し上げているということをまず御理解いただきたいと思います。
  ですから、私としては、しっかりしてもらいたいと言うこと自体は先生の言われるまでもなく政治家としてやっていきたいということで、微力ながらでも尽くしていきたいと思っております。
  ただ、ここのところは皆様方にむしろお聞きしたいんですが、それではこの方向でやっていこうよというようなことが、それぞれの先生方から一つ一つ出てきていることはありますし、学者、評論家の方から出ていることはありますが、トータルとしての集団として、民主国家ですからある程度の集団として、意思として、こういう方向に行こうじゃないかという一貫した考え方が果たして今あるだろうか。これが日本の将来として、国家として成り立つ理念系として正しいんだということが自分自身にあるだろうか、また、そのこと自体をまとまった形で国民が本当に心底から望んでいるだろうかということに関して、私は否定的な見解を今の段階で持っています。
  そういった中で、私の意見を、微力をどう発揮したらいいかということで、手段の問題で迷っているということを、個人的なことで質問があったので申し上げる次第ですけれども、思っております。

○永野茂門君 一言だけつけ加えますけれども、一番最後の、国民が否定的であるという観察は私は逆です。
○板垣正君 日米関係が基本、日米安保体制で今日の我が国の平和と安全を守ろう、こういう立場であります。
  さっきから上田先生が述べられているイラクの問題、これは何もアメリカが一方的に武力行使にはやる、こういうことではないわけです。安保理決議をフセインが妨害する、あるいは約束された国連の視察を妨害するとか拒否する、そしていわゆる大量破壊兵器をひそかにつくるなり、あるいはほっておくとそうしたものが拡散されるのではないか。これは恐らく、アメリカなりの徹底した情報管理の中で相当な根拠のある立場から、この国連決議というものが無視されたままでは秩序が成り立たない、こういう動機が一番大きかったと思うんですね。その辺に対する安保理の諸国なりあるいは国際的なコンセンサスとしても、イラクはあれを守るべきだ、査察を無条件に受け入れるべきだという点においては一致していたと思うんです。
  ただ、幸い結果的に国連のああした形になりましたけれども、同時に、国際社会の厳しさといいますか現実の厳しさといいますか結局、ああやってイラクが、フセインが、彼なりの意図はあるにしても、今のところ、今まで拒否してきた視察を受け入れるなり国連の調停を受け入れて視察を受け入れる、こういうところまで来ている。これはやはり、アメリカのあれだけの決意なり具体的な武力の動員なり、こうした裏づけのもとで実現できたということは否めないのじゃないか。つまり、我々は平和とかなんとか言っておりまするけれども、実に危ういぎりぎりのところで、しかもまさにその中でいかにしてこれを抑止していくか、そういう作業だと思うんです。そういう意味においてアメリカという国は、さっきの話じゃありませんが、少なくとも覚悟を持って対処している。
  それに比べた場合に、我が国の姿勢というものは非常に受け身に過ぎるのではないのか。端的に言うならば、戦後体制のもとで、あの平和憲法という憲法の制約の中で国を挙げて一つの思考停止みたいな状態になっているんじゃないのか、そこから理想と現実というものが区別がつかないような。その辺、やはり我が国はこの際に脱皮しなければならない、つまり覚悟しなければならない。そういう中で初めて物の言える同盟関係、物の言える国際関係、ひいては尊敬され信頼される国際関係の一つの存在としての自立があり得るのではないか。やはり平和、安定の問題はそういうところからもう一度見直すといいますか出発すべきだと、これが私の考えであります。
  以上です。
○岡崎トミ子君 アジア太平洋の平和と安定というところで日本に一体どんな役割があるのかということで、私も一言発言をさせていただきたいというふうに思います。
  おととしでしたでしょうか、ポルトガルのガマ外務大臣、バスコ・ダ・ガマの子孫だということだそうですが、このガマ外相に私がお目にかかりましたときに、日本はもっとアジアそれから世界に対して民主化あるいは平和という問題についてイニシアチブをとる、そういう動きをもっとしっかりしてもらいたい、ヨーロッパからそんなふうに眺めているというお話を伺いました。
  私は、そのポルトガルが四百五十年間植民地としていた東チモール、今本当に民族の弾圧にあえいでいるところなわけですけれども、一九七五年のインドネシアの軍事侵攻から二十年以上、二十万人以上の人命が失われている、そういう状況が現在もずっと続いているわけです。この東チモール問題について、今月の初めにタイのバンコクで開かれました東チモール問題アジア太平洋会議というのに出席をいたしました。
  ここで強く感じましたことは、例えばアジアにはヨーロッパやアフリカにあるような地域人権条約がない、地域人権保障機構もない、あるいは恒常的な紛争処理機関もない。では、どういうふうにしてアジア、ヨーロッパ、アフリカで起きたさまざまな紛争が解決されているのかというときに、例えば西サハラ紛争というのはアフリカ統一機構が尽力した。あるいは、グアテマラの平和のプロセスというところにもコロンビアやメキシコやエクアドルというところが推進の動きを見せてきた。これは下からの人々の草の根の積み上げの動きであったということなわけなんです。これがクローズアップされればされるほど、政府間の、政府としての動きというのがもっともっと必要になってくるということをそうした会議の中で強く感じてまいりました。
  インドネシアは政府開発援助では最大の供与国でありますし、あるいはまた投資国でもありますし貿易の相手国でもあるというところから、私たちは大きな責任を負っているのではないかというふうに思いますが、残念ながら日本が果たしている役割というのは非常に低いし、ほとんど相手には通じていないという状況だということなんですね。これはインドネシア国内問題だけではなくて、ODA、民間投資それから貿易などを通じてインドネシアに深く日本がかかわっているということも、世界から見ますと、もう少し日本の役割をきっちり果たしてもらえないだろうかと。この会議の中でも、そんな希望そして批判めいたような話もたくさん出てまいりました。
  これを解決するために、私は、インドネシアの問題、いろいろ援助しているわけですから、政策的なものも政府部内だけで解決したり決めたり策定するのではなくて、もっとさまざまなルートを通じてNGOとか諸団体との協議を深める、積み重ねる、そういう意見を尊重するということがいかに大事なのかということも感じてまいりました。
  インドネシアはスハルト大統領が七期目スタートということなわけですけれども、相変わらず通貨・金融危機によってインドネシアの人々は、企業倒産や失業あるいは物価高、大変深刻な経済的苦境に立っているというふうに思っております。こういう苦境を脱するためにも、インドネシアという国がもっともっと民主化されなければいけない、人々の声が政治に反映されるような状況をつくらなければいけない。東チモールの問題にかかわることができない。これは、やはり言論弾圧や、教育の問題でも本当にいろんな弾圧がありました。もちろん政治結社はだめです。公正な選挙が行われていないとかさまざまなインドネシアの中の非民主化の問題がありますので、ここをきちんと民主化させる。ODAを出しているわけですから、もう一回ODA大綱の原則というものを根本から見直して、その辺の発言をしていってもいいのではないだろうか。そのことがインドネシアを救っていくときに非常に大きな力になるであろうというふうに思っております。
  私たちの血と汗の結晶が例えばスハルト大統領のファミリー関連企業や特権的な財閥の救済になってはいけないということも非常に強く感じましたので、一言、もう少し日本がここにかかわっているNGO、民間の人たちの声も聞くようなそういう形、人権の問題にもう少し配慮するということも大事ではないかということを御報告したいと思います。
○山本一太君 簡単に、一つだけ。
  今、インドネシアの問題も岡崎先生の方から出たんですけれども、さっきIMFの今のパッケージはいろいろ問題があってもほかになかなかそのオプションがないという話はしたんですが、馳委員のおっしゃった中で、強者による説得という対応だけではいけないという話がありまして、やはり日本としては、ある意味ではアジア的価値観といいますか、そういうものを踏まえた行動というのは必要なのかなと思いましたので、ちょっとそれだけ加えさせていただきたいと思います。
  あと、岡崎委員のおっしゃった会議の資料ですね、もし差しさわりなければいただきたいと思います。
○岡崎トミ子君 はい、ぜひ。
○山本一太君 民主化、人権のスタンダードをどういうふうに見るかという問題は、アジア太平洋に対するODA政策の中でもすごくかぎになるのかなという気がいたしました。
○山崎力君 先ほどからのあれで、私の議論とまた別なところへ行っているんで、ぶり返しになるかもしれませんが、申し上げたいことがございます。二点。
  まず、上田先生のところでイラクとか北朝鮮の問題のアメリカの対応があったんですが、私がそれではほかのプロポーズ、提案があるのかと言ったときの答えは、粘り強い話し合いだけということであったと理解しているんです。それでまあよろしいかと思うんですけれども、果たして粘り強い話し合いで国際問題がすべて解決するのか。戦争というのは、もともと話し合いでいろいろな複雑なものも決着をつけるという政治学的な背景がございますからあれなんですけれども、そこのところでの被害が今世界的に人道的に許容できなくなっているという点はあるんですけれども、それじゃ粘り強い話し合いで解決しなかったときに、粘り強い話し合いをしろと言った国家の責任はどうとらえるべきなのかという問題が一つあります。
  それで、粘り強い話し合いでいえば、それこそアメリカが、今うまくいったり悪くいったりですけれども、イスラエルとアラブ諸国間の問題、これはもう戦後一貫して粘り強い話し合いとドンパチを繰り返してやっているわけです。そういったところに日本が関与するとすれば、これはエリアが違いますけれども、関与するときに、粘り強い話し合いを、粘り強い話し合いをと言ったところで、本当の当事者は何も影響を受けないだろうという気が私はしております。
  それから、今の岡崎さんの話の揚げ足を取るわけじゃないんですが、東チモールというふうなことでおっしゃられていたんですが、東チモールを取り上げて個別的にやるんならもっといろんな話が出てくるでしょう、それを一々やっていられるんですかと。
  先ほどちょっと山本さんも言ったんですけれども、人道的あるいは人権抑圧があるよというようなことで、ODAを利用して、あるいはNGOを利用してと。それも一つの考え方でいいんですけれども、そこのところにバックボーンが一本通っていなかったら、例えば申し上げるんですけれども、それじゃそういった人たちがカンボジアでポル・ポトが住民を虐殺していたときにどうするんですかと。あれ以上のことはここのところ、身近でなかったわけです。そのとき、日本政府は、日本国民は何をやったのかと。
  もう一つ、あえて言わせていただければ、今の大陸中国が、これは軍事専門家の人たちが言っているんですが、日本に向けての核装備を持っているよ、ロシア風に言えば東京へ向けた弾道弾をセットしているよと言う人がいるわけです、現実に。そういった国に対してODAとか開発援助をする理由は何なんですかと。あるいは、さっきの東チモールのような問題でいえば、中国だってチベットという問題があるじゃないですか、あれは中国の内政干渉だからということで黙っていていいんですかと。
  そういったことに対して、一つの国家として、あるいは国家社会として一つの理念を持ってずっと一貫して言い続けるというのであれば、これは世界的にも国際間でも理解されると私は思うんですけれども、気がついたところ、目についたところ、あるいは直接利害関係がないからといったところ、あるいは利害関係のあるところ、そういった場合の使い分けで発言することが果たしていいんだろうかという問題提起を私はしたつもりなんです。
  ですから、それはおっしゃるとおりの問題点があるんだと思うんです。それに何らかの、あるいはいろんなかかわり方を国家として持った方がいいというのもそのとおりだと思うんです。だったら、そこのところの前の、いわゆる日本としてかかわり合う考え方の基本は何なのか、どこまで責任を持つつもりなのかということをまず考えるべきではないかということを私は申し上げたわけで、その辺をすっ飛ばして個々の問題に行かれても、私からすれば議論が深まらないだけで、もとの振り出しに戻るだけで、そろそろまとめの時期になっていてどうなのかなという気で聞かざるを得ない、こういうことでございます。

○上田耕一郎君 本当はきょうはアジアの問題なんだけれども、一つ、イラクの問題で。
  アメリカの武力行使の構えが問題を解決したんじゃないかと言われましたけれども、あれはフセインの策略にひっかかったと思うんですね。フセインはとにかく経済制裁が余りに厳しいのでやっぱり瀬戸際戦略をやるわけですよ、ノー、ノーとね。そうするとアメリカがダブルスタンダードで、イスラエルの方には何も言わないであそこだけやる、そういうやり方が孤立して、かえってフセインの思惑が成功するというようなことになる。これが一つ。
  それから、山崎さんが言われること。例えばカンボジアで大虐殺があって日本は何もしなくていいのかとおっしゃるけれども、そういう問題で、ああ、それならやらなきゃならぬというとアメリカと同じことになるんですよ。だから、そういう問題が起きたときこそやっぱり国連が動くべきなんですよ。そのために国連憲章で決まって戦争違法化の時代になっているんだと思うんですね。
  それから私は、保護国からの脱却という点では、これは経済問題でもそうだと思うんですね。最近読んだ本では、飯田経夫氏、彼は近代経済学者なんだが、「経済学の終わり」という本が出ていまして、今の日本の最大の問題はバブルとバブルの崩壊の後遺現象だ、あのバブルがなぜ起きたかというとアメリカの圧力に日本が屈したからだと。私もそう思うんです。事実、あのバブルのおかげで不良資産が生まれ、それがずっと今まで響いているわけでしょう。
  だから、日本の責任は非常に大きいけれども、経済問題でもやっぱりアメリカの言いなりになっているということが日本の経済運営を非常にゆがめているんですよ。あの二兆円の特別減税をやれたのもクリントン親書によるものだというのは毎日が報道しましたし、今でも十兆円の減税でしょう。我々も減税賛成だけれども、アメリカに言われてやるのと自主的にやるのとでは違うんですね。
  だから、そういう点では、経済問題でも安全保障の問題でも、飯田経夫さんは反米主義者じゃないので脱米、アメリカから抜ける脱米ということを盛んに主張されているんだけれども、小沢さんの意味とは違うけれども普通の国としての主権回復を、戦後半世紀たったんですからいろんな意味でやること、これはそれこそ超党派の課題じゃないかと思うんです。
○笠原潤一君 諸先生のいろんなお話を聞いておって、考えてみれば日本が戦後五十数年間、これはやっぱり日米安保条約というか、そういうおかげで金もうけもしたしいろんなことができたんですよ。その結果、日本人に言えることは、ODAでもそうですけれども、金持ちけんかせずですよ。泣く子と地頭には勝てぬということでやってきたという証左がいろんなことを通じてあらわれてきていると思うんです。だから私は、ここら辺でもうそろそろそういうことから脱却しなきゃならぬと思うんです、本当の話が。
  ですから、私の言えることは、今の二つの言葉に相通ずるようなものがあるということ、日本人がほとんどそういうことでどうも戦後やってきたような気がします。トラブルを嫌がる、そしてそういうことのためにやってきた。しかし、一応ここら辺で、普通の国とは言いませんけれども、主体的なことをしっかりしないと、いつまでもあると思うな親と金ということがありまして、金は必ずなくなるんです、いつまでも日本は繁栄しませんよ。ですから、やはりここら辺でしっかりしなきゃならぬなという気持ちにさせられたということを申し上げて、私の意見を終わります。
○田村公平君 三年間近くたちまして、ずっといろんな人の意見を聞いていましたけれども、基本的に日本国憲法はメード・イン・USAでありまして、そしてビッグバンだとかグローバルスタンダード、横文字で言えば格好いいかもしれぬけれども、これもはっきり言えばメード・イン・USA。つまり、円の時代がやってくると言ったけれども、今、日本はこんな状況になって、ドルの時代。
  そういう一つの大きな枠組みの中で、山崎先生の話じゃないですけれども、他国に対していろいろ意見を言うんであれば、負けないくらいの、ソフトとハードと言うけれども早い話が軍事力、外に軍隊も出せぬ国では意見宣言っても仕方がない。インドネシアには立派な国軍があります。シンガポールも国ができて三十三年ぐらいですけれども、立派な国軍があります。どこの国も立派な軍を持っています。いつでも文句があればたたくぞということになっています。
  そういう中で、例えば先ほど来話が出ていましたがチモールの人権問題、それも大事でしょう。しかし、インドネシアに日本のODAの金で脳神経外科の医者をやりました。救急病院をつくりました。救急車も置きました。幾らサイレン鳴らしたってだれもよけてくれないんです、救急車という概念がないんですから。
  我々は、ともすれば大都市、つまり在外公館、大使館のあるところに行って国際会議に出て、そこらをちょろっと見る、これはどこも世界じゅう同じなんですよ。一歩奥に入れば、あるいは路地裏に入れば、我が国の戦後の五十年間、あるいは戦中、戦前を含めた五十年間がきょうという日に凝縮されておるのがアジアなんです。
  そのことを考えたときに、看護婦さんも行っています、優秀な外科医も行っています。しかし、その地域の最高の看護婦さんを集めて救命救急病院をつくっても、どうやって教えたらいいか。メスを出してくださいと、そうしたらジス・イズ・ナイフと言われて、日本からやったお医者さんも看護婦さんもひっくり返っているんですよ。そういうところを本当に見ていかなきゃならないということと、私はODAで言うのであればそっちの方が大事だと思う。
  例えば、タイのバンコクに六十八億円かけてつくった国立劇場があります。できて十年です。私はNHKの芸能局のチーフディレクターをやっておりましたので、ホールを見ればどういうふうに演出すればいい、どういう舞台監督をすればいいかわかっています。ちょうど我が国と似ています。地方の自治体が何十億円もかけていっぱい立派な箱物をつくりました。ほとんどが貸し席状況です。
  どうしてそういうことになるか。サントリーの佐治さん、東北の人を何か蝦夷とかなんとか言っていろいろ物議を醸した人ですけれども、あの人は確かにお金を持っています。サントリーホールをつくりました。渡壁暉というイタリア賞を二回もとったすばらしい人間をヘッドハンティングして、世界のミュージシャンを呼べる、そういう人をそこに置きました。例えば、第二国立劇場できました、オペラハウスが。八百億円も国費をつぎ込んで、文部省の天下りが理事長になり理事をやって、舞台監督に何の権限もない。
  何か、我が国がやっておるODAというのは非常にそういう感じがしてしようがない。そういうところに目を向けてほしいなと。
  例えば、タイのチェンマイの奥地でリス族だとか山岳民族、少数民族がいます。ケシ、麻薬をつくることが金になるからつくっているんですよ。ODAのお金で換金作物を今指導しています。そういう地道なところには実は日本の国会議員含めてだれも行ったことがない、初めて見ましたと。
  だから、格好いい議論じゃなくてもう少し地に足がついたことをしないと、我が国が最貧国になったときに果たして日本という国に資源大国であるインドネシアやそういう国が援助してくれるんでしょうか。私は援助してくれないような気がします。どうか、まとめの時期にはそういうところにも一章を割いていただきたいなという気がしております。
○田英夫君 まとめの時期に入っているときに、ちょっとこれから申し上げることはとっぴなことになるのかもしれませんが、高野さんが言われた御意見、それに対して山本さんが加えておられた御意見は大変私は興味があります。つまり、パワーポリティックスじゃないかと。私が申し上げた日米中トライアングルというのもまさにそのとおりだと思うんです。
  現在、アメリカのやり方というのは、唯一の超大国になって、今度のイラクに対する態度などもまさにパワーポリティックスそのもの。これをもっとならしていくというか弱めていくというか、そういう意味を込めたこの次の段階が日米中トライアングルであって、人間の一生というサイクルで考えると、七、八十年ぐらいでまた世界がずっと変わってくると思うんです。山本さんが言われたいわゆるナショナリズムあるいは愛国心、そういう問題もだんだん変わってくるんじゃないだろうか。
  韓国国民が経済危機脱出のために金を供出する運動をしたと。既に二十億ドルの金が集まっていて、これで外貨準備が若干回復した事実があるんですね。金大中さんが就任演説でそういうことをまさに愛国心といって称賛をしておられます。今の日本じゃなかなか考えにくいことを隣の韓国ではまさに愛国心で、国家の危機だというんでやっている。
  じゃ、それが韓国を含めて世界的に今後ずっとそういう国家単位の物の考え方というのが変わらずに通っていくのかというと、私は変わってくるんじゃないかと、大変先走った言い方なんですが二十一世紀の前半はまだパワーポリティックスの時代を抜け切らないと思いますが、後半ぐらいになってくるとうんと変わってくるんじゃないか。
  例えば、経済がそれを変えてしまうという面があり得ると思うんです。今、IBMジャパンは、アメリカが後ろにいるのは当たり前ですが、しかしもう完全に日本の経済の中に組み込まれた大企業。逆に、日本のトヨタがアメリカにつくった会社は、アメリカの経済の中で活動しているアメリカの企業になっていく。アメリカと日本が一番そういう意味で変化の先頭にあるのは当然でしょうけれども、例えば日本とアメリカが戦争するなんということは、そういう面からも自分の国から行ったものをたたき壊すことになるんじゃないかという議論が今、かなりこれは先走った人の議論ですが始まっていますね。
  そうすると、世界的に国家という感覚が今のような、あるいは過去のようなものと変わってくるんじゃないだろうかという感じがいたします。愛国心というものは当然変わってくるんじゃないだろうか。私は、昭和二十二年に、社会に出るのに当たって新聞記者になろうと思って共同通信の入社試験を受けたら、現在の日本において一番大切なものは何かという論文の題が出ました。私は愛国心ということを書いたんです。戦争に負けたからこそ、今、愛国心という論理をしたわけですが、それが今の日本では全く違うというふうに思います。
  ですから、国家観、ナショナリズム、愛国心というようなものも二十一世紀の後半ごろには今とは全く違っちゃうんじゃないだろうか。いい意味で言えばもっと国際化するでしょうし、そのことを非常に大事に考える方からすればもっと悪化する、悪くなるという見方になるのかもしれません。しかし、変わるだろうと私は思っているということを申し上げておきたいと思います。
○板垣正君 田先生の御見識、承りました。
  確かに、今、いわゆるボーダーレスと申しますか、経済も国籍がどこにあるかわからない。そういうような実態とともに、反面、いわゆる文化の戦いというようなことも言われる。フランスのODAの基本の中には、フランス語を普及させる、フランス語を守る、それがフランスのODAの一つの柱になっているというのをこの間ある本で読みました。やはり、今おっしゃったようなボーダーレス、国境を越えた人間の意識の変化というのは当然一つの大きな流れであろうと思う。
  反面、いわゆる冷戦後の各地域、それぞれの国の流れというのは、みずからのアイデンティティーを改めて自覚する、あるいはさかのぼってのみずからの歴史とか文化とか伝統、そうしたものを大事にし、かつ相互にそうしたものを認め合う、そういう流れというものもやはり一つの自然の流れではないか。
  そうした立場から見ると、我が国の場合、むしろ戦後の体制というものは行き過ぎといいますかある政策的な意図というものに置かれたということもあると思うし、国内の問題もいろいろありますけれども、殊さらにみずからの歴史をおとしめる、あるいは否定をする。そういうことで、国家民族としての一つの根なし草的なものが今教育の面でもいろいろな事態を招いているということが言えるのではないのか。
  そうすると、愛国心という表現がどうかはあれとして、学校教育なり基礎教育として、国歌とか、君が代ですね、日の丸とか歴史とか、それを支えてきた民族的な伝統的な価値観というものをもう一度見直す。その中からにじみ出るような、郷土を愛し国を愛し、また先人たちのいろいろな苦難の営みというものに思いをいたすと、私は、やはりそういう姿がある意味の健全なナショナリズム、我が国の場合にはむしろ今の段階はそうしたものが改めて見直されなければならないのではないのか、そういう感じを持っております。
○山本一太君 田村先生のお話を聞いて、私も援助の仕事で随分アジアに行ったりアフリカに行ったりしましたけれども、やっぱり地に足をつけた考え方というのは必要かなというふうに思います。随分むだになっていないところもありますけれども、先生のお話を聞いて、たしか同様のやつがインドネシアにもあったけれども大丈夫かなとか、いろいろ今プロジェクトをフォローアップしょうがなとか思っているんです。そういう視点は常に持っていなきゃいけませんし、どういう形で取りまとめに入れるのかわかりませんけれども、日本の対アジア政策はODAがやはり基本ですから、何らかの形で田村先生の視点を入れるというのはいいことかなというふうに感じました。
  あと、田先生のおっしゃったことなんですけれども、確かに世界が小さくなってグローバル化して、経済の世界ではもうほとんどボーダーレスと言われているんですが、では果たして国家がなくなるかなということをいろいろ議論したことがあるんです。例えば田村先生は高知県出身で、高知県というのは物すごい特徴があるとおっしゃるんですね。私も地元に帰ると上州人気質というのがありまして、同じ日本の中ですら、何か土地あるいは血縁といったものでこれだけの違いがある。そういうことから考えると、世界はどんどん狭くなってグローバル化し、それこそインターネットの世界ではサイバースペースなんといってだれもコントロールできないような世界が現出するんですけれども、でもさっき板垣先生おっしゃったように、私は人間の血のつながりとかきずなはなかなか薄まらないと。
  だから、グローバル化が進めば進むほど、一つの反動として、ネーションステートの意識というか国家というものの意識が逆に強まるということも出てくるんじゃないかなという感じがしています。国家はどういう世界になってもやはり単位としては結局存在し続けるんじゃないかなというふうに思います。これは国連のあり方にもすごく関係がある議論がなと思うんですけれども。
  ちょっとお話ししたとおり、きのう韓国人の若いシャーナリストと話をしたんですけれども、韓国はまだすごく地域主義がはびこっていまして、驚いたことに、今はそうでもないんですが、韓国でちょっと前までは自分が全羅道出身だということは言わなかった、また聞けなかったというぐらい全羅道の人たちは百済の時代から、彼は迫害とは言っていませんでしたけれども、いろいろひどい目に遭ってきたという話がありました。シカゴに住んでいるいわゆるコリアンアメリカンの人たちの間でこういう話があったと。アメリカにいながら、あるカップルは彼が全羅道出身だからつき合わないということがあるという驚くべき話も聞いて、今そんなことも思い出したんです。
  私は、いかにボーダーレス化が進んで情報や経済の流れが一つになっても、国家とかナショナリズムとか、さっき言った愛国心というのはいい意味でも悪い意味でもやはり消えないんじゃないかな、そんな気がしました。
○魚住裕一郎君 ちょっと所感になりますけれども、今、板垣先生、まさに伝統的な価値観が大事だというお話でございます。非常におっしゃることはよくわかるんですが、ただその違いを主張しているだけではいけないのではないか。そういう意味で、先ほど申し上げたような相互理解をどう図っていくのか。伝統的価値観、郷土愛と言ってもいいと思いますが、そういうことを維持しながら違うということを理解し、かつそれを尊重していくということが本当に大事ではないかなというふうに思いました。
  それから、先ほど田村先生から、日本が最貧国になったときに日本をインドネシアが援助してくれるのかという言い方がありましたし、また山崎先生から、金がなくなったらどう貢献できるのか、そういうところから出発して考えるべきであると。まさにそうだなと私は思います。やはり長期の視点に立った貢献をどう図っていくのかということを考えるべきではなかろうかというふうに思います。
  田先生から、五十年、六十年後の話が出ました。確かにそのときに国家というものはどうなっているかわからないというか、今、山本先生から少なくともあるのではないかというようなお話でございますが、そういう長期になるとまたどこが成長センターになるのかということもあるだろうし、やはり長い目で広く、地に足のついたおつき合いをしていくということを議論していただきたいなというふうに思っております。
  終わります。
○寺澤芳男君 一つ、英語についての意見を申し上げておきたいと思うんですが、我が友人の大蔵省の財務官だった行天豊雄君が、英語が日本で通用しないことがアジアとの相互理解に致命的な壁となっているという論文を書いたことがありました。我々の年配になるともう無罪放免なんですが、私が非常に心配しておりますのは、今の日本の三十代、四十代、五十代の知識人がアジアのそういったテクノクラートとか知識人、ビジネスマンと同じような英語力が果たしてあるんだろうかと。
  アジアで行われる世界のいろいろなミーティングに行きますと、韓国人も台湾の人たちもインドネシアの人も、要するにかつて英連邦の植民地ではなかった国の若い人たちが正々堂々とアメリカ人、ヨーロッパ人と一歩も引かず英語でやっている。ところが、残念ながら日本人はそれができなくて通訳を使う人もいます、若いくせに。若いくせにと言うとなにですが、とにかく僕の言っている意味は、どうもコミュニケーションができない。
  それは、ぺらぺらしゃべるというだけじゃなくて、読むこと書くことをも含めて、何か通訳の発達あるいは翻訳の発達というのが、あるいはおれは英語なんかできないんだということで逆に胸を張ることの方が日本においては保守本流の道を歩むというのは、非常に間違った考え方です。能あるタカはつめを隠すで、アメリカに留学して非常に英語のできる人でも、日本に帰ってくると英語ができると言ってしまうと会長や社長の通訳にされてしまうものだから、よくわかっているからしきりに英語ができないと言う。本当にそういう現象があるわけです。
  特に英国人とかアメリカ人と話し合いをするために英語が必要だということを僕は言っているわけじゃなくて、アジアの人々と話すのに英語以外の言葉はやっぱりないんですね。だから、この辺のところを本当に考えないといけない。日本人は何を考えているかわからないということは、僕の長い海外生活の体験でいうと、九〇%は英語がわからなくてコミュニケーションができないということからきている大変な誤解なんですね。だから、少なくともアジアとうまくやろうと思ったら、コミュニケーションのツールである、あるいはもうコンピューター語と言ってもいい、世界語と言ってもいい英語を若い人たちは絶対に、特に知識人あるいはリーダーは通訳なんか使ってはだめです、二十代、三十代、四十代の人はじかにやらなきゃと思います。
○南野知惠子君 いろいろ今まで先生方のお話を聞かせていただきました。本当に幅広いお話がありましたが、私の気持ちといたしましては、アジアに対して日本は何ができるのか、今だからできることをしなければならないというような感覚もありますが、自分の背景としている看護といったものを、医療、ケアという問題をどのように東南アジアの方々と手を結んでいこうかとしている自分なりの方法はあるわけでございます。
  それは、例えばベトナムの方でいろいろな形で援助をし、ベトナムの中にいる大半の女性に対してどのような手が差し伸べられるかというようなことを少しずつやってきているわけですけれども、そういうかかわりの中で、または大学の中で、学校が交流を持ちながら向こうの人たちと国際交流をして医療の問題を検討している、そういう場面もいっぱい私はあると思うんです。その中で、一対一の日本人対アジアの方々との対応の中で、今、先生が言われましたコミュニケーションを何でするのかといったときに、少し日本は引けるところがあるのではないかなと思います。それともう一つ考えられることは、本当に日本人がプライドを持って相手の方とお話をしているのだろうか。自分はどういう立場でどういう感覚を持って、そしてその中に、愛国心というお話も出ましたが、愛国心を持って日本人としてどのような対応をしているのかというのが私にとっては少しクエスチョンになっているような気がいたします。
  我々は、自信を持って、日本という、日本人であるというプライドを持ちながら相手の国と手を握っていきたい。私たちは、仲よくしていきたいという意味で今やっていることであり、今できるからやっているというような姿勢を相手にも示していかなければいけないのではないだろうか。できなくなったらしてくれるかというようなところじゃなく、それはそれで私たちの気持ちの中にはありますけれども、やはりアジアの中で仲よくしていこうと。
  いろいろな歴史的な問題もあります。でも、その問題を乗り越えて私たちは今手を結ぼうとしていることを、どうしてコマーシャルベース、または情報を正確に新聞紙上でも取り扱ってくれないのかなと。これは国民に対する情報として、これだけ予算がカット、スリム化されている中でもODAはちゃんと存在し、手を結ぼうとしているところがもっと情報化されなければ、私たちはつらい立場だなというふうに思っておりますので、正確な情報ということを求めていきたいと思っております。
○山崎力君 最後のところでございまして、私が繰り返しになりますけれども申し上げたいのは、NGOその他、いろいろな民間ベースのこと、それから民間供与もあれば商売上のつき合いもあれば個人的なつき合いもあるけれども、今ここで問題になっているのは日本の役割ということで、あくまでも国ベースの話だろうと思います。だから、NGOで言えば、国がどれだけNGOにアシストできるのかというような面でのNGOの問題だろうと思いますし、ODAの使い方ということで言えば、まさにこれは政府予算でのという意味で、まさに国レベルの話だろうと思っております。
  ですから、そういったことをどしどしやっていただくことはいいんですけれども、もう一つつけ加えるならば、寺澤先生からツールとしての英語の話がありましたけれども、英語の使えない私としてみれば、反論させていただくという形ではないんですが、果たしてそれでは、日本人がつき合うときに日本語でしゃべったとしても、日本人にすら通じないようなことを言っていないかということの方がむしろ私の問題意識の中にございます。場所場所によって使い分けてはいないだろうか、相手が違うことによって違ったことを相手に対して日本語で言っていないだろうか。幾ら英語の名人であろうと、それを翻訳して日本語で通じないことは幾ら英語に翻訳しても通じないだろう。今の日本の問題からいけば、安定と日本の役割ということからいけば、むしろそっちの方なんじゃないだろうかというふうな問題意識を持っております。
  そろそろまとめの時期でございます、三年間の。そういった中で私が最後にぶち壊しのような形で言いましたけれども、役割はあるんだろう、それで、やるべきことはやるべきなんだろう。だけれど、本当にそのことが日本国民に対しても説明可能なことでやられているんだろうか。あるいは、日本国民に対して説明が不可能であることならば、まして外国の人には理解してもらえないのじゃないか。そろそろ我が国がやるとするならば、まず自分たちのやっていることが説明可能なのだろうか 一本筋の通った基盤、理念から出てきたものなのだろうかどうかということを点検しながらやっていくということが、長い目で見ればまさにアジア太平洋地域の安定、将来に対して一番役立つものではないだろうかというのが私の基本的な考え方です。
  それの具体的な行動という面からいけば、みずから先頭に立って旗を振って、かくあるべし、こうやろうということを今声高に言うよりは、要求されていることを、受け身でありながらそこのところで受け入れられないものは受け入れられない、そういった形で自分たちの存在を示していく、消極的ではあるけれども示していくという方がより現実的な対応ではないだろうか。極めてこういう席ではふさわしくない考え方かもしれませんけれども、皆様方の意見を聞いていても、私としてはその意見を変えるつもりにはならなかったということを私の結論とさせていただきたいと思います。

○会長(林田悠紀夫君) 議論は尽きないようでありまするが、予定した時間が参りましたので、本日の自由討議はこの程度とさせていただきます。
  委員各位には貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございました。
  今後は、改めて自由討議を行い、本日の議論を一層深め、アジア太平洋地域の安定に果たすべき日本の役割について本調査会の意見をまとめてまいりたいと存じます。
  本日はこれにて散会いたします。
    午後三時五十七分散会